ステロイド外用がアトピー性皮膚炎を難治化させるメカニズム
ステロイド依存・抵抗性は、ステロイドを外用しているうちに効きが悪くなってくる現象で、そのメカニズムについては本ブログで関連論文を解説してきましたが、これとは別に、もっと大きな問題提起が存在します。 それは、「ステロイドを外用することは、依存や抵抗性に陥らなくても、アトピー性皮膚炎を遷延させ難治化させているのではないか?」という懐疑です。
すでに、「乳児の第一選択はプロトピック?」の記事で記しましたが(→こちら)、ステロイド外用剤が発明されてアトピー性皮膚炎の治療に用いられるようになって以来、アトピー性皮膚炎の有病率は逆に増え続け、昔は珍しかった難治化した成人例が普通になってきています。
偶然ではないか?他の要因によるのではないか?という反論は当然ありますが、その一方で、動物実験から、「どうもステロイド外用がアトピー性皮膚炎を難治化させている疑いがある」という結論を導き出している論文もあります。
今回は、それらの紹介です。
Repeated topical application of glucocorticoids augments irritant chemical-triggered scratching in mice. Fujii Y et.al. Arch Dermatol Res. 2010 Nov;302(9):645-52.
著者は日本人で藤井康友という方です。所属はというと、プロトピックの製造販売元であるアステラス製薬で、前身の藤沢製薬の時代から、動物モデルを用いたプロトピック軟膏の効果の研究をなさっていた方です。(ラット抗原連続塗布皮膚炎モデルにおけるタクロリムス軟膏の作用、基礎と臨床 31, 2693-2700, 1997)
なぜ、この方が、上のような論文をまとめるに至ったかと言うと、これは私の推測ですが、2006年に、下記のような論文が発表されたのがきっかけではないかと察します。
Inhibition of scratching behavior associated with allergic dermatitis in mice by tacrolimus, but not by dexamethasone. Inagaki N et al. Eur J Pharmacol. 2006 Sep 28;546(1-3):189-96.
これまた日本の岐阜薬科大学発の論文なのですが、「マウスにある種の化学物質を繰り返し外用してやると、血中IgEが上昇し、アトピー性皮膚炎類似の湿疹病変を呈してくる。この湿疹病変は、プロトピックよりもステロイド外用剤のほうが、湿疹病変そのものを抑える力は強いが、掻破行動を押さえる力はプロトピックのほうが大きい(ステロイドでは掻破行動が押さえられない)」という内容です。
プロトピックの研究に携わる藤井氏としては、非常に興味深く、追試を試みたのだと察します。その結果が最初に紹介した論文す。
すでに、「乳児の第一選択はプロトピック?」の記事で記しましたが(→こちら)、ステロイド外用剤が発明されてアトピー性皮膚炎の治療に用いられるようになって以来、アトピー性皮膚炎の有病率は逆に増え続け、昔は珍しかった難治化した成人例が普通になってきています。
偶然ではないか?他の要因によるのではないか?という反論は当然ありますが、その一方で、動物実験から、「どうもステロイド外用がアトピー性皮膚炎を難治化させている疑いがある」という結論を導き出している論文もあります。
今回は、それらの紹介です。
Repeated topical application of glucocorticoids augments irritant chemical-triggered scratching in mice. Fujii Y et.al. Arch Dermatol Res. 2010 Nov;302(9):645-52.
著者は日本人で藤井康友という方です。所属はというと、プロトピックの製造販売元であるアステラス製薬で、前身の藤沢製薬の時代から、動物モデルを用いたプロトピック軟膏の効果の研究をなさっていた方です。(ラット抗原連続塗布皮膚炎モデルにおけるタクロリムス軟膏の作用、基礎と臨床 31, 2693-2700, 1997)
なぜ、この方が、上のような論文をまとめるに至ったかと言うと、これは私の推測ですが、2006年に、下記のような論文が発表されたのがきっかけではないかと察します。
Inhibition of scratching behavior associated with allergic dermatitis in mice by tacrolimus, but not by dexamethasone. Inagaki N et al. Eur J Pharmacol. 2006 Sep 28;546(1-3):189-96.
