時間皮膚科学
Improvement of Atopic Dermatitis After Discontinuation of Topical Corticosteroid Treatment Mototsugu Fukaya Arch Dermatol. 2000;136:679-680.
これは、わたしが2000年にArchives of Dermatologyという雑誌に書いたものです。Kligmanらの Steroid addictionに関する論文は、総説が多かったので、ケースレポートとして、アトピー性皮膚炎の離脱後の皮疹の経過を具体的に詳述して報告しておこうと思って書きました。
-----(ここから引用)-----
Topical corticosteroids are a useful form of treatment for atopic dermatitis. However, patients are likely to be addicted after long-term treatment. This paradoxical phenomenon has so far been underestimated, and improvement following the temporary rebound flare after discontinuation of corticosteroid therapyhas been entirely ignored.
(ステロイド外用剤はアトピー性皮膚炎の治療に有用ではあるが、長期連用によって依存(addict)を生じやすいという側面がある。皮膚科医はそのことをあまり重要視していないし、ステロイド中止離脱後に一時的なリバウンドを経て良くなってしまう症例があるという事実に至ってはまったく無視されている。) Report of a Case. A 20-year-old man was affected with atopic dermatitis since early childhood. He used topical corticosteroids intermittently but found that the amount and frequency of applications had steadily increased since he turned age 18 years. The patient used 10 to 40 g per month of 0.12% betamethazone valerate ointment on his body and 0.25% predonisolone acetate ointment on his face. Total IgE was 7179 U/mL and white blood cell count showed 27.1% eosinophils.
(症例は20才男性、小児期よりアトピー性皮膚炎であった。ステロイド外用剤をときどきつけることで対処していたが、18才になった頃から外用の回数も量も増えてきた。初診時には体にはリンデロンVを10-40g/月、顔にはプレドニン軟膏を外用していた。IgEは7179 U/mLで、好酸球数は27.1%であった。) He had developed patchy erythema and prurigo on his entire body before discontinuing treatment with topical steroids. One month after he discontinued steroid use, prurigo flattened and the erythema extended over his entire body. After 2 months, exudative erythema developed on his forehead and his features showed erythroderma. Four months after he stopped the steroid treatment, his rebound flare was at its worst point, especially on the face. After 6 months, the dermatitis improved, first on the face; then the exudative lesions disappeared.
(ステロイド外用剤中止前、彼の全身には紅斑と痒疹とが散在していた。中止して1ヶ月後、痒疹は平坦化し、紅斑は全身に拡大した。2ヵ月後、額から浸出液が出てきて、紅皮症の状態となった。4ヵ月後、リバウンドはピークとなり、とくに顔面がひどかった。6ヵ月後、リバウンドは、まず顔から落ち着きはじめ、滲出病変は消失した。) After 1 year, the skin’s appearance became almost normal with the exception of some dry lesions on the elbows and wrists, which were found to be consistent with features of classic atopic dermatitis. One and a half years after treatment was stopped, the patient’s eczema subsided, and his total IgE was 3300 U/mL, while the white blood cell count showed only 7.8% eosinophils.Throughout the observation period, no systemic steroids were required, and the patient used only white petrolatum or 5% zinc oxide and antihistamines as oral drugs; 10% povidone-iodine was used to prevent secondary infection.
(一年後、皮膚は肘や手首にすこし乾燥性湿疹を残すのみで、ほぼ正常化し、古典的なアトピー性皮膚炎の臨床像となった。一年後、湿疹は沈静化し、IgEは3300 U/ml、好酸球数は7.8%となった。全期間を通じて、ステロイドの全身投与は行わなかった。患者が使用したのは、白色ワセリンまたは亜鉛華単軟膏および内服の抗ヒスタミン剤と、二次感染の防止のためのイソジン消毒液のみである。)
-----(ここまで引用)-----
この論文は、離脱後よくなっていく経過を、記述で表したものですが(ほかの人に正しく伝わるように、皮膚科用語と表現の仕方を学ぶことを、記述皮膚科学といいます)、写真を用いると、イメージはさらによく伝わります。この論文の写真は手元に無いのですが、似たような離脱の経過写真はいくつか残っています。こんな感じです。
これは、わたしが2000年にArchives of Dermatologyという雑誌に書いたものです。Kligmanらの Steroid addictionに関する論文は、総説が多かったので、ケースレポートとして、アトピー性皮膚炎の離脱後の皮疹の経過を具体的に詳述して報告しておこうと思って書きました。
-----(ここから引用)-----
Topical corticosteroids are a useful form of treatment for atopic dermatitis. However, patients are likely to be addicted after long-term treatment. This paradoxical phenomenon has so far been underestimated, and improvement following the temporary rebound flare after discontinuation of corticosteroid therapyhas been entirely ignored.
