EpiCream(エピクリーム)はなぜステロイド外用剤と同等の効果があるとされたのか?
EpiCream(エピクリーム)というのは、セラミドと遊離脂肪酸とコレステロールを3:1:1の比率で混ぜた非ステロイドの保湿剤です。アメリカで販売されています。
http://www.epiceram-us.com/
Efficacy of a lipid-based barrier repair formulation in moderate-to-severe pediatric atopic dermatitis. Sugarman JL,et al. J Drugs Dermatol. 2009 Dec;8(12):1106-11.
という論文で、「エピクリームとステロイド外用剤それぞれを28日間の外用した結果を比較したところ、両群に有意差は無かった」と、報告されています。エピクリームは非ステロイドの保湿剤でありながら、その組成の工夫によって、ステロイドと同等の臨床効果が期待できることを示唆するものです。
これに対して、反論が出ました。
An over-the-counter moisturizer is as clinically effective as, and more cost-effective than, prescription barrier creams in the treatment of children with mild-to-moderate atopic dermatitis: a randomized, controlled trial. Miller DW, et al. J Drugs Dermatol. 2011 May;10(5):531-7.
です。
この論文では、エピクリームと、別のグリチルリチン入りの保湿剤であるAtopiclair、ドラッグストアで安価に購入できる白色ワセリンの3者を比較しています。そしてその3つで臨床効果に有意差は無かったことが示されています。100g当たりの費用がそれぞれ$121,$89,$3であることを考えると、一番安価な白色ワセリンを用いるのが合理的だ、と結論しています。
なぜ、このような一見矛盾した結果が、導かれるのでしょうか?
もしもエピクリームの効果が、ステロイド外用剤と同等であり、そして白色ワセリンとも同等であるならば、「白色ワセリンはステロイド外用剤と同等」ということになってしまいます。これはおかしいです。
二つの論文の主張を矛盾無く説明するためには、私はたったひとつの解釈しか思いつきません。それは、最初の論文において、「エピクリームもステロイドも使わなくても、患者は28日後には良くなった」と仮定することです。そうすれば、二つの論文の結果は矛盾無く説明できます(注:サンプルサイズが小さくて有意差が出なかったという解釈はもちろん有り得ます。そうじゃなくてこの二つの論文の主張するところを矛盾無く説明するためには、です)
先回解説した、ゾレアの効果判定の話に似ています(→こちら)。ゾレアの効果判定においても、コントロールを厳密に無治療と置くことによって、すなわち脱ステロイドによって、コントロール群が改善してしまったのでした。
さて、どうして、エピクリームの話を持ち出したかと言うと、これには経緯があります。
阪南中央病院の佐藤先生が、ブログに下のような記事をUPされました。
ーーーーー(ここから引用)-----
米教授、rebound flare(リバウンド悪化)に言及
投稿日: 2013年7月17日
2013 年6月15日、第112回日本皮膚科学会総会の「土肥記念交換講座2」において、米国カリフォルニア大学サンフランシスコ校皮膚科教授、Peter M. Elias先生は招聘講演をされた。アトピー性皮膚炎の治療についてである。内容の多くは、論文Epidermal Barrier Dysfunction in Atopic Dermatitis(アトピー性皮膚炎における表皮バリア機能障害)、Cork MJ, J Invest Dermatol 2009; 129: 1892-1908に沿ったものであった。講演の最後近くで、ステロイド治療に関して、「ステロイド外用はrebound flare(リバウンド悪化)が起こるので、使用を減らすべきである」旨の言及をされた。アトピー性皮膚炎に対してのステロイド外用治療について類似の言及が、この論文には含まれている。アトピー性皮膚炎に対するステロイド外用には問題がありそうだというのが現在のアメリカの考え方のようである。これに関連して、日本のある皮膚科教授は、「Corkのこの論文は脱ステ派に有利な論文ですね」と述べられた。情勢は少しずつ変わってきている。
http://atopic.info/satokenji/2013/07/
ーーーーー(ここまで引用)-----
私は、この学会に出席していなかったので、この講演を聞いていないのですが、どんな内容であったのかは気になります。そこで、まず、佐藤先生ご本人に詳細をお聞きしたところ、
「リバウンドフレアについては話しましたが、ステロイドを減らせというのはスライドの一番下に1行あっただけです。減らせとは話さなかったと思います。」
とのことでした。また最後の行の「日本のある皮膚科教授」の言は、佐藤先生との個人的会話の中でのことで、座長やフロアからの質疑応答の中での発言ではなかったそうです。
ブログ記事を読んでついつい私が期待してしまったほどの内容では無かったようです・・。
次に、Elias先生がお書きになった論文をいくつか読んでみました。すると、2011年の
“Therapeutic Implications of a Barrier-Based Pathogenesis of Atopic Dermatitis.”( Clinic Rev Allerg Immunol (2011) 41:282–295)
の中に、下記のような一節がありました。
Since some patients might develop “rebound flares” while being withdrawn from topical steroids, it is advisable to employ a combination of EpiCeram® with a short-term course of a low-potency steroid (e.g.,desonide), which should both yield faster initial results, which should allow withdrawal from steroids with less risk of rebound flares. After 2–4 weeks, however, EpiCeram® alone should suffice as stand-alone therapy.
