「京大 アトピー症状改善の化合物発見」
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京大 アトピー症状改善の化合物発見(NHK NEWS WEB 9月17日 4時20分)
アトピー性皮膚炎の症状があるマウスに特定の化合物を投与すると、体内で皮膚の保湿効果を高める物質が作り出され症状が改善することを、京都大学の研究グループが突き止めました。
研究グループは治療薬の開発につなげたいとしています。
かゆみのある湿疹が続くアトピー性皮膚炎は、皮膚の表面で水分を保つ保湿効果がある「フィラグリン」というたんぱく質が少なくなり、皮膚の中に異物が入りやすくなることが原因の1つと考えられています。
そこで京都大学大学院医学研究科の椛島健治准教授の研究グループは1000種類を超える化合物を調べ、この中から「JTC801」という有機化合物が、フィラグリンを増やす性質を持つことを突き止めました。
この化合物をアトピー性皮膚炎の症状があるマウスに飲ませたところ、1か月半で症状が大幅に改善したということです。
アトピー性皮膚炎は国内に患者がおよそ40万人いるとみられていますが、今のところ炎症を抑えるなどの対症療法しかなく、研究グループは製薬会社と共同で根本的な治療薬の開発を目指すことにしています。
椛島准教授は「保湿効果があるフィラグリンを増やす物質を見つけることは、世界中で競争になっていた。成果を基に薬の開発につなげたい」と話しています。
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上記のような報道があったようで、ブログのコメント欄に解説して欲しい、との要望が複数寄せられました。JTC801という物質自体、私は知らなかったし、何より椛島先生のJTC801についての論文自体、まだ見つかっていない(したがって読んでない)です。
しかし、Pubmedで関連ワードで検索したところ、「だいたいこういう話かなあ?」という程度には把握できたので、その限りにおいて記してみます。後日、椛島先生の論文が見つかったときに照らし合わせて、私の間違い・勘違いありましたら訂正いたします。
皆さん、抗ヒスタミン剤という内服薬は、ご存じだと思います。ヒスタミンという強力な痒み誘発物質があって、これに拮抗して痒みを抑えます。
ところが、痒みというのは、ヒスタミンだけによって生じるのではありません。ヒスタミンのほかにも、セロトニンやLTB4という物質が有名です。たとえば、アゼプチンという内服薬は、LTB4にも拮抗して痒みを抑えます。
痒み誘発物質はほかにもあって、その一つがノシセプチン(nociceptin)です。ノシセプチンは特殊な痒み誘発物質で、皮膚のケラチノサイト(表皮細胞)自身がこれを産生します。ケラチノサイトにはノシセプチンに対するレセプターもあって(ORL1:opioid receptor like-1)オートクリン機構と言って、自分自身、あるいは隣接する他のケラチノサイトが産生したノシセプチンに反応して、さらにノシセプチンを産生するという、正のフィードバックメカニズムがあるようです。
ノシセプチンに反応したケラチノサイトは別の痒み物質であるLTB4をも産生します。すなわち、ノシセプチンというのは、アトピー性皮膚炎など、表皮が関係した痒みについて、かなり重要な役割をしめているのではないか?と推測されます。たとえば、蕁麻疹でも痒みは強いですが、蕁麻疹は表皮の病変ではありません。真皮のマスト細胞でのヒスタミンなどの放出によるものなので、抗ヒスタミン剤がよく効きますが、アトピー性皮膚炎のような表皮の病変に対しては、ノシセプチンに対する拮抗薬を探したほうが良いのではないか?と考えられるということです。
このノシセプチンの拮抗薬がJTC801なのです。(Intradermal nociceptin elicits itch-associated responses through leukotriene B(4) in mice. Andoh T,et al. J Invest Dermatol. 2004 Jul;123(1):196-201.)