これまた日本の岐阜薬科大学発の論文なのですが、「マウスにある種の化学物質を繰り返し外用してやると、血中IgEが上昇し、アトピー性皮膚炎類似の湿疹病変を呈してくる。この湿疹病変は、プロトピックよりもステロイド外用剤のほうが、湿疹病変そのものを抑える力は強いが、掻破行動を押さえる力はプロトピックのほうが大きい(ステロイドでは掻破行動が押さえられない)」という内容です。
プロトピックの研究に携わる藤井氏としては、非常に興味深く、追試を試みたのだと察します。その結果が最初に紹介した論文す。
白いバーがステロイドを外用しない場合、黒いバーがステロイドを外用した場合です。TPAという化学物質でマウスの耳を刺激したときの腫れ(Ear swelling)は、bのように、ステロイド外用ではっきりと抑えられますが、掻破行動(Scratching frequency、120分の間に耳を引っ掻く行動の数)は、aのようにステロイド外用群で多かった、という結果となりました。
藤井氏は、これを、マウスの種類、刺激する化学物質、ステロイドの種類を様々に変えて実験してみましたが、結果は同じでした。ステロイド外用剤は、皮膚の炎症は抑えますが、掻破行動を増強させる作用がありそうだ、ということです。
藤井氏は、この耳の部分の皮膚をすりつぶして、SubstanseP, NGF(神経成長因子)といった、痒み神経に関する物質の濃度を測定しました。
藤井氏は、これを、マウスの種類、刺激する化学物質、ステロイドの種類を様々に変えて実験してみましたが、結果は同じでした。ステロイド外用剤は、皮膚の炎症は抑えますが、掻破行動を増強させる作用がありそうだ、ということです。
藤井氏は、この耳の部分の皮膚をすりつぶして、SubstanseP, NGF(神経成長因子)といった、痒み神経に関する物質の濃度を測定しました。
DNCBというのは、刺激に用いた化学物質の名前です。黒いバーがステロイド外用を行ったマウスの耳の皮膚で、SubstanseP, NGFとも高いです。さらに、藤井氏は、内服ステロイドで耳の腫脹を抑えた場合を検討しました。内服ステロイドでは、SubstanseP, NGFは上昇していませんでした(斜線のバー)。
上図は、耳の皮膚の神経線維を免疫染色したものです。aは対照で、bはステロイド外用で腫脹を抑えた皮膚です。bでは神経線維の密度が明らかに増加していました。
以上から、ステロイド外用は、皮膚炎は抑えるが、その一方で痒みを感じさせる神経の増加を促し、掻破行動を増す、という結論が得られました。
直観的に解り易いように補足解説すると、この実験では、化学物質(抗原)刺激とステロイド外用とを同時に連日繰り返し施行しています。「原因が除去されずにステロイド外用を続けると、免疫系は抑えられるがその代償として神経系が発達し、痒み閾値が低下して掻破行動(原因を機械的に取り除こうとする行動)が促進される」という感じです。
藤井氏は以下のように論文を締めくくっています。
In summary, this study is the first to show the potential of topical glucocorticoids to augment itch sensation, not via the augmentation of inflammation. This phenomenon might result from the augmentation of SP and NGF production, along with nerve fiber extension, at the application site.
Given the profound impact of scratching on skin inflammation, these findings might explain the etiology of the exacerbation of atopic dermatitis and other dermatitises, which occurs after long-term or inappropriate use of topical glucocorticoids.
(まとめるとこの論文は、炎症によらない痒み感覚の増強をステロイド外用剤が起こしうることの、世界初の報告となる。この現象は、外用部位のサブスタンスPやNGF(神経成長因子)を増加させて神経線維を伸長させることによる。
炎症部位に対する掻破行動の影響の大きさを考えると、この所見は、アトピー性皮膚炎やその他の皮膚炎が、長期間あるいは不適切なステロイド外用剤の使用後に、悪化することの説明となるかもしれない。)
ステロイド外用剤が掻破行動を増強するという実験結果は、2012年に、千葉大学薬理学教室の山浦先生によっても追試確認されています。
Repeated application of glucocorticoids exacerbate pruritus via inhibition of prostaglandin D2 production of mast cells in a murine model of allergic contact dermatitis. Yamaura K et al. J Toxicol Sci. 2012;37(6):1127-34.
