手湿疹から始まるリバウンド(ステロイド皮膚症)
「クロフィブラートの治験を受けたいのですが、私は自分がアトピー性皮膚炎なのか自信がありません。それでもよろしいのでしょうか?」
治験申し込みのFAXを受けたあと、私からお電話差し上げるのですが、その時にこう言われました。話を聞くと、結婚して手荒れのためステロイド外用開始、17年間断続的に使用してきたが、塗っても効かない状態となり離脱。中止したところ全身に湿疹が広がったとのこと。
「それだと、アトピー性皮膚炎というよりは、元が手湿疹のところに、ステロイド依存が加わった、ステロイド皮膚症、っていうことになりますね。現在良くなってきているのですか?」
「もう2年近くになりますが、最初のころのようなことはないです。かさつき・乾燥肌が残っている、という感じです。」
「まあ、一度診せてください。その上で治験するかどうか決めましょう。」
下は、2000年に医歯薬出版から出した、私の著書(→こちら)の104ページです。
治験申し込みのFAXを受けたあと、私からお電話差し上げるのですが、その時にこう言われました。話を聞くと、結婚して手荒れのためステロイド外用開始、17年間断続的に使用してきたが、塗っても効かない状態となり離脱。中止したところ全身に湿疹が広がったとのこと。
「それだと、アトピー性皮膚炎というよりは、元が手湿疹のところに、ステロイド依存が加わった、ステロイド皮膚症、っていうことになりますね。現在良くなってきているのですか?」
「もう2年近くになりますが、最初のころのようなことはないです。かさつき・乾燥肌が残っている、という感じです。」
「まあ、一度診せてください。その上で治験するかどうか決めましょう。」
下は、2000年に医歯薬出版から出した、私の著書(→こちら)の104ページです。
脱ステロイドの診療をしている医師であれば、このタイプは、決して多くはありませんが、経験していることが多いです。だいぶ前ですが、脱ステ医師仲間でやっていたMLで、このタイプの話が出て盛り上がったことがありました。
ステロイドを使う治療しかしていないと、まず診る機会はないでしょうし、たまたま一例経験しただけでは俄かには信じがたい、ひょっとして、何か違う原因があって、たまたま全身性の皮膚炎が重なったのではないか?と考えるのが普通です。しかし、似たようなケースを3例、5例と経験すると、「ああ、これは、リバウンドの一つの形なのだなあ。」と納得します。
これから紹介するこの方の経過も、手湿疹に始まっています。ただし、この方の場合は、効かなくなって離脱する前の2~3年は、体や顔にも湿疹が広がって、ステロイドを外用していたそうです。
可能性としては、
1)手湿疹にステロイド外用しているうちに、たまたまアトピー性皮膚炎が発症し、体や顔に広がった。
2)手湿疹の原因と類似の、何かは判らないが湿疹を起こす原因(環境化学物質など)に暴露されていたことによるアレルギー性接触皮膚炎。現在は暴露がなくなって解除されて落ち着き傾向。
の二つがまず考えられますが、脱ステ医がまれに経験する上記のような「手湿疹型」の依存・リバウンドの存在を考慮すると、
3)手がステロイド依存になり、リバウンドとして体や顔に皮疹が出て、これをステロイドで抑えようとしていた。
も考えられます。
1)は、何よりも皮疹です。肘・膝を中心とした、古典的アトピー性皮膚炎の臨床像に一致するか、が決め手になります。後述するように、現在の皮疹上は、わずかになくもないですが、強い皮疹ではありません。
2)は、後述するように各種パッチテストや、転地・転居・生活の大きな変化に伴う、悪化と改善のはっきりしたオン・オフという病歴がヒントです。この方の場合、経過は連続的です。途中で一定期間まったく良くなったという期間がありません。
ですので、私は3)の可能性があると考えます。
ステロイドが効かなくなって中止した直後のころです。腕から顔まで紅斑が拡がっています。
