石けん・界面活性剤による表皮バリア破壊
Skin Barrier Disruption by Sodium Lauryl Sulfate-Exposure Alters the Expressions of Involucrin, Transglutaminase 1, Profilaggrin, and Kallikreins during the Repair Phase in Human Skin In Vivo.
Journal of Investigative Dermatology (2008) 128, 1212–121
Dr.Corkは2009年の論文の中で、外因性のバリア破壊物質として、
1)Soap and detergents(石鹸や界面活性剤)
2)Exogenous proteases(黄色ブドウ球菌などの微生物が産生するプロテアーゼ)
3)TCS(ステロイド外用剤)
の3つを挙げています(→こちら)。
このうち「Soap and detergents(石鹸や界面活性剤)」による表皮バリア破壊のメカニズムについては、本ブログではまだあまり触れていませんでした。
表題の文献は、2008年、スウェーデンの先生によるもので、Sodium Lauryl Sulfate(ラウリル硫酸塩)を外用したときの表皮の反応を調べたものです。ラウリル硫酸塩は、保湿剤などの化粧品や外用剤、洗剤などに普通に用いられている界面活性剤です。
実験ではSLSの1%水溶液を健常人8人に対して、24時間パッチテストを行い、そのあとの表皮におけるインボルクリン、トランスグルタミナーゼ、プロフィラグリン、KLK-7、KLK-5の、mRNAレベルにおける発現の様子を経時的に見ています。インボルクリンは6時間後、トランスアミナーゼは24時間後をピークとして増加しています。プロフィラグリンは6時間後にいったん低下したのち、4日後に増加しています。KLK-7、KLK-5はいずれも6時間後をピークとして低下しています。
Journal of Investigative Dermatology (2008) 128, 1212–121
Dr.Corkは2009年の論文の中で、外因性のバリア破壊物質として、
1)Soap and detergents(石鹸や界面活性剤)
2)Exogenous proteases(黄色ブドウ球菌などの微生物が産生するプロテアーゼ)
3)TCS(ステロイド外用剤)
の3つを挙げています(→こちら)。
このうち「Soap and detergents(石鹸や界面活性剤)」による表皮バリア破壊のメカニズムについては、本ブログではまだあまり触れていませんでした。
表題の文献は、2008年、スウェーデンの先生によるもので、Sodium Lauryl Sulfate(ラウリル硫酸塩)を外用したときの表皮の反応を調べたものです。ラウリル硫酸塩は、保湿剤などの化粧品や外用剤、洗剤などに普通に用いられている界面活性剤です。
実験ではSLSの1%水溶液を健常人8人に対して、24時間パッチテストを行い、そのあとの表皮におけるインボルクリン、トランスグルタミナーゼ、プロフィラグリン、KLK-7、KLK-5の、mRNAレベルにおける発現の様子を経時的に見ています。インボルクリンは6時間後、トランスアミナーゼは24時間後をピークとして増加しています。プロフィラグリンは6時間後にいったん低下したのち、4日後に増加しています。KLK-7、KLK-5はいずれも6時間後をピークとして低下しています。
インボルクリン、トランスグルタミナーゼ、プロフィラグリン、KLK-7、KLK-5がそれぞれどういったものかが解らないと実験の意味が理解しにくいので、簡単に解説します。
下図は角層のイラストです。青い粒はNatural moisturizing factor(NMF)といって、これを含む楕円ひとつひとつが角質細胞です。プロフィラグリンは最終的にこのNMFとなります。 角質細胞はCornified envelopeで鎧のように覆われていますが、これを形成するのに必要なのがインボルクリンとトランスグルタミナーゼです。
下図は角層のイラストです。青い粒はNatural moisturizing factor(NMF)といって、これを含む楕円ひとつひとつが角質細胞です。プロフィラグリンは最終的にこのNMFとなります。 角質細胞はCornified envelopeで鎧のように覆われていますが、これを形成するのに必要なのがインボルクリンとトランスグルタミナーゼです。
また、KLK-7は、Corkの論文で出てくるSCCE(→こちら)とまったく同じものです。KLK-5と同じく、角質細胞同士をつなぐコルネオデスモゾームを破壊して、古い角層を剥がしていきます。
角質細胞同士の間は、脂質で埋められています。例えると、角質細胞一つ一つがレンガ一個一個で、これらをつなぐセメントが角質細胞間脂質です。セラミドはこの脂質のひとつです。
さて、界面活性剤(SLS)は脂質を溶解する作用があるので、角質細胞間脂質が破壊されます。これは単純に化学的な反応ですが、このあと、表皮ではインボルクリン・トランスアミナーゼ・プロフィラグリンが増加し、KLK-7・KLK-5が低下するという生物学的反応がおきている、ということを、この論文は明らかにしています。 これは、理解しやすい反応です。脂質が溶けて脆弱になった角質を補強するため、皮膚は角質細胞の鎧であるenvelopeの構成成分へとつながるインボルクリン・トランスアミナーゼやプロフィラグリンの産生を増強し、その一方で角質細胞同士の剥離を遅らせるためにKLK-7・KLK-5の産生を抑えていると考えられます。