(ステロイド外用剤から離脱する際に、「リバウンド(rebound flares)」を生じる患者がいるので、短期間の弱いステロイドとエピクリームとを併用して治療することが望ましい。初期治療効果を高めて、離脱にあたってリバウンドが生じにくくなるだろう。2~4週間後には、エピクリーム単独で満足のいく結果となるはずだ。)
Elias先生は、このエピクリームの開発者のようです。ここで「なあんだ、お医者さんが絡んだアトピービジネスか。それなら、リバウンドに言及していてもおかしくないや。」で、済ませてしまって良いものか、というと、私にはそうは思えません。 Elias先生という方は、そのような安易な解釈で済ますには、表皮バリア機能の研究における業績が多すぎるのです。
Efficacy of a lipid-based barrier repair formulation in moderate-to-severe pediatric atopic dermatitis. Sugarman JL,et al. J Drugs Dermatol. 2009 Dec;8(12):1106-11.
という論文で、「エピクリームとステロイド外用剤それぞれを28日間の外用した結果を比較したところ、両群に有意差は無かった」と、報告されています。エピクリームは非ステロイドの保湿剤でありながら、その組成の工夫によって、ステロイドと同等の臨床効果が期待できることを示唆するものです。
これに対して、反論が出ました。
An over-the-counter moisturizer is as clinically effective as, and more cost-effective than, prescription barrier creams in the treatment of children with mild-to-moderate atopic dermatitis: a randomized, controlled trial. Miller DW, et al. J Drugs Dermatol. 2011 May;10(5):531-7.
です。
この論文では、エピクリームと、別のグリチルリチン入りの保湿剤であるAtopiclair、ドラッグストアで安価に購入できる白色ワセリンの3者を比較しています。そしてその3つで臨床効果に有意差は無かったことが示されています。100g当たりの費用がそれぞれ$121,$89,$3であることを考えると、一番安価な白色ワセリンを用いるのが合理的だ、と結論しています。
なぜ、このような一見矛盾した結果が、導かれるのでしょうか?
もしもエピクリームの効果が、ステロイド外用剤と同等であり、そして白色ワセリンとも同等であるならば、「白色ワセリンはステロイド外用剤と同等」ということになってしまいます。これはおかしいです。
二つの論文の主張を矛盾無く説明するためには、私はたったひとつの解釈しか思いつきません。それは、最初の論文において、「エピクリームもステロイドも使わなくても、患者は28日後には良くなった」と仮定することです。そうすれば、二つの論文の結果は矛盾無く説明できます(注:サンプルサイズが小さくて有意差が出なかったという解釈はもちろん有り得ます。そうじゃなくてこの二つの論文の主張するところを矛盾無く説明するためには、です)
先回解説した、ゾレアの効果判定の話に似ています(→こちら)。ゾレアの効果判定においても、コントロールを厳密に無治療と置くことによって、すなわち脱ステロイドによって、コントロール群が改善してしまったのでした。
さて、どうして、エピクリームの話を持ち出したかと言うと、これには経緯があります。
阪南中央病院の佐藤先生が、ブログに下のような記事をUPされました。
ーーーーー(ここから引用)-----
米教授、rebound flare(リバウンド悪化)に言及
投稿日: 2013年7月17日
2013 年6月15日、第112回日本皮膚科学会総会の「土肥記念交換講座2」において、米国カリフォルニア大学サンフランシスコ校皮膚科教授、Peter M. Elias先生は招聘講演をされた。アトピー性皮膚炎の治療についてである。内容の多くは、論文Epidermal Barrier Dysfunction in Atopic Dermatitis(アトピー性皮膚炎における表皮バリア機能障害)、Cork MJ, J Invest Dermatol 2009; 129: 1892-1908に沿ったものであった。講演の最後近くで、ステロイド治療に関して、「ステロイド外用はrebound flare(リバウンド悪化)が起こるので、使用を減らすべきである」旨の言及をされた。アトピー性皮膚炎に対してのステロイド外用治療について類似の言及が、この論文には含まれている。アトピー性皮膚炎に対するステロイド外用には問題がありそうだというのが現在のアメリカの考え方のようである。これに関連して、日本のある皮膚科教授は、「Corkのこの論文は脱ステ派に有利な論文ですね」と述べられた。情勢は少しずつ変わってきている。
http://atopic.info/satokenji/2013/07/
ーーーーー(ここまで引用)-----
私は、この学会に出席していなかったので、この講演を聞いていないのですが、どんな内容であったのかは気になります。そこで、まず、佐藤先生ご本人に詳細をお聞きしたところ、
「リバウンドフレアについては話しましたが、ステロイドを減らせというのはスライドの一番下に1行あっただけです。減らせとは話さなかったと思います。」
とのことでした。また最後の行の「日本のある皮膚科教授」の言は、佐藤先生との個人的会話の中でのことで、座長やフロアからの質疑応答の中での発言ではなかったそうです。
ブログ記事を読んでついつい私が期待してしまったほどの内容では無かったようです・・。
次に、Elias先生がお書きになった論文をいくつか読んでみました。すると、2011年の
“Therapeutic Implications of a Barrier-Based Pathogenesis of Atopic Dermatitis.”( Clinic Rev Allerg Immunol (2011) 41:282–295)
の中に、下記のような一節がありました。
Since some patients might develop “rebound flares” while being withdrawn from topical steroids, it is advisable to employ a combination of EpiCeram® with a short-term course of a low-potency steroid (e.g.,desonide), which should both yield faster initial results, which should allow withdrawal from steroids with less risk of rebound flares. After 2–4 weeks, however, EpiCeram® alone should suffice as stand-alone therapy.
