ビバリーヒルズの脱ステ医(その3)
Dr.Rapaportの論文の引用を続けます。
-----(ここから引用)-----
We recently reported 100 patients with a chronic eyelid dermatitis that did not resolve until all topical and systemic corticosteroids had been discontinued. All of these patients had been treated with long-term topical corticosteroids, usually with escalating dosage and frequency of application. In the majority of patients, the initial symptom of pruritus commonly evolved into a characteristic, severe burning sensation. In many cases, systemic corticosteroids had also been administered to relieve the severe erythema and burning, but this only exacerbated the condition. In our opinion the continuing dermatitis resulted from “steroid addiction.” Unfortunately, the time required for corticosteroid withdrawal mirrored the time over which they had originally been applied, and was often protracted.
(われわれは、以前に、全ての内服・外用ステロイドを中止することによって治癒した100人の慢性眼瞼皮膚炎を報告した。これらの患者は全て、長期間のステロイド外用剤による治療をうけており、その量や塗る回数は増える傾向にあった。ほとんどの患者で、最初の症状のかゆみは、特徴的な灼熱感に変わっていった。多くの場合、強い紅斑や灼熱感を除くためにステロイドの全身投与が行われたが、状態を悪化させるばかりだった。われわれは、このような皮膚炎は「ステロイド依存」が原因だと考える。残念なことに、ステロイド離脱に要する時間は、それまで患者が外用していた期間を反映して、しばしば長期にわたる。)
-----(ここまで引用)-----
難治性の眼瞼炎で、灼熱感ってのは、わたしも何例か経験しました。こういうケースでは、皮膚科医の常識として、まず最初に、使用していたステロイド外用剤および成分のパッチテスト、目薬やマニキュアによるパッチテストなどをしますが、結果が陰性のときは、離脱させてみます。その結果、リバウンドを経て、ようやく回復する、という症例はたしかにあります。 以前、そのような症例で、前医である開業皮膚科医の先生に、問い合わせたことがあります。問診からはステロイド外用剤の使用期間・量はわかったものの、強さや薬剤名がわからなかったからです。
前医「あの患者は、目の周りですから、そんなに強いステロイドは出してないですよ。先生は、依存症だのリバウンドだのとおっしゃるが、そういうのは、ストロングクラスのステロイドを長期間外用しないと起きないのではないですか?」
私「いや、アトピー素因のある方では、かならずしもそうでもないんですよ。普通のひとに比べて依存は起きやすいです。論文にもなってます。」
前医「アトピー?あのひとの湿疹は、眼の周りだけで、わたしはあの患者をアトピー性皮膚炎とは診断しません。先生は、あの患者をアトピーと診断なさるのですか?」
私「いえ、そうではなく、アトピー素因です。皮疹は出てません。しかしIgEを測ると、高いですし・・」
前医「IgEが高いと、アトピーなんですか?とにかく、先生の、研究だか、社会活動だか知りませんが、わたしは、協力する気はないですね。(ガチャン)」
別に、研究でも、社会活動でもないんですけどね・・。たまたま自分のもとを訪れた患者の治療のために必要だ、って理由なんですが・・。 このケースは、しつこくその後も私から電話して懇願して、結局、わたしに協力する気はないが、もし、患者本人が来院して、聞きに来るというのなら、情報提供する、ということになったので、患者に頼んで、取りに行ってもらいました。
日本皮膚科学会のガイドラインに沿った治療を行っていても、依存は起こりうる、っていうことです。そりゃあ、そうでしょう。だって、学会のガイドラインを作成したひとの多くが、実際に「ステロイド依存」のケースを診たり、治癒まで付き合ったことのないひとたちでしょうから。あれは、依存回避のためのガイドラインではなく、「ステロイド依存は存在しない」ということを前提として書かれたガイドラインです。
