ビバリーヒルズの脱ステ医(その2)
前章で紹介した、Dr.Rapaportの論文の引用の続きです。
-----(ここから引用)-----
Corticosteroid Addiction Patterns Approximately 90% of our patients had a history suggestive of atopy. The only significant variation from this pattern occurred in patients with facial dermatitis of whom approximately 20% had seborrheic dermatitis or “dry skin.” When dermatitis first developed in these patients, many of them self-prescribed over-the-counter 1% hydrocortisone cream or ointment. For those who sought medical consultation, many had been given moderate strength corticosteroids initially, and in the past 5 years, super potent corticosteroid preparations were commonly prescribed at the outset. When pruritus or rash persisted or when rash recurred, stronger corticosteroids or more frequent application was recommended. As skin complaints worsened, but now accompanied by burning, systemic corticosteroids, eg, IM triamcinolone or betamethasone, were administered from 2 to 8 times a year. Patients with red face syndrome, actinic dermatitis, and multi sited atopic rashes commonly received this therapy. In addition, oral prednisone 20–80 mg/ day was sometimes prescribed for varying periods of time.In these initial phases of the addictive process, the corticosteroids were usually effective, and patients felt relief for weeks to months. As time passed, however, many patients required systemic corticosteroids at more frequent intervals, some every 6 to 10 weeks. Daily topical treatment only maintained tolerance of symptoms and mild diminution of the rash. Patients complained that corticosteroids “were not working anymore.” It was at this time that the authors were consulted.By this time, the initial limited areas of dermatitis had expanded significantly. The itch had mostly disappeared but had been replaced by severe burning that was only relieved by further topical corticosteroid application.The appearance of the dermatitis changed and was now more of a hyperemia. Most topical nonsteroidal preparations increased the burning, and this led patient and physician to believe that an occult allergen was the cause. In fact, in many cases the purpose of the initial referral was to identify that obscure allergen. This “addictive phase” took from 3 months to several years to develop.
(ステロイド依存のパターン : われわれが診る患者の90%はアトピー歴がある。そうでない患者で多いのは顔面湿疹で、そのうち20%は脂漏性湿疹またはドライスキンである。これらの患者の皮膚炎がはじめて生じたとき、多くの者は市販の1%ハイドロコーチゾンクリームまたは軟膏で自己治療した。病医院を受診した者の多くは、最初に中くらいの強さのステロイド外用剤の処方を受けた。そして直近5年間は、最強力レベルのステロイド外用剤が処方されているのが普通だった。痒みや皮疹が続いたり皮疹が再燃したときには、より強いステロイドの外用が勧められることが多かった。皮疹が悪化し、灼熱感を伴うようになると、ステロイドの全身投与(ケナコルトやリンデロンの筋注など)が年に2~8回なされた。「赤ら顔症候群」「日光皮膚炎」「全身性アトピー性皮膚炎」といった診断がつけられるのが普通であった。さらにプレドニン内服(20~80mg/日)も、その期間はさまざまであるが、ときどき投与された。こういったステロイド依存の過程の初期においては、ステロイドは通常有効である。患者は数週間から数ヶ月間は「救われた」と感じる。しかし、時間が経つにつれて、多くの患者で、だいたい6~10週間毎といった、より頻回のステロイドの全身投与が必要になる。毎日のステロイド外用は、症状を緩和し皮疹を少し抑えるだけとなる。患者は「ステロイドが効かなくなってきた」と訴えはじめ、著者らが患者を診るのは、まさにこういった時期である。この頃には、最初の限られた範囲の湿疹は、はなはだしく拡大し、痒みは消失して、ひどい灼熱感に置き換わっていることが多く、それは、ステロイド外用によってのみ沈静化する。外観は皮膚炎というよりはもはや充血とでもいったほうが良い状態となる。ほとんどの非ステロイド外用剤は灼熱感を増悪させ、そのことは、患者と医師に、これは何か未知のアレルゲンが原因ではないのか?と疑わせることとなる。実際、多くのケースで患者紹介の目的は「原因となっているアレルゲンを同定してほしい」というものだ。この「ステロイド依存期」は、3ヶ月から数年にわたる。)
-----(ここまで引用)-----
