茶のしずく石鹸事件が意味するもの
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延べ約467万人に約4600万個販売され、小麦由来成分による重いアレルギー症状を引き起こすとして自主回収中の悠香(福岡県)の「茶のしずく石鹸(せっけん)」の旧商品をめぐり、発症者が471人に上ることが、厚生労働省のまとめでわかった。うち66人は、救急搬送や入院が必要な重篤な症例で、一時意識不明に陥った例もあった(asahi.com 2011/11/15から)
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茶のしずく石鹸の旧商品には、「加水分解小麦」という成分が含まれていました。これに感作されることによって、それまで食べても大丈夫であった、小麦を原材料とする食品を食べたり、食べた後運動したりすると、呼吸困難や蕁麻疹のような、即時型アレルギーが出るようになってしまいました。患者は小麦が加水分解されて生じた25kDから250kDの蛋白質に対する特異的IgEを有しており(日皮会誌:120(12),2421-2425,2010)、小麦成分を含んだ石鹸の使用によって、経皮的にIgE型アレルギーが成立した(小麦に感作された)のです。
この事件は、「食物が経皮的に感作する」ということを示す例として、食物アレルギーや経口耐性誘導(→こちら)メカニズムの説明によく引用されるようです(栗原先生の講演の15分30秒あたりから→こちら)。
しかし、わたしは、これにはもっと重要な意味があるのではないか?と考えています。それは、「石けん」に添加されていたという点です。
加水分解小麦(hydrolyzed wheat protein)自体は、化粧品の添加物として、以前から使用されていました。しかし、それらの製品で、このようなIgE感作が多発するという事件は起きていないようです。
2000年と2007年の「Contact dermatitis」誌にそれぞれ一例、加水分解小麦による接触皮膚炎の報告が掲載されています(42巻360と56巻119-120)。しかしそれは保湿クリームで、感作のパターンも通常の遅延型アレルギー(かぶれ)でした。IgEの関与する即時型アレルギーではなかったです。1998年に、ヘアコンディショナーで接触蕁麻疹(即時型アレルギー)を起こしたという報告が一つだけありました(Allergy 1998: 53: 1078-1082)。
診断のための皮膚検査方法も、茶のしずく石けん(即時型)とクリーム(遅延型)とでは異なります。前者はプリックテスト(試験液を皮膚にたらしたあと、針でつついて膨疹ができるかを見る)陽性でしたが、20分パッチテスト(試験液を20分皮膚に塗って反応を見る)は陰性でした。後者(クリーム)は、プリックテストは陰性で、48時間パッチテストで陽性でした。
これはどういうことかというと、加水分解小麦は、ただ皮膚に塗っただけでは感作しにくい、石けんを加えて、皮膚(角層)バリアを破壊してやると、感作が成立しやすくなる、それも、遅延型ではなく、即時型(IgE型)のアレルギーを発症する、ということだと私は考えます。
おそらく、加水分解小麦のような分子量の大きな物質は、単に皮膚に接触しただけでは、遅延型アレルギー(かぶれ)は起こしにくく、しかし、洗剤などで角層バリアが破壊されると、皮内に侵入して感作が成立し、そしてそのときのアレルギーの型は即時型(IgE型)となるのではないでしょうか。
上記は仮説ですが、一応根拠のようなものはあります。皮膚は、角層のみにダメージが加わった場合には、Th2系(IgE系)の感作へと流れやすい、という論文です(→こちら)。
ハウスダストなど、他の蛋白抗原が、遅延型アレルギーではなく、IgE感作を起こすのも、同じメカニズムだろうと思います。 茶のしずく石けんが、主に洗顔に使われていたという点も重要だと思います。たとえば、手は、角層が非常に厚く、それによって、皮膚バリアが強いと考えられます。いろいろな物に触れますからね。簡単には感作しないようにです。
