日本での報告(その2)
ステロイド外用剤によるwithdrawal syndrome様症状 「 [特集] 皮膚からみる内科疾患、Ⅱ.内科医が注意すべき皮膚疾患」 榎本充邦 治療:Vol.79, No.12 (1997)
1991年にステロイド外用中止後の全身性のリバウンドを、本邦ではじめて報告した榎本先生が、1997年に内科の先生向けに「治療」という雑誌で、自身が過去に経験した症例を振り返ってまとめたものです。他科の先生向けの記述になっている分、1991年のものよりも、わかりやすくなっています。
-----(ここから引用)-----
長期ステロイド外用患者が突然ステロイドの外用を中止すると、数日後よりリバウンドによる38℃以上の発熱を伴う全身の剥脱性皮膚炎が起こることがある。多くはステロイドを使わなくても数ヵ月後には軽快するが、まれに関節痛・筋肉痛、痙攣、乏尿、頻脈、心不全などのステロイドの全身投与の際にみられるwithdrawal syndromeと同様の症状を認めることがある。血中コルチゾールが正常な患者にも見られたため、これを外用ステロイドによるwithdrawal syndrome様症状とした。
-----(ここまで引用)-----
血中コルチゾールとの関連に触れたこの一文は重要な指摘で、榎本先生の論文で紹介されている7例はいずれも副腎機能が調べられています。前章で紹介した1991年の論文には、「7例中5例でadreno-cortical insufficiency(副腎不全)を認めた」とありますが、その程度はというと、ACTH負荷試験の軽度低下くらいで、それ自体で臨床的に症状を起こすほどの異常ではありませんでした。 1991年の榎本先生の報告は、何人かの慧眼な先生の目にとまり、ステロイド外用剤の副作用について総説が書かれる際に引用されています。しかし、副腎機能が低下していなくても、この全身症状は起こる、ということは、あまり注目されませんでした。1997年の榎本先生の論文では、この点が強調されています。
わたしの経験でも、脱ステロイド後、リバウンドの最中には、副腎機能はむしろ亢進しており、血中コルチゾール値を測定すると、むしろ高いことが多かったです。ただし、日内リズムが異常なことはありました。通常、血中コルチゾール値は早朝に高くなるものですが、アトピー性皮膚炎患者ではしばしば遅れて昼頃高値となります(睡眠リズムの異常に伴うのかもしれません)。そのため、早朝採血で低値を呈する場合はありました。
まれに、とくに内服ステロイドの長期間連用処方を受けていた場合に、内因性の副腎皮質ステロイド産生能が抑制されていることはありました。この場合はもちろん補充療法の絶対的適応となります(そのような患者が内服ステロイドを中断した場合の来院時の初期症状は、倦怠感や脱力感です)。 内服ステロイドによる副腎不全からの離脱は、数例しか経験ありませんが、2年以上かかる感じです。患者は外用ステロイドも併用していることが多く、順番としては、まず外用ステロイドの離脱からはじめ、内服ステロイドの漸減はその後に行いました。内服ステロイドの離脱にあたっても皮膚のリバウンドは生じます。すなわち患者は2回の離脱を経験することになります。具体的には、患者がそれまで服用していた内服ステロイド(しばしばベタメサゾンなど半減期の長い合成ステロイド)を、生理的必要量のコルチゾールに置き換えた処方を行います。患者のペースに合わせて休薬日(最初は週に1回とか)をつくり、これを週2回、さらには隔日と増やしていきます。1~2ヶ月に一回、外来でrapid ACTH testを行い、副腎予備能の回復状況を確認します。予備能は、最初ACTH負荷によっても血中コルチゾール値は0のままですが、徐々に反応して値が出るようになります。補充療法を行っていて、離脱が十分に進んでいない間は、血中コルチゾール値を測定しても0のままなので、rapid ACTH testによる以外に副腎の回復程度を確認する方法がありません。
榎本先生は優れた臨床皮膚科医であると思います。自分の観察したことを臆することなく描写報告していらっしゃるからです。引用を続けます。
-----(ここから引用)-----
これ(topical steroid withdwaral syndrome様症状:TSWS)を理解していただくために、まずステロイド外用剤の局所性の副作用である酒さ様皮膚炎について述べる。ステロイド外用剤の薬効ランクでⅢ群(strong)以上のステロイドを顔面に1~2ヶ月連用すると、軽い皮膚の萎縮、毛細血管の拡張、痤瘡、膿疱などの副作用がみられることがある。そのため、これ以上ステロイドの外用は良くないと説得し、外用を突然中止するとリバウンド現象が起こる。リバウンド現象はステロイドの種類や外用期間や基礎疾患によりさまざまな差があるが、ひどい場合には外用中止後1~2週間頃より顔面全体に広がる。滲出傾向が非常に強く搔破痕から浸出液が流れ出たり、灼熱感や疼痛、さらには不眠を訴える患者も見られ、たいていの場合入院を必要とする。この紅斑はステロイドを使わなくても、4~6週をピークに次第に軽快し、2~3ヶ月後には正常な皮膚に戻る。