もっとも山浦先生の実験では、NGFの増強は、少なくともm-RNAレベルでは有意差を確認できなかった、とのことです。山浦先生は、ステロイド外用剤が、肥満細胞のプロスタグランジンD2産生を抑制することを示しており、それによって掻破行動を増強するのではないか、という意見です。いずれにせよ「ステロイド外用剤が掻破行動を増強する」という点では一致しています。
藤井氏は、プロトピック軟膏の研究に長く携わっていらっしゃった方だと思います。プロトピック軟膏にも光と影がありました。
2000年頃、皮膚科の臨床にプロトピック軟膏が登場したときは、誰もが、「これでステロイドによる酒さ様皮膚炎の問題は片付いた。」と思いました。
「今はまだ、脱ステロイドとか離脱だ依存だとか騒がれているが、顔面へのプロトピックの使用が一般化すれば、そういった声も沈静化するだろう。」と、私を含め全ての皮膚科医が考えました。
しかし、ステロイド外用歴の無い、プロトピック単独使用による酒さという副作用例が報告されました。「何かの間違いではないか?」と最初は皆思いました。しかし同様の報告が相次ぐにつれて、皮膚科医たちは悪夢を見ているような気持ちになりました。同時に、これからどうしたら良いのか途方に暮れました。
プロトピックによる発癌性は、今のところ大きな問題になっていません。しかし潜在的なリスクであることに変わりはないです。プロトピックが酒さを起こしうるとしたら、プロトピックがステロイド外用剤より優れている点はいったいどこに求めたら良いのだろう?藤井氏の研究は、そのあたりが発端であったのではないかと私は想像します。
しかし、実験の結果は予想以上のものでした。プロトピックのステロイド外用剤に対する優位性というよりも、ステロイド外用剤のもつ掻破行動増強という負の面を、暴きだしてしまったのです。これを、皮膚科医たちに宣伝して、プロトピックのメリットとしてアピールすることが、果たして販促となりうるか?・・
その昔、アレロックという抗アレルギー剤が、ステロイド中止後のリバウンド現象を抑制するという効果を社内研究者が見つけ出しました。いかし、それがアレロックの販促になったでしょうか? 依存だの脱ステロイドだのといった話が大嫌いな皮膚科医たちの逆鱗に触れただけだったでしょう。
しかし、私は、アステラス製薬には、藤井氏のこの研究成果をもっと皮膚科臨床の現場に、プロトピック軟膏のステロイド軟膏に対する優位性としてアピールしてもらいたいと思います。実際、もし私、あるいは私の子供がアトピー性皮膚炎で、ステロイドとプロトピックどちらかをどうしても使え、と言われたら、プロトピックを選ぶでしょう。ステロイドによる難治化のリスクよりもプロトピックによる発ガンのリスクを私は選びます。ステロイドでアトピーが難治化しているという現実はどうもありそうだが、プロトピックで発癌した報告はどうもあまりなさそうだ、という直観的なリスクの大小の判断からです。
また、この実験結果は、患者たちの実感にも合致するところがあると思います。ステロイド離脱後の患者は、たとえリバウンド後まだ十分に回復していない(見た目に湿疹が強い)時期においても、「ステロイドを塗って抑えていたときの、内にこもったような何ともいえない耐え難い嫌な痒みよりは、今のほうがよほどましだ」と訴えることがよくあるからです。
さて、中間分子量ヒアルロン酸と、この話の関係ですが、中間分子量ヒアルロン酸には表皮の萎縮を防止・回復させることで、ステロイド依存を回避させる効果があります。ステロイド外用による掻破行動の増強は、中間分子量ヒアルロン酸では抑えられないでしょう。なぜなら、ステロイド内服でも表皮は萎縮しますが(中間分子量ヒアルロン酸はステロイド内服による表皮萎縮をも回復させます)、ステロイド内服では掻破行動の増強は起きないからです。掻破行動の増強は表皮の萎縮とは関係なさそうです。
私の結論としては、
「ステロイド依存や酒さに陥らないように、中間分子量ヒアルロン酸はステロイド外用時に併用したほうがいい。しかし、それでステロイド外用による弊害が全て解決と言うわけではなく、やはり、ステロイド外用は、掻破行動の増強を介してアトピー性皮膚炎を難治化させるようなので、なるべく使わないほうが良い。」
ということになります。
2013.07.01
以上から、ステロイド外用は、皮膚炎は抑えるが、その一方で痒みを感じさせる神経の増加を促し、掻破行動を増す、という結論が得られました。
直観的に解り易いように補足解説すると、この実験では、化学物質(抗原)刺激とステロイド外用とを同時に連日繰り返し施行しています。「原因が除去されずにステロイド外用を続けると、免疫系は抑えられるがその代償として神経系が発達し、痒み閾値が低下して掻破行動(原因を機械的に取り除こうとする行動)が促進される」という感じです。
藤井氏は以下のように論文を締めくくっています。
In summary, this study is the first to show the potential of topical glucocorticoids to augment itch sensation, not via the augmentation of inflammation. This phenomenon might result from the augmentation of SP and NGF production, along with nerve fiber extension, at the application site.
Given the profound impact of scratching on skin inflammation, these findings might explain the etiology of the exacerbation of atopic dermatitis and other dermatitises, which occurs after long-term or inappropriate use of topical glucocorticoids.
(まとめるとこの論文は、炎症によらない痒み感覚の増強をステロイド外用剤が起こしうることの、世界初の報告となる。この現象は、外用部位のサブスタンスPやNGF(神経成長因子)を増加させて神経線維を伸長させることによる。
炎症部位に対する掻破行動の影響の大きさを考えると、この所見は、アトピー性皮膚炎やその他の皮膚炎が、長期間あるいは不適切なステロイド外用剤の使用後に、悪化することの説明となるかもしれない。)
ステロイド外用剤が掻破行動を増強するという実験結果は、2012年に、千葉大学薬理学教室の山浦先生によっても追試確認されています。
Repeated application of glucocorticoids exacerbate pruritus via inhibition of prostaglandin D2 production of mast cells in a murine model of allergic contact dermatitis. Yamaura K et al. J Toxicol Sci. 2012;37(6):1127-34.