短期的には、この反応は合目的的に働き、界面活性剤による表皮バリアの破壊を補いますが、長期的、すなわち、界面活性剤に持続的に暴露された場合には、オロナイン皮膚症でみられたような「枇糠状落屑または魚鱗癬様落屑」といった臨床像となり、病理組織は「著明な角質増生,顆粒層肥厚」ということになるでしょう。
さて、ステロイド外用剤もまた、外因性の表皮バリア破壊物質であることは、これまでに繰り返し記してきました。界面活性剤によって表皮バリアが破壊された状態のところにステロイドを外用すると、表皮の生理的なリカバリー機能を損なってしまう、ということです。細胞浸潤などの炎症反応は抑えられるので、臨床的には一見有効に見える場合もあるかもしれませんが。
これは昭和46年の女子医大のステロイド皮膚症の論文(→こちら)の記述からも裏付けられます。
ーーーーー(ここから引用)-----
本症(オロナイン皮膚症)に類似した臨床所見が,ある種の外用剤によっても惹起されることはすでに報告されているが,家庭薬は別として,われわれがしばしぼ経験するのは副腎皮質ホルモン含有の外用剤による落屑性皮疹である.この場合,油脂性基剤の製品ではほとんど発症せず,多くは親水軟膏,水中油型ローション,プロピレングリコールなどを基剤としたいわゆるクリーム型製品の使用時に認められている
ーーーーー(ここまで引用)-----
クリーム型のステロイド外用剤というのは、何らかの界面活性剤を含んでいますから(界面活性剤で水と油をなじませてクリーム型にするので)、低濃度ではありますが界面活性剤とステロイドとを同時塗りしていることになります。界面活性剤とステロイドとの相乗効果による表皮バリア破壊です。おそらくですが、この時点では「ステロイド皮膚症」にはなっておらず、クリーム基剤による表皮バリア破壊がステロイドにより増強されたのだということでしょう。 オロナイン皮膚症の治療として、
ーーーーー(ここから引用)-----
経過は,一般に遷延しやすく,治療に抵抗する症例が多いが,われわれは硼酸軟膏,硼酸ワセリン,3%サリチルワセリンなどの油脂性膏薬による局所療法を行ない,良好な結果を得た
ーーーーー(ここまで引用)-----
とあり、ステロイド外用剤が挙げられていない(ステロイド外用剤によってはオロナイン皮膚症は良くならない)点も納得がいきます。
また、アトピー性皮膚炎患者では、プロフィラグリンをコードする遺伝子に異常がある人が多いです(日本人患者の27%で異常が見つかったいう報告があります)。 界面活性剤に暴露されたときに、正常なプロフィラグリン増加によって対抗しにくいという点で、元々アトピー患者の皮膚は界面活性剤による刺激に対して脆弱なわけです。アトピー性皮膚炎患者は、石けんや界面活性剤を使いすぎないほうがいい、というのは、単に角質細胞間脂質を溶かしてしまうからだけではなくて、このようなメカニズムにもよる、ということを、本論文は教えてくれます。
2010.11.08
短期的には、この反応は合目的的に働き、界面活性剤による表皮バリアの破壊を補いますが、長期的、すなわち、界面活性剤に持続的に暴露された場合には、オロナイン皮膚症でみられたような「枇糠状落屑または魚鱗癬様落屑」といった臨床像となり、病理組織は「著明な角質増生,顆粒層肥厚」ということになるでしょう。
さて、ステロイド外用剤もまた、外因性の表皮バリア破壊物質であることは、これまでに繰り返し記してきました。界面活性剤によって表皮バリアが破壊された状態のところにステロイドを外用すると、表皮の生理的なリカバリー機能を損なってしまう、ということです。細胞浸潤などの炎症反応は抑えられるので、臨床的には一見有効に見える場合もあるかもしれませんが。
これは昭和46年の女子医大のステロイド皮膚症の論文(→こちら)の記述からも裏付けられます。
ーーーーー(ここから引用)-----
本症(オロナイン皮膚症)に類似した臨床所見が,ある種の外用剤によっても惹起されることはすでに報告されているが,家庭薬は別として,われわれがしばしぼ経験するのは副腎皮質ホルモン含有の外用剤による落屑性皮疹である.この場合,油脂性基剤の製品ではほとんど発症せず,多くは親水軟膏,水中油型ローション,プロピレングリコールなどを基剤としたいわゆるクリーム型製品の使用時に認められている
ーーーーー(ここまで引用)-----
クリーム型のステロイド外用剤というのは、何らかの界面活性剤を含んでいますから(界面活性剤で水と油をなじませてクリーム型にするので)、低濃度ではありますが界面活性剤とステロイドとを同時塗りしていることになります。界面活性剤とステロイドとの相乗効果による表皮バリア破壊です。おそらくですが、この時点では「ステロイド皮膚症」にはなっておらず、クリーム基剤による表皮バリア破壊がステロイドにより増強されたのだということでしょう。 オロナイン皮膚症の治療として、
ーーーーー(ここから引用)-----
経過は,一般に遷延しやすく,治療に抵抗する症例が多いが,われわれは硼酸軟膏,硼酸ワセリン,3%サリチルワセリンなどの油脂性膏薬による局所療法を行ない,良好な結果を得た
ーーーーー(ここまで引用)-----
とあり、ステロイド外用剤が挙げられていない(ステロイド外用剤によってはオロナイン皮膚症は良くならない)点も納得がいきます。
また、アトピー性皮膚炎患者では、プロフィラグリンをコードする遺伝子に異常がある人が多いです(日本人患者の27%で異常が見つかったいう報告があります)。 界面活性剤に暴露されたときに、正常なプロフィラグリン増加によって対抗しにくいという点で、元々アトピー患者の皮膚は界面活性剤による刺激に対して脆弱なわけです。アトピー性皮膚炎患者は、石けんや界面活性剤を使いすぎないほうがいい、というのは、単に角質細胞間脂質を溶かしてしまうからだけではなくて、このようなメカニズムにもよる、ということを、本論文は教えてくれます。
2010.11.08