この間患者は非常な苦痛を強いられるわけで、顔面に強いステロイドを長く使ってはいけないというのは、酒さ様皮膚炎そのものの皮膚症状の上に、このリバウンド症状がひどいからである。 TSWSはこの全身型でリバウンド皮膚炎にくわえ、withdrawal syndromeにみられる全身症状を伴うものと理解していただきたい。しかし、同様の症状は多くの皮膚科の施設で経験されていると思われるにもかかわらず報告は見られない。 (中略) アトピー性皮膚炎や乾癬などの難治性疾患では副作用のことを十分理解していても、ステロイドに替わり得る治療手段があまりないため、つい長期外用になりがちである。その結果、依存性が生じ、中止によりリバウンドが起こる。リバウンド症状は患者に相当の苦痛を与えるものである。 依存性を生じさせないためにも、疾患の発症原因や増悪因子を極力取り除くことは当然であるが、やむなくステロイドの長期投与を強いられる際は、間欠投与や一定期間弱いステロイドを使用するような投与法も考えなければいけない。また、残念ながら副作用を起こし中止をしなければならない際にも、ひどいリバウンドを起こさないような漸減法や内服の併用療法なども考慮しなければならない。 ステロイドの外用を中止しても、リバウンド現象は全例に認められるものではない。また、剥脱性皮膚炎だけで全身症状を伴わない症例もあり、ステロイド外用中止にはまだまだわかっていないことが多い。
-----(ここまで引用)-----
最後の文脈で、「ひどいリバウンドを起こさないような漸減法や内服の併用療法なども考慮しなければならない」と書いておられますが、最初のほうで「全身性の剥脱性皮膚炎は、多くはステロイドを使わなくても数ヵ月後には軽快する」とも書いていらっしゃいますので、一気にやめる、いわゆる「Cold turkey」を全否定する意ではないと思います。 腎機能低下や心不全などを非常に心配しておられますが、たしかに非常に下肢のむくみなどの全身症状が強く、心不全様の臨床像を呈する離脱患者はおりますが、厳密な意味での心不全状態のひとは、わたしの経験ではありませんでした。もし、本当に離脱で腎不全や心不全で危険な状態におちいるならば、自己判断で「Cold turkey」で離脱して心不全におちいった患者が救急室に運ばれてくる報告が他科から数多く上がってきてもいいと思うので、この点は榎本先生の杞憂ではなかったかと察します。
しかし、外用ステロイド剤からの離脱時におきる全身症状は副腎機能とは関連がない、だから「withdrawal syndrome」ではなく、「外用ステロイドによるwithdrawal syndrome様症状」なのだ、ということに早くから気付き、発信していらっしゃった点には、ほんとうに敬意を表します。
2009.10.21
1991年にステロイド外用中止後の全身性のリバウンドを、本邦ではじめて報告した榎本先生が、1997年に内科の先生向けに「治療」という雑誌で、自身が過去に経験した症例を振り返ってまとめたものです。他科の先生向けの記述になっている分、1991年のものよりも、わかりやすくなっています。
-----(ここから引用)-----
長期ステロイド外用患者が突然ステロイドの外用を中止すると、数日後よりリバウンドによる38℃以上の発熱を伴う全身の剥脱性皮膚炎が起こることがある。多くはステロイドを使わなくても数ヵ月後には軽快するが、まれに関節痛・筋肉痛、痙攣、乏尿、頻脈、心不全などのステロイドの全身投与の際にみられるwithdrawal syndromeと同様の症状を認めることがある。血中コルチゾールが正常な患者にも見られたため、これを外用ステロイドによるwithdrawal syndrome様症状とした。
-----(ここまで引用)-----
血中コルチゾールとの関連に触れたこの一文は重要な指摘で、榎本先生の論文で紹介されている7例はいずれも副腎機能が調べられています。前章で紹介した1991年の論文には、「7例中5例でadreno-cortical insufficiency(副腎不全)を認めた」とありますが、その程度はというと、ACTH負荷試験の軽度低下くらいで、それ自体で臨床的に症状を起こすほどの異常ではありませんでした。 1991年の榎本先生の報告は、何人かの慧眼な先生の目にとまり、ステロイド外用剤の副作用について総説が書かれる際に引用されています。しかし、副腎機能が低下していなくても、この全身症状は起こる、ということは、あまり注目されませんでした。1997年の榎本先生の論文では、この点が強調されています。
わたしの経験でも、脱ステロイド後、リバウンドの最中には、副腎機能はむしろ亢進しており、血中コルチゾール値を測定すると、むしろ高いことが多かったです。ただし、日内リズムが異常なことはありました。通常、血中コルチゾール値は早朝に高くなるものですが、アトピー性皮膚炎患者ではしばしば遅れて昼頃高値となります(睡眠リズムの異常に伴うのかもしれません)。そのため、早朝採血で低値を呈する場合はありました。