椛島先生の今回の報告は、JTC801がノシセプチンの拮抗薬であることを見つけたということではないです。JTC801がノシセプチンの拮抗薬であることは、すでに解っていて、これをマウスに投与してみたところ、掻破行動が抑えられたのみならず、角質のフィラグリンが改善(増加)するようだ、という話ではなかろうか?と、報道からは想像されます。
それはそれで興味深い話ではあるのですが、報道(表題のNHK NEWS WEBではなく、朝日新聞デジタル)で引用されたマウスの写真、
京大 アトピー症状改善の化合物発見(NHK NEWS WEB 9月17日 4時20分)
アトピー性皮膚炎の症状があるマウスに特定の化合物を投与すると、体内で皮膚の保湿効果を高める物質が作り出され症状が改善することを、京都大学の研究グループが突き止めました。
研究グループは治療薬の開発につなげたいとしています。
かゆみのある湿疹が続くアトピー性皮膚炎は、皮膚の表面で水分を保つ保湿効果がある「フィラグリン」というたんぱく質が少なくなり、皮膚の中に異物が入りやすくなることが原因の1つと考えられています。
そこで京都大学大学院医学研究科の椛島健治准教授の研究グループは1000種類を超える化合物を調べ、この中から「JTC801」という有機化合物が、フィラグリンを増やす性質を持つことを突き止めました。
この化合物をアトピー性皮膚炎の症状があるマウスに飲ませたところ、1か月半で症状が大幅に改善したということです。
アトピー性皮膚炎は国内に患者がおよそ40万人いるとみられていますが、今のところ炎症を抑えるなどの対症療法しかなく、研究グループは製薬会社と共同で根本的な治療薬の開発を目指すことにしています。
椛島准教授は「保湿効果があるフィラグリンを増やす物質を見つけることは、世界中で競争になっていた。成果を基に薬の開発につなげたい」と話しています。
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上記のような報道があったようで、ブログのコメント欄に解説して欲しい、との要望が複数寄せられました。JTC801という物質自体、私は知らなかったし、何より椛島先生のJTC801についての論文自体、まだ見つかっていない(したがって読んでない)です。
しかし、Pubmedで関連ワードで検索したところ、「だいたいこういう話かなあ?」という程度には把握できたので、その限りにおいて記してみます。後日、椛島先生の論文が見つかったときに照らし合わせて、私の間違い・勘違いありましたら訂正いたします。
皆さん、抗ヒスタミン剤という内服薬は、ご存じだと思います。ヒスタミンという強力な痒み誘発物質があって、これに拮抗して痒みを抑えます。
ところが、痒みというのは、ヒスタミンだけによって生じるのではありません。ヒスタミンのほかにも、セロトニンやLTB4という物質が有名です。たとえば、アゼプチンという内服薬は、LTB4にも拮抗して痒みを抑えます。
痒み誘発物質はほかにもあって、その一つがノシセプチン(nociceptin)です。ノシセプチンは特殊な痒み誘発物質で、皮膚のケラチノサイト(表皮細胞)自身がこれを産生します。ケラチノサイトにはノシセプチンに対するレセプターもあって(ORL1:opioid receptor like-1)オートクリン機構と言って、自分自身、あるいは隣接する他のケラチノサイトが産生したノシセプチンに反応して、さらにノシセプチンを産生するという、正のフィードバックメカニズムがあるようです。
ノシセプチンに反応したケラチノサイトは別の痒み物質であるLTB4をも産生します。すなわち、ノシセプチンというのは、アトピー性皮膚炎など、表皮が関係した痒みについて、かなり重要な役割をしめているのではないか?と推測されます。たとえば、蕁麻疹でも痒みは強いですが、蕁麻疹は表皮の病変ではありません。真皮のマスト細胞でのヒスタミンなどの放出によるものなので、抗ヒスタミン剤がよく効きますが、アトピー性皮膚炎のような表皮の病変に対しては、ノシセプチンに対する拮抗薬を探したほうが良いのではないか?と考えられるということです。
このノシセプチンの拮抗薬がJTC801なのです。(Intradermal nociceptin elicits itch-associated responses through leukotriene B(4) in mice. Andoh T,et al. J Invest Dermatol. 2004 Jul;123(1):196-201.)