ステロイドを使う治療しかしていないと、まず診る機会はないでしょうし、たまたま一例経験しただけでは俄かには信じがたい、ひょっとして、何か違う原因があって、たまたま全身性の皮膚炎が重なったのではないか?と考えるのが普通です。しかし、似たようなケースを3例、5例と経験すると、「ああ、これは、リバウンドの一つの形なのだなあ。」と納得します。
これから紹介するこの方の経過も、手湿疹に始まっています。ただし、この方の場合は、効かなくなって離脱する前の2~3年は、体や顔にも湿疹が広がって、ステロイドを外用していたそうです。
可能性としては、
1)手湿疹にステロイド外用しているうちに、たまたまアトピー性皮膚炎が発症し、体や顔に広がった。
2)手湿疹の原因と類似の、何かは判らないが湿疹を起こす原因(環境化学物質など)に暴露されていたことによるアレルギー性接触皮膚炎。現在は暴露がなくなって解除されて落ち着き傾向。
の二つがまず考えられますが、脱ステ医がまれに経験する上記のような「手湿疹型」の依存・リバウンドの存在を考慮すると、
3)手がステロイド依存になり、リバウンドとして体や顔に皮疹が出て、これをステロイドで抑えようとしていた。
も考えられます。
1)は、何よりも皮疹です。肘・膝を中心とした、古典的アトピー性皮膚炎の臨床像に一致するか、が決め手になります。後述するように、現在の皮疹上は、わずかになくもないですが、強い皮疹ではありません。
2)は、後述するように各種パッチテストや、転地・転居・生活の大きな変化に伴う、悪化と改善のはっきりしたオン・オフという病歴がヒントです。この方の場合、経過は連続的です。途中で一定期間まったく良くなったという期間がありません。
ですので、私は3)の可能性があると考えます。
ステロイドが効かなくなって中止した直後のころです。腕から顔まで紅斑が拡がっています。
半年後です。滲出性で痂皮を伴っています。ステロイド中止に先立つ2~3年、手だけではなく、体や顔にも皮疹が出てはいましたが、このような強い皮膚炎ではなかったそうです。
このころ、皮膚科で、金属アレルギーのパッチテストを受けていますが陰性でした(原因不明で困ったときは、とりあえず金属アレルギーと病巣感染(扁桃腺など)を疑うのは、古典的な真面目な皮膚科医のお作法です)。担当の皮膚科の先生も「困りましたねー」と頭をかかえたことでしょう。そして、患者が「ステロイドを止めたらこうなったんです」と言っても「そんな馬鹿なはずがない」と一笑に付したでしょう。大昔の私もそうでした。
8カ月後、浸出液が治まり、皮膚が肥厚してきたところです。ステロイドを中止して浸出期を超えると、こういう風に皮膚が厚くなってゴワゴワしてきます。「6週間ステロイドを外用したあとの経時的変化」(→こちら)の1Eを見ると、やはり皮膚が厚くなっていることが判りますが、ステロイド長期連用・中止後の皮膚の変化は、この時間軸をながーく引き延ばしたような感じです。乾燥して落屑も多いです。
8カ月後、浸出液が治まり、皮膚が肥厚してきたところです。ステロイドを中止して浸出期を超えると、こういう風に皮膚が厚くなってゴワゴワしてきます。「6週間ステロイドを外用したあとの経時的変化」(→こちら)の1Eを見ると、やはり皮膚が厚くなっていることが判りますが、ステロイド長期連用・中止後の皮膚の変化は、この時間軸をながーく引き延ばしたような感じです。乾燥して落屑も多いです。
下の写真が来院時のものです(これまでの写真は患者が自分で撮りためて持参したものです)。そして、最初に記した電話での会話になるわけです。
手湿疹で手だけにステロイドを塗っていて中止して、それまで外用していなかった全身にリバウンドが拡大するというパターンの、私の経験値は、記憶にある限りで4~5例でしょうか。普通のリバウンドや依存は何千例と診てますから、そんなに多いパターンではありません。しかし、その中には、上で引用した著書に記した通り、本当に指一本だけの湿疹に長期間ステロイド外用を繰り返していて、中止したところ、全身にリバウンドが拡大して数か月かかって退いた、という症例もありました。