愚痴っぽくて、申し訳ないですが、あのころ(脱ステロイド診療に従事していた1990年代)は、ほんとに辛かったです。 それでも、自分が、まじめに「ステロイド依存」の患者を診療して、離脱させ、そのことを学会などで報告していけば、医学的事実であるのだから、いつかは、わかってもらえる。皮膚科医の診療というか、ステロイド外用剤についての認識がかわり、ガイドラインも修正されるだろう。そうすれば、自分も楽になる。そう思っていました。 ですが、それまで自分の心身は、持たなかったですね。鬱になり、皮膚科医不信に陥りました。自分は、連中の尻拭いのようなしんどい仕事をしているわけだ。それなのに、なんで自分が、上の「前医」で記したような扱いを受けなければならないのだろうか? 不眠が続き、心身を病み、限界を感じて、退職することにしました。もし、自分が過労のあまり、ミスを犯してしまったら、自分のみならず、自分が取り組んできた「脱ステロイド」というものに対する評価にもかかわる。それだけは避けたかったです。
私が脱ステロイド診療から離れた個人的事情を記すことは、本書の主題とは異なっているという指摘があるかもしれません。しかし、わたしという一人の脱ステ医の経過をケースレポートとして報告することは、脱ステロイドをめぐる様々な社会的問題をも浮かび上がらせると考えて、あえて記しています。
退職して、さて、何をしようかと考えたとき、皮膚科で開業して、アトピー・脱ステロイドを診る、という選択肢は、ありませんでした。それ自体が、最大のわたしの鬱の原因だったからです。とにかく、離れることだと思いました。 いま、こうやって、そのころの診療の記憶を基に記しているのは、かなり元気になったので、やはり、むかし、いったんは取り組んだことであるからには、何とか解決したい、という思いがあるからです。少数ですが、全国に、いまもまだ、脱ステ診療に取り組んでいる昔の仲間の医師たちもいます。 彼ら彼女らのために、及ばずながらも、何か役に立ちたい、という気持ちもあります。
自分が、アトピー・脱ステ診療を、開業医として再開すればよいではないか、という意見もおありでしょうが、以前過労で倒れた経験からは、自分が戦列に復帰するには、環境が悪すぎます。少なくとも、皮膚科学会ガイドラインにおいて、ステロイド外用剤の依存性が明記され、脱ステロイドというものが、選択肢として記載されなければ、わたしは、また鬱になって倒れるでしょう。
逆説的ですが、自分のプライドは、一般皮膚科で開業していないところにあるとも思っています。 どういうことかというと、もし、わたしが、保険診療の一般皮膚科で開業したら、数をこなさなければ、収益上がらないし、ステロイドの依存性についての説明もおろそかになるかもしれない。手のかかる脱ステ患者を、国立病院勤務医であったころのようには診ることができないだろう。感染症・敗血症をきたしてきたときの、入院できる紹介先もない・・。そんな環境では、一般皮膚科で開業すべきではない、というのが、わたしが6年前に到達した結論でした。
挑発的なことを書きますが、「ステロイド依存」の患者を診るのは、現行の保険診療の仕組みや点数からは、無理だ、とおっしゃる方は、全員、皮膚科医は辞めて、わたしのように、ほかの仕事を探したほうがよいと思います。依存性の説明もなく、依存患者への対応もしないまま、ただステロイドをだらだらと処方するだけの皮膚科医は、一人でも減ったほうがいい。
喧嘩を売っているわけではありません。わたしは、本当に、心からそう思うのです。「ステロイド依存」の患者の存在に薄々気がつきながら、目をつぶって、毎日、ただ数こなすだけの診療に明け暮れる。そこに、社会的意義があるでしょうか?医師としての真のやりがいがあるのでしょうか? わたしは、美容外科に転向してよかったと感じます。こちらの世界には、偽善もタブーもありません。自由診療ですから、患者に評価されれば、その満足に相応する対価が払われます。医師として、というか職人としての、やりがいを感じる毎日です。
2009.10.21
-----(ここから引用)-----
We recently reported 100 patients with a chronic eyelid dermatitis that did not resolve until all topical and systemic corticosteroids had been discontinued. All of these patients had been treated with long-term topical corticosteroids, usually with escalating dosage and frequency of application. In the majority of patients, the initial symptom of pruritus commonly evolved into a characteristic, severe burning sensation. In many cases, systemic corticosteroids had also been administered to relieve the severe erythema and burning, but this only exacerbated the condition. In our opinion the continuing dermatitis resulted from “steroid addiction.” Unfortunately, the time required for corticosteroid withdrawal mirrored the time over which they had originally been applied, and was often protracted.