(ステロイド外用剤はアトピー性皮膚炎の治療に有用ではあるが、長期連用によって依存(addict)を生じやすいという側面がある。皮膚科医はそのことをあまり重要視していないし、ステロイド中止離脱後に一時的なリバウンドを経て良くなってしまう症例があるという事実に至ってはまったく無視されている。) Report of a Case. A 20-year-old man was affected with atopic dermatitis since early childhood. He used topical corticosteroids intermittently but found that the amount and frequency of applications had steadily increased since he turned age 18 years. The patient used 10 to 40 g per month of 0.12% betamethazone valerate ointment on his body and 0.25% predonisolone acetate ointment on his face. Total IgE was 7179 U/mL and white blood cell count showed 27.1% eosinophils.
(症例は20才男性、小児期よりアトピー性皮膚炎であった。ステロイド外用剤をときどきつけることで対処していたが、18才になった頃から外用の回数も量も増えてきた。初診時には体にはリンデロンVを10-40g/月、顔にはプレドニン軟膏を外用していた。IgEは7179 U/mLで、好酸球数は27.1%であった。) He had developed patchy erythema and prurigo on his entire body before discontinuing treatment with topical steroids. One month after he discontinued steroid use, prurigo flattened and the erythema extended over his entire body. After 2 months, exudative erythema developed on his forehead and his features showed erythroderma. Four months after he stopped the steroid treatment, his rebound flare was at its worst point, especially on the face. After 6 months, the dermatitis improved, first on the face; then the exudative lesions disappeared.
(ステロイド外用剤中止前、彼の全身には紅斑と痒疹とが散在していた。中止して1ヶ月後、痒疹は平坦化し、紅斑は全身に拡大した。2ヵ月後、額から浸出液が出てきて、紅皮症の状態となった。4ヵ月後、リバウンドはピークとなり、とくに顔面がひどかった。6ヵ月後、リバウンドは、まず顔から落ち着きはじめ、滲出病変は消失した。) After 1 year, the skin’s appearance became almost normal with the exception of some dry lesions on the elbows and wrists, which were found to be consistent with features of classic atopic dermatitis. One and a half years after treatment was stopped, the patient’s eczema subsided, and his total IgE was 3300 U/mL, while the white blood cell count showed only 7.8% eosinophils.Throughout the observation period, no systemic steroids were required, and the patient used only white petrolatum or 5% zinc oxide and antihistamines as oral drugs; 10% povidone-iodine was used to prevent secondary infection.
(一年後、皮膚は肘や手首にすこし乾燥性湿疹を残すのみで、ほぼ正常化し、古典的なアトピー性皮膚炎の臨床像となった。一年後、湿疹は沈静化し、IgEは3300 U/ml、好酸球数は7.8%となった。全期間を通じて、ステロイドの全身投与は行わなかった。患者が使用したのは、白色ワセリンまたは亜鉛華単軟膏および内服の抗ヒスタミン剤と、二次感染の防止のためのイソジン消毒液のみである。)
-----(ここまで引用)-----
この論文は、離脱後よくなっていく経過を、記述で表したものですが(ほかの人に正しく伝わるように、皮膚科用語と表現の仕方を学ぶことを、記述皮膚科学といいます)、写真を用いると、イメージはさらによく伝わります。この論文の写真は手元に無いのですが、似たような離脱の経過写真はいくつか残っています。こんな感じです。
初期のまだらの紅斑が融合して紅皮症化し、滲出性となったのちに沈静、乾燥、色素沈着し、健康な皮膚に戻っていく様子が、時間経過で確認できると思います。こういう、時間経過で皮疹を追う、という診療スタイルを、わたしは自分で「時間皮膚科学」と呼んでいました。
皮膚科は、患者の皮疹を観察して診断しますが、それは通常、時間軸におけるone sliceに過ぎないわけで、経時的な流れとしてパターン認識することで、皮膚科診断の妙味がまた一段上がる、と考えていました(このスタイルは今の美容外科の仕事にも生きています)。
とにかく毎回毎回、しつこいくらいに写真を撮ります。いまは、デジカメとパソコンの時代なので、整理が楽でいいですが、国立病院勤務医時代はポジフィルムなので大変でした。毎回、診察のたびに、24枚取りフィルムを4~5本消費しました。現像が上がってからの整理がまた大変です。
愚痴は置いておいて、アトピー性皮膚炎とか脱ステロイドというのは、ある瞬間のOne sliceの臨床写真は、非特異的な炎症像で、皮膚科医にとっては、学問的に興味が沸きにくいですが、経時的に写真を撮って、その流れで分類するという視点から見直すと、興味深いのではないでしょうか?