顔は、他部位よりも脂腺の働きが強く、薄い皮膚バリアをオイルで補っています。石鹸でバリアが破壊されやすいわけです。
参考までに、石けんは脂肪を溶かすことでバリアを破壊し角層は代償的に厚くしますが、ステロイド外用剤は角層を薄くすることでバリアを破壊します(→こちら)。
ですから、手のステロイド皮膚症(中止するとリバウンドを生じるのでステロイド外用を止められなくなる)は多いです(→こちらの「手湿疹型」)。
以上のように私は「茶のしずく」事件から考えました。そうすると、赤ちゃんを食物アレルギーから防ぐためには、赤ちゃんや母親の食事制限をしないこともさることながら、以下のような配慮が必要だと思われます。
1)赤ちゃんの顔、とくに口周りは石鹸で洗わない(お湯で洗う、洗った後は、ワセリンやベビーオイルなど、油性の保湿剤で保護する)。
2)赤ちゃんの顔・口周りにステロイドを外用しない。湿疹に対しては、入手できればタール系外用剤がよい(皮膚バリアを破壊せず、弱い抗炎症作用をもつ。残念ながら、現在の日本ではステロイド剤に駆逐されてしまって入手しにくいです。外国では、ドラッグストアでベビー用品として普通に売られてます(→こちらやこちら))。
ひょっとしたら、アトピー性皮膚炎の増加は、成人のステロイド皮膚症に加えて、乳幼児期の石けんの多用にもよるのかもしれません・・。石けんの歴史というのは意外と浅いです。大戦前後は、原材料不足から洗浄力の弱い粗悪品しか入手できませんでした。これが改良されて、広く普及し始めたのは昭和30年ころからです。それ以前、昭和20年代までは、今のようには多用されてなかったはずです(石けんの歴史は→こちら)。
ステロイド外用剤も石けんも、いずれも表皮(角層)バリア破壊作用が強いという共通点があります。
ここを見て下さっている小児科の先生がたにお願いしたいのですが、皮膚科の先生は、ステロイド皮膚症に関する沈黙について確信犯(気がついていて知らない振りをする)的だと思うのですが、小児科の先生は本当に知らない、あるいは、石鹸やスキンケアの話同様、なんというか、この種のことを「軽視」なさっているような気がします・・。「皮膚のことは専門外だから当たり前」と言われれば、自分が小児科についてどのくっらい知識があるかというと、及ぶべくもないですから、無理もないのですが・・。たびたび引き合いに出して恐縮なのですが(20年くらい前に同じ病院で勤務してて懐かしいので)、成育医療センターの大矢先生の講演(→こちら)、の9分30秒あたりでも、簡単に「皮膚をきれいにするために石鹸で洗いましょう」みたいなことおっしゃってるし、もうちょっとだけ、このあたり、ご再考いただけるといいなあ、と希望します。
石けんで洗ったり、ステロイド軟膏を塗って、一見皮膚をキレイにすることは、皮膚バリアの保護にはなりません。逆です。
※追記):「牛乳石鹸」という商品があります。ミルクの成分が含まれていますが、これでミルクアレルギーが起きたという報告は無さそうです。その理由は、石鹸に含まれる成分が「乳脂」(=脂肪)であって、アレルギーの元となる蛋白質ではないからだろうと考えます。
※追記2):腸管(粘膜)は、加水分解された小麦蛋白質を、栄養として吸収しますから、Callard先生らの図(→こちら)でいう(c)に近い形となり、Th1系へと免疫反応が流れるのでしょう。
※追記3):マウスを使った実験では、しばしば卵白アレルゲンなどを皮下注射してIgEアレルギーを成立させます。Callard先生らの図(c)とは合いません。これは、1)図(c)が不完全、2)マウスの皮膚は毛に覆われていてヒトと構造が異なるため、のどちらかの理由と思います。・・ヒトに皮下注射してIgEアレルギー成立させる実験は人道上行えないですから確認できません。いずれにせよ、ヒトでは、IgE感作の場というのは、皮膚の有棘細胞層以下(ランゲルハンス細胞の存在するところ)で行われ、角層はIgE感作を防ぐという大きな機能を有しているのでしょう。