(われわれは、以前に、全ての内服・外用ステロイドを中止することによって治癒した100人の慢性眼瞼皮膚炎を報告した。これらの患者は全て、長期間のステロイド外用剤による治療をうけており、その量や塗る回数は増える傾向にあった。ほとんどの患者で、最初の症状のかゆみは、特徴的な灼熱感に変わっていった。多くの場合、強い紅斑や灼熱感を除くためにステロイドの全身投与が行われたが、状態を悪化させるばかりだった。われわれは、このような皮膚炎は「ステロイド依存」が原因だと考える。残念なことに、ステロイド離脱に要する時間は、それまで患者が外用していた期間を反映して、しばしば長期にわたる。)
-----(ここまで引用)-----
難治性の眼瞼炎で、灼熱感ってのは、わたしも何例か経験しました。こういうケースでは、皮膚科医の常識として、まず最初に、使用していたステロイド外用剤および成分のパッチテスト、目薬やマニキュアによるパッチテストなどをしますが、結果が陰性のときは、離脱させてみます。その結果、リバウンドを経て、ようやく回復する、という症例はたしかにあります。 以前、そのような症例で、前医である開業皮膚科医の先生に、問い合わせたことがあります。問診からはステロイド外用剤の使用期間・量はわかったものの、強さや薬剤名がわからなかったからです。
前医「あの患者は、目の周りですから、そんなに強いステロイドは出してないですよ。先生は、依存症だのリバウンドだのとおっしゃるが、そういうのは、ストロングクラスのステロイドを長期間外用しないと起きないのではないですか?」
私「いや、アトピー素因のある方では、かならずしもそうでもないんですよ。普通のひとに比べて依存は起きやすいです。論文にもなってます。」
前医「アトピー?あのひとの湿疹は、眼の周りだけで、わたしはあの患者をアトピー性皮膚炎とは診断しません。先生は、あの患者をアトピーと診断なさるのですか?」
私「いえ、そうではなく、アトピー素因です。皮疹は出てません。しかしIgEを測ると、高いですし・・」
前医「IgEが高いと、アトピーなんですか?とにかく、先生の、研究だか、社会活動だか知りませんが、わたしは、協力する気はないですね。(ガチャン)」
別に、研究でも、社会活動でもないんですけどね・・。たまたま自分のもとを訪れた患者の治療のために必要だ、って理由なんですが・・。 このケースは、しつこくその後も私から電話して懇願して、結局、わたしに協力する気はないが、もし、患者本人が来院して、聞きに来るというのなら、情報提供する、ということになったので、患者に頼んで、取りに行ってもらいました。
日本皮膚科学会のガイドラインに沿った治療を行っていても、依存は起こりうる、っていうことです。そりゃあ、そうでしょう。だって、学会のガイドラインを作成したひとの多くが、実際に「ステロイド依存」のケースを診たり、治癒まで付き合ったことのないひとたちでしょうから。あれは、依存回避のためのガイドラインではなく、「ステロイド依存は存在しない」ということを前提として書かれたガイドラインです。