この方は過去の血液検査の結果も持参してくださったのですが、やはりハウスダストやダニのRASTが陽性でした。だから、私が著書に記したように、アトピー素因はあるわけです。
さて、それで、この方がアトピー性皮膚炎と言えるか?ですが、来院時の全身像を診る限り、膝の屈側など、古典的アトピーの後発部位に乾燥性の湿疹がありますから、軽度のアトピー性皮膚炎の定義には当てはまります。
しかし、私はこれは、アトピー性皮膚炎というよりは、ステロイド皮膚症の治りかけだと思います(上記の(1)よりも(3)の要素のほうが大きいと考えるということ)。たぶん、クロフィブラート軟膏を使わなくても、自然経過で回復していくでしょう。
一方、「ステロイドに依存性はない。まして、このような手湿疹に塗っていたステロイドを止めたあと、全身にリバウンドが生じるなどありえない」という立場からは、(1)または(2)、(2)の具体的な原因が判明しなければ(1)ということになります。
一応、治験はお受けすることにしました。アトピー性皮膚炎の定義には当てはまるし、このタイプにクロフィブラートが効きそうかどうかも関心があったので。
このケース(というかこのタイプ)は、いろいろ考えさせてくれます。アトピー素因のある方に、ステロイドを外用すると、アトピー性皮膚炎が難治化するというのは、こういうことではないか?とも考えられます。
以前記しましたが(→こちら)、ステロイド外用剤が世に出て、アトピー性皮膚炎の患者というのは、かえって増えているわけです。この間、ほかにも高血圧の薬や糖尿病の薬など、様々な画期的な新薬が開発され世に出ていますが、罹患率が上昇した、難治化した、という病気はアトピー性皮膚炎くらいでしょう。 このへんが、阪南中央病院の佐藤先生が主張する「ステロイドこそがアトピー性皮膚炎の難治化の元だ」という根拠になっているわけです。
私はというと、確かにそういう可能性は否定できないが、まず、このような、局所にステロイド外用剤を連用したあと、効きにくくなって中止して全身性のリバウンドを生じる症例自体が、そんなに多くはないのだから、そこまで話を大きく(ステロイドを悪者にする)してよいものなのか、懐疑的です。しかし、くどいようですが、可能性を否定はしません(できません)。
ですから、この方の診断は、ステロイド依存を認めない皮膚科医の立場からは「アトピー性皮膚炎」で、私は「アトピー性皮膚炎ではなくステロイド皮膚症」、佐藤先生によれば「アトピー性皮膚炎」ということになります。実際、この方は離脱時に阪南中央病院に入院しており、佐藤先生には「アトピー性皮膚炎」と診断されたそうです。少しややこしい話で混乱しそうですが、この辺が、佐藤先生と私の考え方の違いでしょうね。
ほんとうは、このタイプの話を書くのは気が進まないのです。きっとまた、誤解の元だろうなあ。普通の依存・リバウンドの話でさえ、認めようとしない人たちが多いのに、このタイプの存在を持ち出すと、ますます頑なになるでしょう・・。
しかし、現にこういう症例は存在しますからね、決して多くは無いですが。どう解釈するかは、それぞれとしても、まず存在の認識はすべきでしょう。
追記) なぜ、このような現象が起きるのか、メカニズムの説明は難しいのですが、本ブログの過去記事中に、考察したものがありますので、ご参照ください。「なぜリバウンドはステロイドを外用していなかったところにも出るのか?」(→こちら)と、「ペリオスチンの話」(→こちら)です。とくにぺリオスチン経路というのは、closed circleになっていて、周辺の健常表皮細胞にも作用して、これを湿疹病変に巻き込むことが予想されますから、手湿疹のリバウンド部の病変からぺリオスチンが大量に産生されて、vicious cycleが順次周辺部へと拡がっていくというメカニズムが想定可能です。