もっとも山浦先生の実験では、NGFの増強は、少なくともm-RNAレベルでは有意差を確認できなかった、とのことです。山浦先生は、ステロイド外用剤が、肥満細胞のプロスタグランジンD2産生を抑制することを示しており、それによって掻破行動を増強するのではないか、という意見です。いずれにせよ「ステロイド外用剤が掻破行動を増強する」という点では一致しています。
藤井氏は、プロトピック軟膏の研究に長く携わっていらっしゃった方だと思います。プロトピック軟膏にも光と影がありました。
2000年頃、皮膚科の臨床にプロトピック軟膏が登場したときは、誰もが、「これでステロイドによる酒さ様皮膚炎の問題は片付いた。」と思いました。
「今はまだ、脱ステロイドとか離脱だ依存だとか騒がれているが、顔面へのプロトピックの使用が一般化すれば、そういった声も沈静化するだろう。」と、私を含め全ての皮膚科医が考えました。
しかし、ステロイド外用歴の無い、プロトピック単独使用による酒さという副作用例が報告されました。「何かの間違いではないか?」と最初は皆思いました。しかし同様の報告が相次ぐにつれて、皮膚科医たちは悪夢を見ているような気持ちになりました。同時に、これからどうしたら良いのか途方に暮れました。
プロトピックによる発癌性は、今のところ大きな問題になっていません。しかし潜在的なリスクであることに変わりはないです。プロトピックが酒さを起こしうるとしたら、プロトピックがステロイド外用剤より優れている点はいったいどこに求めたら良いのだろう?藤井氏の研究は、そのあたりが発端であったのではないかと私は想像します。
しかし、実験の結果は予想以上のものでした。プロトピックのステロイド外用剤に対する優位性というよりも、ステロイド外用剤のもつ掻破行動増強という負の面を、暴きだしてしまったのです。これを、皮膚科医たちに宣伝して、プロトピックのメリットとしてアピールすることが、果たして販促となりうるか?・・
その昔、アレロックという抗アレルギー剤が、ステロイド中止後のリバウンド現象を抑制するという効果を社内研究者が見つけ出しました。いかし、それがアレロックの販促になったでしょうか? 依存だの脱ステロイドだのといった話が大嫌いな皮膚科医たちの逆鱗に触れただけだったでしょう。
しかし、私は、アステラス製薬には、藤井氏のこの研究成果をもっと皮膚科臨床の現場に、プロトピック軟膏のステロイド軟膏に対する優位性としてアピールしてもらいたいと思います。実際、もし私、あるいは私の子供がアトピー性皮膚炎で、ステロイドとプロトピックどちらかをどうしても使え、と言われたら、プロトピックを選ぶでしょう。ステロイドによる難治化のリスクよりもプロトピックによる発ガンのリスクを私は選びます。ステロイドでアトピーが難治化しているという現実はどうもありそうだが、プロトピックで発癌した報告はどうもあまりなさそうだ、という直観的なリスクの大小の判断からです。
また、この実験結果は、患者たちの実感にも合致するところがあると思います。ステロイド離脱後の患者は、たとえリバウンド後まだ十分に回復していない(見た目に湿疹が強い)時期においても、「ステロイドを塗って抑えていたときの、内にこもったような何ともいえない耐え難い嫌な痒みよりは、今のほうがよほどましだ」と訴えることがよくあるからです。
さて、中間分子量ヒアルロン酸と、この話の関係ですが、中間分子量ヒアルロン酸には表皮の萎縮を防止・回復させることで、ステロイド依存を回避させる効果があります。ステロイド外用による掻破行動の増強は、中間分子量ヒアルロン酸では抑えられないでしょう。なぜなら、ステロイド内服でも表皮は萎縮しますが(中間分子量ヒアルロン酸はステロイド内服による表皮萎縮をも回復させます)、ステロイド内服では掻破行動の増強は起きないからです。掻破行動の増強は表皮の萎縮とは関係なさそうです。
私の結論としては、
「ステロイド依存や酒さに陥らないように、中間分子量ヒアルロン酸はステロイド外用時に併用したほうがいい。しかし、それでステロイド外用による弊害が全て解決と言うわけではなく、やはり、ステロイド外用は、掻破行動の増強を介してアトピー性皮膚炎を難治化させるようなので、なるべく使わないほうが良い。」
ということになります。
2013.07.01
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