わたしは実際、ステロイド外用剤による依存→リバウンドの存在を、こうやって経時写真を整理する過程で、気が付きました。(この作業をやっていなかったら、ひょっとしたら気が付かなかったかもしれません)
依存→リバウンドというのは、図にすると、
皮膚科は、患者の皮疹を観察して診断しますが、それは通常、時間軸におけるone sliceに過ぎないわけで、経時的な流れとしてパターン認識することで、皮膚科診断の妙味がまた一段上がる、と考えていました(このスタイルは今の美容外科の仕事にも生きています)。
とにかく毎回毎回、しつこいくらいに写真を撮ります。いまは、デジカメとパソコンの時代なので、整理が楽でいいですが、国立病院勤務医時代はポジフィルムなので大変でした。毎回、診察のたびに、24枚取りフィルムを4~5本消費しました。現像が上がってからの整理がまた大変です。
愚痴は置いておいて、アトピー性皮膚炎とか脱ステロイドというのは、ある瞬間のOne sliceの臨床写真は、非特異的な炎症像で、皮膚科医にとっては、学問的に興味が沸きにくいですが、経時的に写真を撮って、その流れで分類するという視点から見直すと、興味深いのではないでしょうか?
わたしは実際、ステロイド外用剤による依存→リバウンドの存在を、こうやって経時写真を整理する過程で、気が付きました。(この作業をやっていなかったら、ひょっとしたら気が付かなかったかもしれません)
依存→リバウンドというのは、図にすると、
こういう時間経過を言うので、一枚の写真では診断できないわけです。全体の流れ、time seriesで診断するということです。 上の患者の写真、どれか一枚だけを見せられて「これは、リバウンドなのか、アトピー性皮膚炎そのものの悪化なのか?」と問われても、判断は難しいです。全部の写真をステロイド連用・中止からの一連の流れとして見て、はじめて診断が可能です。
ですから、初診患者の場合、外来でひと目見て、即時に診断、という、皮膚科的な妙技が使えません。それまでの経過を、たとえばグラフで書き出してもらうとか、何か時間軸的なプラスアルファを加えないと、脱ステロイド診療は成り立ちません。
脱ステロイド診療を実践する先生にはいろんな方がいらっしゃいますが、こういう「時間皮膚科学」的な記憶力が強い方が多いような気がします。そういう方は、たぶん、患者を診るときに、それまでの患者の臨床像の履歴がサムネイルのようにイメージ出来るのではないでしょうか?(わたしの場合は、これは謙遜でもなんでもなくて、逆にそういう能力に欠けているという自覚があり、やたら写真を撮りまくったおかげで、依存・リバウンドという現象に気がついたわけですが)
2009.10.21
ですから、初診患者の場合、外来でひと目見て、即時に診断、という、皮膚科的な妙技が使えません。それまでの経過を、たとえばグラフで書き出してもらうとか、何か時間軸的なプラスアルファを加えないと、脱ステロイド診療は成り立ちません。
脱ステロイド診療を実践する先生にはいろんな方がいらっしゃいますが、こういう「時間皮膚科学」的な記憶力が強い方が多いような気がします。そういう方は、たぶん、患者を診るときに、それまでの患者の臨床像の履歴がサムネイルのようにイメージ出来るのではないでしょうか?(わたしの場合は、これは謙遜でもなんでもなくて、逆にそういう能力に欠けているという自覚があり、やたら写真を撮りまくったおかげで、依存・リバウンドという現象に気がついたわけですが)
2009.10.21