2012.09.22
この方は過去の血液検査の結果も持参してくださったのですが、やはりハウスダストやダニのRASTが陽性でした。だから、私が著書に記したように、アトピー素因はあるわけです。
さて、それで、この方がアトピー性皮膚炎と言えるか?ですが、来院時の全身像を診る限り、膝の屈側など、古典的アトピーの後発部位に乾燥性の湿疹がありますから、軽度のアトピー性皮膚炎の定義には当てはまります。
しかし、私はこれは、アトピー性皮膚炎というよりは、ステロイド皮膚症の治りかけだと思います(上記の(1)よりも(3)の要素のほうが大きいと考えるということ)。たぶん、クロフィブラート軟膏を使わなくても、自然経過で回復していくでしょう。
一方、「ステロイドに依存性はない。まして、このような手湿疹に塗っていたステロイドを止めたあと、全身にリバウンドが生じるなどありえない」という立場からは、(1)または(2)、(2)の具体的な原因が判明しなければ(1)ということになります。
一応、治験はお受けすることにしました。アトピー性皮膚炎の定義には当てはまるし、このタイプにクロフィブラートが効きそうかどうかも関心があったので。
このケース(というかこのタイプ)は、いろいろ考えさせてくれます。アトピー素因のある方に、ステロイドを外用すると、アトピー性皮膚炎が難治化するというのは、こういうことではないか?とも考えられます。
以前記しましたが(→こちら)、ステロイド外用剤が世に出て、アトピー性皮膚炎の患者というのは、かえって増えているわけです。この間、ほかにも高血圧の薬や糖尿病の薬など、様々な画期的な新薬が開発され世に出ていますが、罹患率が上昇した、難治化した、という病気はアトピー性皮膚炎くらいでしょう。 このへんが、阪南中央病院の佐藤先生が主張する「ステロイドこそがアトピー性皮膚炎の難治化の元だ」という根拠になっているわけです。
私はというと、確かにそういう可能性は否定できないが、まず、このような、局所にステロイド外用剤を連用したあと、効きにくくなって中止して全身性のリバウンドを生じる症例自体が、そんなに多くはないのだから、そこまで話を大きく(ステロイドを悪者にする)してよいものなのか、懐疑的です。しかし、くどいようですが、可能性を否定はしません(できません)。
ですから、この方の診断は、ステロイド依存を認めない皮膚科医の立場からは「アトピー性皮膚炎」で、私は「アトピー性皮膚炎ではなくステロイド皮膚症」、佐藤先生によれば「アトピー性皮膚炎」ということになります。実際、この方は離脱時に阪南中央病院に入院しており、佐藤先生には「アトピー性皮膚炎」と診断されたそうです。少しややこしい話で混乱しそうですが、この辺が、佐藤先生と私の考え方の違いでしょうね。
ほんとうは、このタイプの話を書くのは気が進まないのです。きっとまた、誤解の元だろうなあ。普通の依存・リバウンドの話でさえ、認めようとしない人たちが多いのに、このタイプの存在を持ち出すと、ますます頑なになるでしょう・・。
しかし、現にこういう症例は存在しますからね、決して多くは無いですが。どう解釈するかは、それぞれとしても、まず存在の認識はすべきでしょう。
追記) なぜ、このような現象が起きるのか、メカニズムの説明は難しいのですが、本ブログの過去記事中に、考察したものがありますので、ご参照ください。「なぜリバウンドはステロイドを外用していなかったところにも出るのか?」(→こちら)と、「ペリオスチンの話」(→こちら)です。とくにぺリオスチン経路というのは、closed circleになっていて、周辺の健常表皮細胞にも作用して、これを湿疹病変に巻き込むことが予想されますから、手湿疹のリバウンド部の病変からぺリオスチンが大量に産生されて、vicious cycleが順次周辺部へと拡がっていくというメカニズムが想定可能です。
2012.09.22