椛島先生の今回の報告は、JTC801がノシセプチンの拮抗薬であることを見つけたということではないです。JTC801がノシセプチンの拮抗薬であることは、すでに解っていて、これをマウスに投与してみたところ、掻破行動が抑えられたのみならず、角質のフィラグリンが改善(増加)するようだ、という話ではなかろうか?と、報道からは想像されます。
それはそれで興味深い話ではあるのですが、報道(表題のNHK NEWS WEBではなく、朝日新聞デジタル)で引用されたマウスの写真、
これは、JTC801が痒み物質であるノシセプチンの拮抗薬であることを考えると、マウスの掻破行動を抑えるわけですから、当然の結果とも言えます。報道記事とマウスの写真だけを見ると、まるでフィラグリンを増加させたそれだけの効果として、マウスにこれだけの臨床的改善が得られたかのように読めてしまいますが、そういうことではないと思います。
これは私の想像なので、後日間違っていたら訂正しますが、椛島先生は、各種抗ヒスタミン剤など、痒み抑制物質の中から、フィラグリン改善(増加)作用の強いものを探したのではないかなあ。それが1000種以上ということで、この1000種というのは、たぶん製薬会社が痒み止めを開発する過程で特許を取ったり、その中間産物だったりしたものの提供を受けたということだと思います。 この種の痒み拮抗物質の論文を読んでいると、ono-XXXX(Xは番号)というような物質がよく出てきますが、このonoは多分、小野薬品のonoです。JTC-801のJTは日本たばこ産業のJTのようです。JTC-801は2002年にJTの医薬総合研究所で開発されました(→こちら) 。
要するに、椛島先生の研究は、新規の痒み抑制薬を開発する過程で、その物質がフィラグリンをも改善(増加)させるという点に注目したという意義があるのだと思います。ちなみに特許の有効期間は20年ですから、JTC-801の特許はまだJTにあると思いますが、直近のJTの「医薬事業 臨床開発品目一覧」には、JTC-801は含まれていません(→こちら)。ですから、製薬会社主導の研究と言うことではなく、椛島先生オリジナルのアイデアなのでしょう。単なる「痒み止め」であれば、 新しさが無く採算を考えると企業としては開発の食指が動きませんが、「フィラグリンを増加させる」という新しさが加わると、ひょっとしたら今後のJTの医薬品開発の対象として見直されるかもしれませんね(※日経新聞によれば今回はアステラス製薬との共同研究だそうです。開発されるとしたら、JTとアステラス製薬とで交渉の上となるのかもしれません)。
もっとも、抗ヒスタミン剤やLTB4抑制薬が、フィラグリンに良い影響を与えるのではないか?という研究はほかにもあります。たとえば、Histamine suppresses epidermal keratinocyte differentiation and impairs skin barrier function in a human skin model.Gschwandtner M,et al. Allergy. 2013 Jan;68(1):37-47.は、ヒスタミン投与がフィラグリンの発現を低下させ、抗ヒスタミン剤の投与によって回復することを示しています。報道によれば、椛島先生の研究は、その中でもJTC801が抜きんでて強い効果があったということなのだろうか?と察しますが、この点が楽しみではあります。
ちなみに、フィラグリンを増加させる物質と言うのは、本ブログでも既にいくつか取り上げました。ローズマリー油やPPARαリガンド(→こちら)、コールタール(→こちら)、高分子量ヒアルロン酸(→こちら)などです。ステロイド外用剤については、フィラグリンを増やすという報告と減らすと言う報告があるようです(→こちら)。
ところで、JTC801というのは分子量も小さいようだし、ターゲットがケラチノサイト(表皮細胞)であるのならば、外用で効果はないものだろうか?と思ってしまいます。外用で痒みが取れれば中枢神経の眠気などの副作用もないし、フィラグリン増加作用もあるのならば、有用だと思うのですが、この点は、ひょっとしたら、製薬会社の「痒み止め=内服」という先入観というか思い込みのような実に単純なことが原因なのかもしれません。上記のように蕁麻疹の場合、抗ヒスタミン剤は真皮のマスト細胞に届けなければならなかったから、外用では効率が悪く内服薬となりました。しかし、インタール(→こちら)やアイピーディ(→こちら)のところで記したように、アトピー性皮膚炎ではこういった薬剤が外用でも効くことが多いと思います。
9/19追記
日経新聞の「アステラス製薬との共同研究」という下りは、京大とアステラス製薬との共同創薬プロジェクト(AKプロジェクト→こちら)として研究が行われた、ということのようです。
