タキフィラキシーの悲劇
Tachyphylaxisとは、ある薬剤を反復投与していくと、その効果が減弱する現象を言います。 図で示すと、
こんな感じです。 これに対して抵抗性(Resistance)というのは、単に薬剤の効きが悪いことをいいます。図にすると
こんな感じです。前章で記した色ブ菌のスーパーアンチゲンは、ステロイド外用を繰り返すことによってではなく、黄色分ブ菌が介入することによって効きが悪くなるのですから、「抵抗性(Resistance)」が適当といえます。 Tachyphilaxisに似た言葉で、Toleranceという語があります。これは、薬物を長期投与しているうちに、同じ効果を得るためには、より多くの量が必要となってくる現象を言います。図にすると
こんな感じです。TachyphlaxisとToleranceはよく似ていますが、違いはというと、Tachyphylaxisは短期間に頻回投与して得られる結果、Toleranceのほうは、長期慢性投与の結果である点が違うのだと、わたしは理解しています。なぜかというと、語源がtachy-(速い)だからです。tachycardia(頻脈)のときに「心臓タキってます」と言いますが、あのタキです。「-phylaxis=防御」で、「(短時間の)頻回投与で薬の反応が減弱する」意です。Tachyphyalaxisの典型例としてよく挙げられるのは、血管(血圧)へのアドレナリンの作用です。短期間に刺激が繰り返されることで、血管収縮物質が枯渇して反応減弱していくわけです。Toleranceは、たとえばモルヒネなんかそうですね。お酒なんかも、毎日飲んでいると強くなってToleranceになります。
依存(Addiction)というのは、図にすると、
依存(Addiction)というのは、図にすると、
こんな感じで、投与中はまったくAdverse effectはみられないが、投与中止後に有害事象が現れるもので、これを「リバウンド」と呼ぶわけです。toleranceとaddictionは合併してることあります(モルヒネやお酒)。ですが、必ずしもtoleranceになっていなくても、addictionは生じ得ます。
ステロイド外用剤の効果には、Tachyphylaxisの現象を示すものがあります。どんな現象においてかというと、外用による皮膚の毛細血管収縮効果でです。Dr.Vivierによる下記論文が有名です。
Anthony du Vivier, Richard B. Stoughton Arch Dermatol. 1975;111(5):581-583.
ステロイド外用剤の効果には、Tachyphylaxisの現象を示すものがあります。どんな現象においてかというと、外用による皮膚の毛細血管収縮効果でです。Dr.Vivierによる下記論文が有名です。
Anthony du Vivier, Richard B. Stoughton Arch Dermatol. 1975;111(5):581-583.
横軸は時間、縦軸は毛細血管収縮(目で見て皮膚が蒼白になる程度を数値に置き換えて判定しています)です。↑はステロイド外用を示し、4日間連日外用していると、血管収縮効果がtachyphylaxisを示しているのがわかります。しばらく休薬すると回復します。 このtachyphylaxisという現象は、ステロイドの長期連用の副作用を語るとき、よく引用されるのですが、わたしは、これはSteroid addictionとかリバウンドとかとは、あまり関係ない話ではないか?と考えています。それは、tachyphylaxisというのは、投与期間の短い間に生じる減弱現象をいうのが普通だからです。(Vivier先生の実験もたかだか4日間です)しかしながら、著者のVivier先生は、本論文の考察において、このように記しています。
-----(ここから引用)-----
Patients frequently observe that they become resistant to a topically applied steroid after constant usage. Although there has never been any scientific evidence for this observation, it certainly could be explained in terms of tachyphylaxis.
(患者はステロイド外用剤を連用しているうちに、それが「効かなくなってきた」とよく訴える。この現象(resistance)に科学的裏付けはまだ得られていないが、tachyphylaxisによって説明できるかもしれない)
-----(ここまで引用)-----
この一文が付いたために、その後、tachyphylaxisは、ステロイド依存やリバウンドの話が出るたびに、しばしば「1975年に既に、Vivier先生というひとが、tachyphylaxisという現象を見つけて、そのメカニズムである可能性を示唆している」と、引用されます。tachyphylaxisって、あまり使われていない(「手垢のついてない」)用語ですから、言ってるほうは、何か科学的な専門用語使ってる気分にひたれますしね。tachyphyalaxisという語が、一人歩きするわけです。 そうすると、年配の先生で、tachyphylaxisがどんなものかをよく知っている先生は、「tachyphylaxisが依存やリバウンドの説明になるわけがない。そんな理に合わないことを言う連中は、信用ならない」と、依存やリバウンドという現象の存在を、ますます認めなくなる、というわけです。上図からわかるように、addictionというのは、薬剤を中止したあとの経過を追ったひとでないとadverse effectに遭遇しませんからね。わたしは、これを「tachyphylaxisの悲劇」と呼んでいます。Vivier先生は、おそらく、Steroid resistance(あるいはaddiction)を臨床現場において経験していて、警告の一文を付したのでしょう。
しかし、その後tachyphylaxisという語は、例えば、
Tachyphylaxis to topical corticosteroids: the more you use them, the less they work? Steven R. Feldman, Clinics in Dermatology (2006) 24, 229–230
という論文の冒頭では、
-----(ここから引用)-----
The long-term management of common chronic skin conditions can be frustrating for both patients and physicians. Topical therapies are generally safe and very effective; however, with long-term use, tachyphylaxis may occur.