まれに、とくに内服ステロイドの長期間連用処方を受けていた場合に、内因性の副腎皮質ステロイド産生能が抑制されていることはありました。この場合はもちろん補充療法の絶対的適応となります(そのような患者が内服ステロイドを中断した場合の来院時の初期症状は、倦怠感や脱力感です)。 内服ステロイドによる副腎不全からの離脱は、数例しか経験ありませんが、2年以上かかる感じです。患者は外用ステロイドも併用していることが多く、順番としては、まず外用ステロイドの離脱からはじめ、内服ステロイドの漸減はその後に行いました。内服ステロイドの離脱にあたっても皮膚のリバウンドは生じます。すなわち患者は2回の離脱を経験することになります。具体的には、患者がそれまで服用していた内服ステロイド(しばしばベタメサゾンなど半減期の長い合成ステロイド)を、生理的必要量のコルチゾールに置き換えた処方を行います。患者のペースに合わせて休薬日(最初は週に1回とか)をつくり、これを週2回、さらには隔日と増やしていきます。1~2ヶ月に一回、外来でrapid ACTH testを行い、副腎予備能の回復状況を確認します。予備能は、最初ACTH負荷によっても血中コルチゾール値は0のままですが、徐々に反応して値が出るようになります。補充療法を行っていて、離脱が十分に進んでいない間は、血中コルチゾール値を測定しても0のままなので、rapid ACTH testによる以外に副腎の回復程度を確認する方法がありません。
榎本先生は優れた臨床皮膚科医であると思います。自分の観察したことを臆することなく描写報告していらっしゃるからです。引用を続けます。
-----(ここから引用)-----
これ(topical steroid withdwaral syndrome様症状:TSWS)を理解していただくために、まずステロイド外用剤の局所性の副作用である酒さ様皮膚炎について述べる。ステロイド外用剤の薬効ランクでⅢ群(strong)以上のステロイドを顔面に1~2ヶ月連用すると、軽い皮膚の萎縮、毛細血管の拡張、痤瘡、膿疱などの副作用がみられることがある。そのため、これ以上ステロイドの外用は良くないと説得し、外用を突然中止するとリバウンド現象が起こる。リバウンド現象はステロイドの種類や外用期間や基礎疾患によりさまざまな差があるが、ひどい場合には外用中止後1~2週間頃より顔面全体に広がる。滲出傾向が非常に強く搔破痕から浸出液が流れ出たり、灼熱感や疼痛、さらには不眠を訴える患者も見られ、たいていの場合入院を必要とする。この紅斑はステロイドを使わなくても、4~6週をピークに次第に軽快し、2~3ヶ月後には正常な皮膚に戻る。この間患者は非常な苦痛を強いられるわけで、顔面に強いステロイドを長く使ってはいけないというのは、酒さ様皮膚炎そのものの皮膚症状の上に、このリバウンド症状がひどいからである。 TSWSはこの全身型でリバウンド皮膚炎にくわえ、withdrawal syndromeにみられる全身症状を伴うものと理解していただきたい。しかし、同様の症状は多くの皮膚科の施設で経験されていると思われるにもかかわらず報告は見られない。 (中略) アトピー性皮膚炎や乾癬などの難治性疾患では副作用のことを十分理解していても、ステロイドに替わり得る治療手段があまりないため、つい長期外用になりがちである。その結果、依存性が生じ、中止によりリバウンドが起こる。リバウンド症状は患者に相当の苦痛を与えるものである。 依存性を生じさせないためにも、疾患の発症原因や増悪因子を極力取り除くことは当然であるが、やむなくステロイドの長期投与を強いられる際は、間欠投与や一定期間弱いステロイドを使用するような投与法も考えなければいけない。また、残念ながら副作用を起こし中止をしなければならない際にも、ひどいリバウンドを起こさないような漸減法や内服の併用療法なども考慮しなければならない。 ステロイドの外用を中止しても、リバウンド現象は全例に認められるものではない。また、剥脱性皮膚炎だけで全身症状を伴わない症例もあり、ステロイド外用中止にはまだまだわかっていないことが多い。
-----(ここまで引用)-----
最後の文脈で、「ひどいリバウンドを起こさないような漸減法や内服の併用療法なども考慮しなければならない」と書いておられますが、最初のほうで「全身性の剥脱性皮膚炎は、多くはステロイドを使わなくても数ヵ月後には軽快する」とも書いていらっしゃいますので、一気にやめる、いわゆる「Cold turkey」を全否定する意ではないと思います。 腎機能低下や心不全などを非常に心配しておられますが、たしかに非常に下肢のむくみなどの全身症状が強く、心不全様の臨床像を呈する離脱患者はおりますが、厳密な意味での心不全状態のひとは、わたしの経験ではありませんでした。もし、本当に離脱で腎不全や心不全で危険な状態におちいるならば、自己判断で「Cold turkey」で離脱して心不全におちいった患者が救急室に運ばれてくる報告が他科から数多く上がってきてもいいと思うので、この点は榎本先生の杞憂ではなかったかと察します。
しかし、外用ステロイド剤からの離脱時におきる全身症状は副腎機能とは関連がない、だから「withdrawal syndrome」ではなく、「外用ステロイドによるwithdrawal syndrome様症状」なのだ、ということに早くから気付き、発信していらっしゃった点には、ほんとうに敬意を表します。
2009.10.21