さて、そのAKプロジェクトのHPによれば(→こちら)、「2013年9月18日(日本時間)の米国科学誌「The Journal of Allergy and Clinical Immunology」誌に掲載されます」とのことです。それで、昨日から何度もこのjournalのin pressページ(→こちら)をチェックしているのですが、19日現在まだ表示されていません。ひょっとして雑誌名の誤りだろうか?と思ってPubmedに掲載されていないかと、これまたチェックしているのですが、出てこないです。
たぶんJACIのUPが遅れているのでしょうから、もうしばらく待ってみましょう。
【9/23追記】
9月23日付けで、論文がネット上公開(有料です)されました。一週間遅れたみたいですね。早速購入して読んでみました。
予想と異なる点が、良い意味でも少々疑問が残る意味でもありました。
まず、この研究は、製薬会社との直接の共同研究ではありませんでした。JTC-801は試薬会社から購入したとありますし、論文のどこにもJTもアステラス製薬も登場しません。
この論文が明らかにした最も重要な点は、JTC-801が、ロリクリンやケラチン10やトランスグルタミナーゼ1といった、角化に関するほかの物質を発現させず、ただフィラグリンの発現のみに関与する、というところだと思います。フィラグリンのみを増加させるのです。そういう物質ははじめて知りました。
その一方で、「1120種類の化合物からスクリーニングした」とありますが、既に記したように、フィラグリンを増加させると報告されている物質というのは、いくつもあるのです・・これらは1120の化合物中に含まれていなかったのだろうか?ここは、単純に疑問です(たとえばステロイドはmRNAレベルで表皮細胞のフィラグリン発現を亢進させます→こちら)。
この1120種類の詳細は、もちろん多すぎるので論文中には明示されていないのですが、やはり、製薬会社等から提供されたものではないのかなあ・・1120種の化合物なんて揃えるだけでも労力費用共に大変です。
アトピー性皮膚炎ではTh2系の免疫反応が亢進していて、IL-4やIL-13といったサイトカインが増加しています。これらのサイトカインには、フィラグリンの発現を抑制する作用があるようです(Cytokine modulation of atopic dermatitis filaggrin skin expression. J Allergy. Clin Immunol 2007;120:150-5.)。
フィラグリンが遺伝的に少なくアトピーが発症しやすい人がいるというのは、最近知られてきていますが、アトピー性皮膚炎それ自体の悪化によってもフィラグリンは少なくなるんですね。アトピーが良くなると、フィラグリンも増加するということです。良くなり始めるといろいろと良くなっていく仕組みがあるわけで、これも「自然治癒」の一面なのかもしれません。
JTC-801は、IL-4やIL-13の存在下でも、フィラグリン発現を亢進してくれるようです。これは頼もしいです。
ひょっとしたら、これまで「フィラグリンを増加させる」と報告されてきた化合物の中には、直接フィラグリンを増やしているのではなく、別の経路でアトピーが抑えられた結果、フィラグリンが上昇したというものが含まれているのかもしれません。
さらに、患者にとって朗報があります。Flaky tail mice(尾がうろこ状に剥がれやすいマウス)という、遺伝的にフィラグリンを作れないマウスがいるのですが、JTC-801はこのマウスのうちヘテロ体(片方の遺伝子は正常で、もう片方が異常)において、フィラグリンを産生させる力があるようです。
たしかに、新聞報道に値する成果かもしれません。
その一方で、私がいちばん疑問なのは、JTC-801を投与したマウス(上掲のbefore/afterの写真のマウス)において、「掻破行動に変化は無かった。したがって、臨床的改善は、痒みが抑制されたためではない」と記されている点です・・そもそも、理屈から考えて、掻痒がまったく抑えられなかったというのはおかしいと思うし、仮にJTC-801に掻痒を抑える効果が無かったとしても、臨床的に改善すれば、マウスの掻破行動は減少するでしょう。ここが解らないです。
もう一点気になるのは、JTC-801はORL1というオピオイド系のレセプターに結合するのですが、ここで連想するのは「低用量ナルトレキソン療法」です。これは、ナルトレキソンというモルヒネの拮抗薬を少量内服することで、オピオイドレセプターを増加させて、オピオイドに対する反応を高めるものなのですが、ノシセプチンとORL1の結合でも、拮抗薬であるJTC-801によって、短期的にはフィラグリンが増加しても、長期的には、レセプターであるORL1の数が増加してノシセプチンに対する反応がよくなってしまう=痒みが増すのではないか?という危惧です。せっかくの研究成果を、私の妄想で汚すのも失礼極まりないような気もするのですが、今後臨床薬として開発されていく際には、この点はしっかりと確認が必要な気がします。