2011.11.18
延べ約467万人に約4600万個販売され、小麦由来成分による重いアレルギー症状を引き起こすとして自主回収中の悠香(福岡県)の「茶のしずく石鹸(せっけん)」の旧商品をめぐり、発症者が471人に上ることが、厚生労働省のまとめでわかった。うち66人は、救急搬送や入院が必要な重篤な症例で、一時意識不明に陥った例もあった(asahi.com 2011/11/15から)
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茶のしずく石鹸の旧商品には、「加水分解小麦」という成分が含まれていました。これに感作されることによって、それまで食べても大丈夫であった、小麦を原材料とする食品を食べたり、食べた後運動したりすると、呼吸困難や蕁麻疹のような、即時型アレルギーが出るようになってしまいました。患者は小麦が加水分解されて生じた25kDから250kDの蛋白質に対する特異的IgEを有しており(日皮会誌:120(12),2421-2425,2010)、小麦成分を含んだ石鹸の使用によって、経皮的にIgE型アレルギーが成立した(小麦に感作された)のです。
この事件は、「食物が経皮的に感作する」ということを示す例として、食物アレルギーや経口耐性誘導(→こちら)メカニズムの説明によく引用されるようです(栗原先生の講演の15分30秒あたりから→こちら)。
しかし、わたしは、これにはもっと重要な意味があるのではないか?と考えています。それは、「石けん」に添加されていたという点です。
加水分解小麦(hydrolyzed wheat protein)自体は、化粧品の添加物として、以前から使用されていました。しかし、それらの製品で、このようなIgE感作が多発するという事件は起きていないようです。
2000年と2007年の「Contact dermatitis」誌にそれぞれ一例、加水分解小麦による接触皮膚炎の報告が掲載されています(42巻360と56巻119-120)。しかしそれは保湿クリームで、感作のパターンも通常の遅延型アレルギー(かぶれ)でした。IgEの関与する即時型アレルギーではなかったです。1998年に、ヘアコンディショナーで接触蕁麻疹(即時型アレルギー)を起こしたという報告が一つだけありました(Allergy 1998: 53: 1078-1082)。
診断のための皮膚検査方法も、茶のしずく石けん(即時型)とクリーム(遅延型)とでは異なります。前者はプリックテスト(試験液を皮膚にたらしたあと、針でつついて膨疹ができるかを見る)陽性でしたが、20分パッチテスト(試験液を20分皮膚に塗って反応を見る)は陰性でした。後者(クリーム)は、プリックテストは陰性で、48時間パッチテストで陽性でした。
これはどういうことかというと、加水分解小麦は、ただ皮膚に塗っただけでは感作しにくい、石けんを加えて、皮膚(角層)バリアを破壊してやると、感作が成立しやすくなる、それも、遅延型ではなく、即時型(IgE型)のアレルギーを発症する、ということだと私は考えます。
おそらく、加水分解小麦のような分子量の大きな物質は、単に皮膚に接触しただけでは、遅延型アレルギー(かぶれ)は起こしにくく、しかし、洗剤などで角層バリアが破壊されると、皮内に侵入して感作が成立し、そしてそのときのアレルギーの型は即時型(IgE型)となるのではないでしょうか。
上記は仮説ですが、一応根拠のようなものはあります。皮膚は、角層のみにダメージが加わった場合には、Th2系(IgE系)の感作へと流れやすい、という論文です(→こちら)。
ハウスダストなど、他の蛋白抗原が、遅延型アレルギーではなく、IgE感作を起こすのも、同じメカニズムだろうと思います。 茶のしずく石けんが、主に洗顔に使われていたという点も重要だと思います。たとえば、手は、角層が非常に厚く、それによって、皮膚バリアが強いと考えられます。いろいろな物に触れますからね。簡単には感作しないようにです。