(慢性皮膚疾患の長期間の治療は医者にとっても患者にとっても頭が痛い。外用ステロイドは大抵の症例において安全で効果的である。しかしながら、長期連用によってtachyphylaxisが生じると言われている)
-----(ここまで引用)-----
と、いう風に使われるようになります。Tachyphylaxisって、長期連用でおきる現象には普通使わないと思うんですけどね・・薬理学的な用語なんですが、ステロイド外用剤の長期連用に関係するフィールドでのみ、スラング(俗語)化しちゃってるというか・・。Feldman先生は、tachyphylaxisというのは、患者が医者が指示した通りには薬を塗っていないコンプライアンスの問題だろう、と結論しています。そこまでいくと、ちょっと、もともとの用語の意味から外れ過ぎだと思います。
Vivier先生は、ステロイド外用剤でtachyphylaxisがみられるのを発見したのは功績ですし、Resistance(あるいはaddiction)を警告した点でも優れた臨床観察家だったと思いますが、このふたつをくっつけたのは、振り返ってみるとまずかったのかもしれません。1975年当時、抵抗性や依存という臨床観察を、その当時の研究レベルで解釈しようと思うと、そうなってしまうのでしょうか。
臨床で観察されるさまざまな現象って言うのは、とりあえず記述をしておくのは大切ですが、現在の科学で無理にこじつけようとしないほうが良いのかもしれません。
2009.10.21
-----(ここから引用)-----
Patients frequently observe that they become resistant to a topically applied steroid after constant usage. Although there has never been any scientific evidence for this observation, it certainly could be explained in terms of tachyphylaxis.
(患者はステロイド外用剤を連用しているうちに、それが「効かなくなってきた」とよく訴える。この現象(resistance)に科学的裏付けはまだ得られていないが、tachyphylaxisによって説明できるかもしれない)
-----(ここまで引用)-----
この一文が付いたために、その後、tachyphylaxisは、ステロイド依存やリバウンドの話が出るたびに、しばしば「1975年に既に、Vivier先生というひとが、tachyphylaxisという現象を見つけて、そのメカニズムである可能性を示唆している」と、引用されます。tachyphylaxisって、あまり使われていない(「手垢のついてない」)用語ですから、言ってるほうは、何か科学的な専門用語使ってる気分にひたれますしね。tachyphyalaxisという語が、一人歩きするわけです。 そうすると、年配の先生で、tachyphylaxisがどんなものかをよく知っている先生は、「tachyphylaxisが依存やリバウンドの説明になるわけがない。そんな理に合わないことを言う連中は、信用ならない」と、依存やリバウンドという現象の存在を、ますます認めなくなる、というわけです。上図からわかるように、addictionというのは、薬剤を中止したあとの経過を追ったひとでないとadverse effectに遭遇しませんからね。わたしは、これを「tachyphylaxisの悲劇」と呼んでいます。Vivier先生は、おそらく、Steroid resistance(あるいはaddiction)を臨床現場において経験していて、警告の一文を付したのでしょう。
しかし、その後tachyphylaxisという語は、例えば、
Tachyphylaxis to topical corticosteroids: the more you use them, the less they work? Steven R. Feldman, Clinics in Dermatology (2006) 24, 229–230
という論文の冒頭では、
-----(ここから引用)-----
The long-term management of common chronic skin conditions can be frustrating for both patients and physicians. Topical therapies are generally safe and very effective; however, with long-term use, tachyphylaxis may occur.
(慢性皮膚疾患の長期間の治療は医者にとっても患者にとっても頭が痛い。外用ステロイドは大抵の症例において安全で効果的である。しかしながら、長期連用によってtachyphylaxisが生じると言われている)
-----(ここまで引用)-----
と、いう風に使われるようになります。Tachyphylaxisって、長期連用でおきる現象には普通使わないと思うんですけどね・・薬理学的な用語なんですが、ステロイド外用剤の長期連用に関係するフィールドでのみ、スラング(俗語)化しちゃってるというか・・。Feldman先生は、tachyphylaxisというのは、患者が医者が指示した通りには薬を塗っていないコンプライアンスの問題だろう、と結論しています。そこまでいくと、ちょっと、もともとの用語の意味から外れ過ぎだと思います。
Vivier先生は、ステロイド外用剤でtachyphylaxisがみられるのを発見したのは功績ですし、Resistance(あるいはaddiction)を警告した点でも優れた臨床観察家だったと思いますが、このふたつをくっつけたのは、振り返ってみるとまずかったのかもしれません。1975年当時、抵抗性や依存という臨床観察を、その当時の研究レベルで解釈しようと思うと、そうなってしまうのでしょうか。
臨床で観察されるさまざまな現象って言うのは、とりあえず記述をしておくのは大切ですが、現在の科学で無理にこじつけようとしないほうが良いのかもしれません。
2009.10.21