実は、上の写真のマウスが「皮疹は良くなったのに、掻破行動は変化しなかった」という実験結果を説明できるストーリーが一つだけあるのです。それは、「JTC-801によってフィラグリンが増えて皮疹が改善したが、同時にレセプターであるORL1 の数も増加してノイセプチンに対する反応も高まったため痒みは変わらなかった」というものです。・・そうでない、私が気が付いていない別のストーリーがあると良いのですけどね。
2013.09.18
これは私の想像なので、後日間違っていたら訂正しますが、椛島先生は、各種抗ヒスタミン剤など、痒み抑制物質の中から、フィラグリン改善(増加)作用の強いものを探したのではないかなあ。それが1000種以上ということで、この1000種というのは、たぶん製薬会社が痒み止めを開発する過程で特許を取ったり、その中間産物だったりしたものの提供を受けたということだと思います。 この種の痒み拮抗物質の論文を読んでいると、ono-XXXX(Xは番号)というような物質がよく出てきますが、このonoは多分、小野薬品のonoです。JTC-801のJTは日本たばこ産業のJTのようです。JTC-801は2002年にJTの医薬総合研究所で開発されました(→こちら) 。
要するに、椛島先生の研究は、新規の痒み抑制薬を開発する過程で、その物質がフィラグリンをも改善(増加)させるという点に注目したという意義があるのだと思います。ちなみに特許の有効期間は20年ですから、JTC-801の特許はまだJTにあると思いますが、直近のJTの「医薬事業 臨床開発品目一覧」には、JTC-801は含まれていません(→こちら)。ですから、製薬会社主導の研究と言うことではなく、椛島先生オリジナルのアイデアなのでしょう。単なる「痒み止め」であれば、 新しさが無く採算を考えると企業としては開発の食指が動きませんが、「フィラグリンを増加させる」という新しさが加わると、ひょっとしたら今後のJTの医薬品開発の対象として見直されるかもしれませんね(※日経新聞によれば今回はアステラス製薬との共同研究だそうです。開発されるとしたら、JTとアステラス製薬とで交渉の上となるのかもしれません)。
もっとも、抗ヒスタミン剤やLTB4抑制薬が、フィラグリンに良い影響を与えるのではないか?という研究はほかにもあります。たとえば、Histamine suppresses epidermal keratinocyte differentiation and impairs skin barrier function in a human skin model.Gschwandtner M,et al. Allergy. 2013 Jan;68(1):37-47.は、ヒスタミン投与がフィラグリンの発現を低下させ、抗ヒスタミン剤の投与によって回復することを示しています。報道によれば、椛島先生の研究は、その中でもJTC801が抜きんでて強い効果があったということなのだろうか?と察しますが、この点が楽しみではあります。
ちなみに、フィラグリンを増加させる物質と言うのは、本ブログでも既にいくつか取り上げました。ローズマリー油やPPARαリガンド(→こちら)、コールタール(→こちら)、高分子量ヒアルロン酸(→こちら)などです。ステロイド外用剤については、フィラグリンを増やすという報告と減らすと言う報告があるようです(→こちら)。
ところで、JTC801というのは分子量も小さいようだし、ターゲットがケラチノサイト(表皮細胞)であるのならば、外用で効果はないものだろうか?と思ってしまいます。外用で痒みが取れれば中枢神経の眠気などの副作用もないし、フィラグリン増加作用もあるのならば、有用だと思うのですが、この点は、ひょっとしたら、製薬会社の「痒み止め=内服」という先入観というか思い込みのような実に単純なことが原因なのかもしれません。上記のように蕁麻疹の場合、抗ヒスタミン剤は真皮のマスト細胞に届けなければならなかったから、外用では効率が悪く内服薬となりました。しかし、インタール(→こちら)やアイピーディ(→こちら)のところで記したように、アトピー性皮膚炎ではこういった薬剤が外用でも効くことが多いと思います。
9/19追記
日経新聞の「アステラス製薬との共同研究」という下りは、京大とアステラス製薬との共同創薬プロジェクト(AKプロジェクト→こちら)として研究が行われた、ということのようです。
さて、そのAKプロジェクトのHPによれば(→こちら)、「2013年9月18日(日本時間)の米国科学誌「The Journal of Allergy and Clinical Immunology」誌に掲載されます」とのことです。それで、昨日から何度もこのjournalのin pressページ(→こちら)をチェックしているのですが、19日現在まだ表示されていません。ひょっとして雑誌名の誤りだろうか?と思ってPubmedに掲載されていないかと、これまたチェックしているのですが、出てこないです。
たぶんJACIのUPが遅れているのでしょうから、もうしばらく待ってみましょう。
【9/23追記】