愚痴っぽくて、申し訳ないですが、あのころ(脱ステロイド診療に従事していた1990年代)は、ほんとに辛かったです。 それでも、自分が、まじめに「ステロイド依存」の患者を診療して、離脱させ、そのことを学会などで報告していけば、医学的事実であるのだから、いつかは、わかってもらえる。皮膚科医の診療というか、ステロイド外用剤についての認識がかわり、ガイドラインも修正されるだろう。そうすれば、自分も楽になる。そう思っていました。 ですが、それまで自分の心身は、持たなかったですね。鬱になり、皮膚科医不信に陥りました。自分は、連中の尻拭いのようなしんどい仕事をしているわけだ。それなのに、なんで自分が、上の「前医」で記したような扱いを受けなければならないのだろうか? 不眠が続き、心身を病み、限界を感じて、退職することにしました。もし、自分が過労のあまり、ミスを犯してしまったら、自分のみならず、自分が取り組んできた「脱ステロイド」というものに対する評価にもかかわる。それだけは避けたかったです。
私が脱ステロイド診療から離れた個人的事情を記すことは、本書の主題とは異なっているという指摘があるかもしれません。しかし、わたしという一人の脱ステ医の経過をケースレポートとして報告することは、脱ステロイドをめぐる様々な社会的問題をも浮かび上がらせると考えて、あえて記しています。
退職して、さて、何をしようかと考えたとき、皮膚科で開業して、アトピー・脱ステロイドを診る、という選択肢は、ありませんでした。それ自体が、最大のわたしの鬱の原因だったからです。とにかく、離れることだと思いました。 いま、こうやって、そのころの診療の記憶を基に記しているのは、かなり元気になったので、やはり、むかし、いったんは取り組んだことであるからには、何とか解決したい、という思いがあるからです。少数ですが、全国に、いまもまだ、脱ステ診療に取り組んでいる昔の仲間の医師たちもいます。 彼ら彼女らのために、及ばずながらも、何か役に立ちたい、という気持ちもあります。
自分が、アトピー・脱ステ診療を、開業医として再開すればよいではないか、という意見もおありでしょうが、以前過労で倒れた経験からは、自分が戦列に復帰するには、環境が悪すぎます。少なくとも、皮膚科学会ガイドラインにおいて、ステロイド外用剤の依存性が明記され、脱ステロイドというものが、選択肢として記載されなければ、わたしは、また鬱になって倒れるでしょう。
逆説的ですが、自分のプライドは、一般皮膚科で開業していないところにあるとも思っています。 どういうことかというと、もし、わたしが、保険診療の一般皮膚科で開業したら、数をこなさなければ、収益上がらないし、ステロイドの依存性についての説明もおろそかになるかもしれない。手のかかる脱ステ患者を、国立病院勤務医であったころのようには診ることができないだろう。感染症・敗血症をきたしてきたときの、入院できる紹介先もない・・。そんな環境では、一般皮膚科で開業すべきではない、というのが、わたしが6年前に到達した結論でした。
挑発的なことを書きますが、「ステロイド依存」の患者を診るのは、現行の保険診療の仕組みや点数からは、無理だ、とおっしゃる方は、全員、皮膚科医は辞めて、わたしのように、ほかの仕事を探したほうがよいと思います。依存性の説明もなく、依存患者への対応もしないまま、ただステロイドをだらだらと処方するだけの皮膚科医は、一人でも減ったほうがいい。
喧嘩を売っているわけではありません。わたしは、本当に、心からそう思うのです。「ステロイド依存」の患者の存在に薄々気がつきながら、目をつぶって、毎日、ただ数こなすだけの診療に明け暮れる。そこに、社会的意義があるでしょうか?医師としての真のやりがいがあるのでしょうか? わたしは、美容外科に転向してよかったと感じます。こちらの世界には、偽善もタブーもありません。自由診療ですから、患者に評価されれば、その満足に相応する対価が払われます。医師として、というか職人としての、やりがいを感じる毎日です。
2009.10.21