顔は、他部位よりも脂腺の働きが強く、薄い皮膚バリアをオイルで補っています。石鹸でバリアが破壊されやすいわけです。
参考までに、石けんは脂肪を溶かすことでバリアを破壊し角層は代償的に厚くしますが、ステロイド外用剤は角層を薄くすることでバリアを破壊します(→こちら)。
ですから、手のステロイド皮膚症(中止するとリバウンドを生じるのでステロイド外用を止められなくなる)は多いです(→こちらの「手湿疹型」)。
以上のように私は「茶のしずく」事件から考えました。そうすると、赤ちゃんを食物アレルギーから防ぐためには、赤ちゃんや母親の食事制限をしないこともさることながら、以下のような配慮が必要だと思われます。
1)赤ちゃんの顔、とくに口周りは石鹸で洗わない(お湯で洗う、洗った後は、ワセリンやベビーオイルなど、油性の保湿剤で保護する)。
2)赤ちゃんの顔・口周りにステロイドを外用しない。湿疹に対しては、入手できればタール系外用剤がよい(皮膚バリアを破壊せず、弱い抗炎症作用をもつ。残念ながら、現在の日本ではステロイド剤に駆逐されてしまって入手しにくいです。外国では、ドラッグストアでベビー用品として普通に売られてます(→こちらやこちら))。
ひょっとしたら、アトピー性皮膚炎の増加は、成人のステロイド皮膚症に加えて、乳幼児期の石けんの多用にもよるのかもしれません・・。石けんの歴史というのは意外と浅いです。大戦前後は、原材料不足から洗浄力の弱い粗悪品しか入手できませんでした。これが改良されて、広く普及し始めたのは昭和30年ころからです。それ以前、昭和20年代までは、今のようには多用されてなかったはずです(石けんの歴史は→こちら)。
ステロイド外用剤も石けんも、いずれも表皮(角層)バリア破壊作用が強いという共通点があります。
ここを見て下さっている小児科の先生がたにお願いしたいのですが、皮膚科の先生は、ステロイド皮膚症に関する沈黙について確信犯(気がついていて知らない振りをする)的だと思うのですが、小児科の先生は本当に知らない、あるいは、石鹸やスキンケアの話同様、なんというか、この種のことを「軽視」なさっているような気がします・・。「皮膚のことは専門外だから当たり前」と言われれば、自分が小児科についてどのくっらい知識があるかというと、及ぶべくもないですから、無理もないのですが・・。たびたび引き合いに出して恐縮なのですが(20年くらい前に同じ病院で勤務してて懐かしいので)、成育医療センターの大矢先生の講演(→こちら)、の9分30秒あたりでも、簡単に「皮膚をきれいにするために石鹸で洗いましょう」みたいなことおっしゃってるし、もうちょっとだけ、このあたり、ご再考いただけるといいなあ、と希望します。
石けんで洗ったり、ステロイド軟膏を塗って、一見皮膚をキレイにすることは、皮膚バリアの保護にはなりません。逆です。
※追記):「牛乳石鹸」という商品があります。ミルクの成分が含まれていますが、これでミルクアレルギーが起きたという報告は無さそうです。その理由は、石鹸に含まれる成分が「乳脂」(=脂肪)であって、アレルギーの元となる蛋白質ではないからだろうと考えます。
※追記2):腸管(粘膜)は、加水分解された小麦蛋白質を、栄養として吸収しますから、Callard先生らの図(→こちら)でいう(c)に近い形となり、Th1系へと免疫反応が流れるのでしょう。
※追記3):マウスを使った実験では、しばしば卵白アレルゲンなどを皮下注射してIgEアレルギーを成立させます。Callard先生らの図(c)とは合いません。これは、1)図(c)が不完全、2)マウスの皮膚は毛に覆われていてヒトと構造が異なるため、のどちらかの理由と思います。・・ヒトに皮下注射してIgEアレルギー成立させる実験は人道上行えないですから確認できません。いずれにせよ、ヒトでは、IgE感作の場というのは、皮膚の有棘細胞層以下(ランゲルハンス細胞の存在するところ)で行われ、角層はIgE感作を防ぐという大きな機能を有しているのでしょう。
2011.11.18