9月23日付けで、論文がネット上公開(有料です)されました。一週間遅れたみたいですね。早速購入して読んでみました。
予想と異なる点が、良い意味でも少々疑問が残る意味でもありました。
まず、この研究は、製薬会社との直接の共同研究ではありませんでした。JTC-801は試薬会社から購入したとありますし、論文のどこにもJTもアステラス製薬も登場しません。
この論文が明らかにした最も重要な点は、JTC-801が、ロリクリンやケラチン10やトランスグルタミナーゼ1といった、角化に関するほかの物質を発現させず、ただフィラグリンの発現のみに関与する、というところだと思います。フィラグリンのみを増加させるのです。そういう物質ははじめて知りました。
その一方で、「1120種類の化合物からスクリーニングした」とありますが、既に記したように、フィラグリンを増加させると報告されている物質というのは、いくつもあるのです・・これらは1120の化合物中に含まれていなかったのだろうか?ここは、単純に疑問です(たとえばステロイドはmRNAレベルで表皮細胞のフィラグリン発現を亢進させます→こちら)。
この1120種類の詳細は、もちろん多すぎるので論文中には明示されていないのですが、やはり、製薬会社等から提供されたものではないのかなあ・・1120種の化合物なんて揃えるだけでも労力費用共に大変です。
アトピー性皮膚炎ではTh2系の免疫反応が亢進していて、IL-4やIL-13といったサイトカインが増加しています。これらのサイトカインには、フィラグリンの発現を抑制する作用があるようです(Cytokine modulation of atopic dermatitis filaggrin skin expression. J Allergy. Clin Immunol 2007;120:150-5.)。
フィラグリンが遺伝的に少なくアトピーが発症しやすい人がいるというのは、最近知られてきていますが、アトピー性皮膚炎それ自体の悪化によってもフィラグリンは少なくなるんですね。アトピーが良くなると、フィラグリンも増加するということです。良くなり始めるといろいろと良くなっていく仕組みがあるわけで、これも「自然治癒」の一面なのかもしれません。
JTC-801は、IL-4やIL-13の存在下でも、フィラグリン発現を亢進してくれるようです。これは頼もしいです。
ひょっとしたら、これまで「フィラグリンを増加させる」と報告されてきた化合物の中には、直接フィラグリンを増やしているのではなく、別の経路でアトピーが抑えられた結果、フィラグリンが上昇したというものが含まれているのかもしれません。
さらに、患者にとって朗報があります。Flaky tail mice(尾がうろこ状に剥がれやすいマウス)という、遺伝的にフィラグリンを作れないマウスがいるのですが、JTC-801はこのマウスのうちヘテロ体(片方の遺伝子は正常で、もう片方が異常)において、フィラグリンを産生させる力があるようです。
たしかに、新聞報道に値する成果かもしれません。
その一方で、私がいちばん疑問なのは、JTC-801を投与したマウス(上掲のbefore/afterの写真のマウス)において、「掻破行動に変化は無かった。したがって、臨床的改善は、痒みが抑制されたためではない」と記されている点です・・そもそも、理屈から考えて、掻痒がまったく抑えられなかったというのはおかしいと思うし、仮にJTC-801に掻痒を抑える効果が無かったとしても、臨床的に改善すれば、マウスの掻破行動は減少するでしょう。ここが解らないです。
もう一点気になるのは、JTC-801はORL1というオピオイド系のレセプターに結合するのですが、ここで連想するのは「低用量ナルトレキソン療法」です。これは、ナルトレキソンというモルヒネの拮抗薬を少量内服することで、オピオイドレセプターを増加させて、オピオイドに対する反応を高めるものなのですが、ノシセプチンとORL1の結合でも、拮抗薬であるJTC-801によって、短期的にはフィラグリンが増加しても、長期的には、レセプターであるORL1の数が増加してノシセプチンに対する反応がよくなってしまう=痒みが増すのではないか?という危惧です。せっかくの研究成果を、私の妄想で汚すのも失礼極まりないような気もするのですが、今後臨床薬として開発されていく際には、この点はしっかりと確認が必要な気がします。
実は、上の写真のマウスが「皮疹は良くなったのに、掻破行動は変化しなかった」という実験結果を説明できるストーリーが一つだけあるのです。それは、「JTC-801によってフィラグリンが増えて皮疹が改善したが、同時にレセプターであるORL1 の数も増加してノイセプチンに対する反応も高まったため痒みは変わらなかった」というものです。・・そうでない、私が気が付いていない別のストーリーがあると良いのですけどね。
2013.09.18
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