わたしなどは、実際にこういった患者を何百人と、治療というか、離脱までのお付き合いをしましたから、いちいち「うんうん」と頷ける記述なのですが、こういった患者を診たことが無いかたには、まるで架空の、脅かし話のようにも感じられるでしょうか? これは、例えでいうならば、皮膚科を酒屋、ステロイドをお酒と考えてみてください。酒屋さんで、お酒を買っているひとたちのなかに、アルコール中毒でボロボロのひとって見ないでしょう?ほとんどの人にとっては、お酒がおいしいもの、楽しいものであるように、ステロイド外用剤もまた、多くの人にとって有用です。しかし、じゃあ、世の中にアルコール依存症のひとって、いないのか?と言われれば、かなりの数いるわけです。昔のわたしや、Rapaport先生のところには、そういうアル中患者が、押し寄せます。「先生、お酒をやめたい。なんとかしてくれ」と言って。 離脱のサポートは大変です。なんでこんな苦労しなければならないんだ?そもそも、アルコール中毒にならないように、酒屋で、「お酒には依存性があるから注意しましょう」と警告してくれたっていいじゃないか。そう考えるのは普通ですよね?でも、酒屋さんたちは、耳を貸してくれなかったです。 「自分はもう何十年も酒屋をやっているが、依存症の患者など見たことがない」「お酒一本売っていくら利益が上がると思ってるんだ?お客にいちいちそんな依存症の説明してたら、商売あがったりだ。お客を数こなすしかないんだよ。」 私がいちばん情けなく思ったのは、皮膚科医をとりしきる立場にある、日本の臨床教授のかたがたに、こういうステロイド依存症患者を診た経験、離脱させた経験が、どうも無さそうだ、ということでした。最近は知りません。私が皮膚科を離れる6~10年前はそうでした。 開業皮膚科医のかたが、見たこと無い、あるいは気が付いていたとしても、関わり合いたくない、と考えることは、わたし、まあ、しょうがないかなあ、とも思うんです。でも、大学の臨床教授っていうのは、新しい病態を認識して、それを学問化して、教科書をupdateしていくのが役目じゃないですか。
皮膚科って、たしかに、精神科の次くらいに、数値化しにくい、記述に頼らざるを得ない領域だと思います。しかし、それだけに、パターン認識とか、記述皮膚科学といった、古典的な手法が活躍します。わたしは、そこに魅力を感じて、皮膚科医となりました。 わたしは、内科研修医であった二十数年前に、膠原病を診断するのに、内科では、診断基準の項目を一つ一つ丸を打っていって診断するのに対して、皮膚科では、ひと目で確定診断する、その手法に惹かれました。皮膚科に転科したあと、はじめて参加した医局の症例検討会では、ただただ患者の臨床スライドが流され、教授たちによって、次から次へとパターン認識による診断が下されていくのに感動しました。 そういう「皮膚科医の目」で、患者を診ている医師であれば、この「ステロイド依存」に気が付かないわけがないと思うのです。
もし、気が付いているが、関わると大変そうだから、黙っている、それならそれで、わたし的には許せる(というか、少なくとも理解はできる)。 しかし、「ステロイド依存など、存在しない。非科学的なはなしだ。」と声高に言うっていうのは、その先生は、本当に診たことがない、あるいは気がついていない、っていうことじゃないでしょうか。 それはちょっと、どうかと思います。
2009.10.21
-----(ここから引用)-----
Corticosteroid Addiction Patterns Approximately 90% of our patients had a history suggestive of atopy. The only significant variation from this pattern occurred in patients with facial dermatitis of whom approximately 20% had seborrheic dermatitis or “dry skin.” When dermatitis first developed in these patients, many of them self-prescribed over-the-counter 1% hydrocortisone cream or ointment. For those who sought medical consultation, many had been given moderate strength corticosteroids initially, and in the past 5 years, super potent corticosteroid preparations were commonly prescribed at the outset. When pruritus or rash persisted or when rash recurred, stronger corticosteroids or more frequent application was recommended. As skin complaints worsened, but now accompanied by burning, systemic corticosteroids, eg, IM triamcinolone or betamethasone, were administered from 2 to 8 times a year. Patients with red face syndrome, actinic dermatitis, and multi sited atopic rashes commonly received this therapy. In addition, oral prednisone 20–80 mg/ day was sometimes prescribed for varying periods of time.In these initial phases of the addictive process, the corticosteroids were usually effective, and patients felt relief for weeks to months. As time passed, however, many patients required systemic corticosteroids at more frequent intervals, some every 6 to 10 weeks. Daily topical treatment only maintained tolerance of symptoms and mild diminution of the rash. Patients complained that corticosteroids “were not working anymore.” It was at this time that the authors were consulted.By this time, the initial limited areas of dermatitis had expanded significantly. The itch had mostly disappeared but had been replaced by severe burning that was only relieved by further topical corticosteroid application.The appearance of the dermatitis changed and was now more of a hyperemia. Most topical nonsteroidal preparations increased the burning, and this led patient and physician to believe that an occult allergen was the cause. In fact, in many cases the purpose of the initial referral was to identify that obscure allergen. This “addictive phase” took from 3 months to several years to develop.
(ステロイド依存のパターン : われわれが診る患者の90%はアトピー歴がある。そうでない患者で多いのは顔面湿疹で、そのうち20%は脂漏性湿疹またはドライスキンである。これらの患者の皮膚炎がはじめて生じたとき、多くの者は市販の1%ハイドロコーチゾンクリームまたは軟膏で自己治療した。病医院を受診した者の多くは、最初に中くらいの強さのステロイド外用剤の処方を受けた。そして直近5年間は、最強力レベルのステロイド外用剤が処方されているのが普通だった。痒みや皮疹が続いたり皮疹が再燃したときには、より強いステロイドの外用が勧められることが多かった。皮疹が悪化し、灼熱感を伴うようになると、ステロイドの全身投与(ケナコルトやリンデロンの筋注など)が年に2~8回なされた。「赤ら顔症候群」「日光皮膚炎」「全身性アトピー性皮膚炎」といった診断がつけられるのが普通であった。さらにプレドニン内服(20~80mg/日)も、その期間はさまざまであるが、ときどき投与された。こういったステロイド依存の過程の初期においては、ステロイドは通常有効である。患者は数週間から数ヶ月間は「救われた」と感じる。しかし、時間が経つにつれて、多くの患者で、だいたい6~10週間毎といった、より頻回のステロイドの全身投与が必要になる。毎日のステロイド外用は、症状を緩和し皮疹を少し抑えるだけとなる。患者は「ステロイドが効かなくなってきた」と訴えはじめ、著者らが患者を診るのは、まさにこういった時期である。この頃には、最初の限られた範囲の湿疹は、はなはだしく拡大し、痒みは消失して、ひどい灼熱感に置き換わっていることが多く、それは、ステロイド外用によってのみ沈静化する。外観は皮膚炎というよりはもはや充血とでもいったほうが良い状態となる。ほとんどの非ステロイド外用剤は灼熱感を増悪させ、そのことは、患者と医師に、これは何か未知のアレルゲンが原因ではないのか?と疑わせることとなる。実際、多くのケースで患者紹介の目的は「原因となっているアレルゲンを同定してほしい」というものだ。この「ステロイド依存期」は、3ヶ月から数年にわたる。)
-----(ここまで引用)-----
わたしなどは、実際にこういった患者を何百人と、治療というか、離脱までのお付き合いをしましたから、いちいち「うんうん」と頷ける記述なのですが、こういった患者を診たことが無いかたには、まるで架空の、脅かし話のようにも感じられるでしょうか? これは、例えでいうならば、皮膚科を酒屋、ステロイドをお酒と考えてみてください。酒屋さんで、お酒を買っているひとたちのなかに、アルコール中毒でボロボロのひとって見ないでしょう?ほとんどの人にとっては、お酒がおいしいもの、楽しいものであるように、ステロイド外用剤もまた、多くの人にとって有用です。しかし、じゃあ、世の中にアルコール依存症のひとって、いないのか?と言われれば、かなりの数いるわけです。昔のわたしや、Rapaport先生のところには、そういうアル中患者が、押し寄せます。「先生、お酒をやめたい。なんとかしてくれ」と言って。 離脱のサポートは大変です。なんでこんな苦労しなければならないんだ?そもそも、アルコール中毒にならないように、酒屋で、「お酒には依存性があるから注意しましょう」と警告してくれたっていいじゃないか。そう考えるのは普通ですよね?でも、酒屋さんたちは、耳を貸してくれなかったです。 「自分はもう何十年も酒屋をやっているが、依存症の患者など見たことがない」「お酒一本売っていくら利益が上がると思ってるんだ?お客にいちいちそんな依存症の説明してたら、商売あがったりだ。お客を数こなすしかないんだよ。」 私がいちばん情けなく思ったのは、皮膚科医をとりしきる立場にある、日本の臨床教授のかたがたに、こういうステロイド依存症患者を診た経験、離脱させた経験が、どうも無さそうだ、ということでした。最近は知りません。私が皮膚科を離れる6~10年前はそうでした。 開業皮膚科医のかたが、見たこと無い、あるいは気が付いていたとしても、関わり合いたくない、と考えることは、わたし、まあ、しょうがないかなあ、とも思うんです。でも、大学の臨床教授っていうのは、新しい病態を認識して、それを学問化して、教科書をupdateしていくのが役目じゃないですか。
皮膚科って、たしかに、精神科の次くらいに、数値化しにくい、記述に頼らざるを得ない領域だと思います。しかし、それだけに、パターン認識とか、記述皮膚科学といった、古典的な手法が活躍します。わたしは、そこに魅力を感じて、皮膚科医となりました。 わたしは、内科研修医であった二十数年前に、膠原病を診断するのに、内科では、診断基準の項目を一つ一つ丸を打っていって診断するのに対して、皮膚科では、ひと目で確定診断する、その手法に惹かれました。皮膚科に転科したあと、はじめて参加した医局の症例検討会では、ただただ患者の臨床スライドが流され、教授たちによって、次から次へとパターン認識による診断が下されていくのに感動しました。 そういう「皮膚科医の目」で、患者を診ている医師であれば、この「ステロイド依存」に気が付かないわけがないと思うのです。
もし、気が付いているが、関わると大変そうだから、黙っている、それならそれで、わたし的には許せる(というか、少なくとも理解はできる)。 しかし、「ステロイド依存など、存在しない。非科学的なはなしだ。」と声高に言うっていうのは、その先生は、本当に診たことがない、あるいは気がついていない、っていうことじゃないでしょうか。 それはちょっと、どうかと思います。
2009.10.21