(ステロイド外用剤から離脱する際に、「リバウンド(rebound flares)」を生じる患者がいるので、短期間の弱いステロイドとエピクリームとを併用して治療することが望ましい。初期治療効果を高めて、離脱にあたってリバウンドが生じにくくなるだろう。2~4週間後には、エピクリーム単独で満足のいく結果となるはずだ。)
Elias先生は、このエピクリームの開発者のようです。ここで「なあんだ、お医者さんが絡んだアトピービジネスか。それなら、リバウンドに言及していてもおかしくないや。」で、済ませてしまって良いものか、というと、私にはそうは思えません。 Elias先生という方は、そのような安易な解釈で済ますには、表皮バリア機能の研究における業績が多すぎるのです。
Elias先生は、先回の記事で紹介した、University of California San Francisco(UCSF)の皮膚科教授です。AM Kligman先生がそうであったように、表皮バリア機能の研究者にとっては、ステロイドの持つ表皮バリア破壊という負の側面は、あまりにも自明なことであり、また、それを患者たちや一般の皮膚科開業医たちにそのまま啓蒙することは、混乱を招くと言う意味で、憚られるのだと思います。
問題であることは認識しているが、露骨に正直に記すと軋轢があるので、何とか無難にソフトランディングさせたい、そうすると、エピクリームと言う「ステロイドに匹敵する保湿剤」という商品を世に出すことによって、開業皮膚科医は、ステロイドに代わるものとしてこれを販売すればよいし(アメリカでは、エピクリームは、医師のもとでなければ購入できないようです)、患者たちも、エピクリームの販促を介して、間接的にステロイドによる依存性やリバウンドなどの情報を知ることになる、そういう意図を感じます。
私が勝手に好意的に考えすぎなのかもしれませんが、Elias先生のこれまでの研究業績を考えると、ただ単純に「エピクリームで一儲けしよう」ということでは無いような気がするのです。また、最初に私が指摘した論文の矛盾についても、当然気がついておられるはずで、それを後の論文の著者(Dr.Millerら)や、いまこうして解説を記している私のような無粋な正直者は、Elias先生から見るとスマートなやり方ではないのかもしれません。
こういった、ステロイド依存やリバウンドについて、認識はしているけれども、私のような無粋で正直すぎる情報発信は決してしないスマートな大学教授は、日本にもいます。たとえば、杏林大教授の塩原先生とか、前東京医科歯科大教授の西岡先生などはそうだと思います。どうしてそう思うかと言うと、論文や著書のなかで、Elias先生が記しているような、やんわりとした論調のステロイドによるリバウンドへの警告を散見するからです。
佐藤先生のブログ記事にある「日本のある皮膚科教授」がどなたであったのかお聞きしたところ「申し訳ないですが、匿名とさせてください」とのことでした。御自身で情報発信されないまでも、リバウンドについて認識、問題視している大学教授はいるということなのでしょう。
Elias先生のとってのエピクリームは、私にとっての中間分子量ヒアルロン酸化粧水に、意図としては似ています。ただし、私の認識から言わせていただくと、現時点では、中間分子量ヒアルロン酸のほうがエピクリームよりも、ステロイドによる表皮バリア破壊を修復するという科学的データにおいて優れていると思います。Elias先生の教室からは、最近、低分子量および高分子量ヒアルロン酸に関する新しい論文が上梓されましたので、将来的には、たとえばエピクリームに低分子量ヒアルロン酸を混ぜる、あるいは低分子量ヒアルロン酸ローションにエピクリームを重ね塗りするといった、それこそ理想的な非ステロイドのスキンケアの商品を、Elias先生は作製するかもしれません。
最後に一つだけ付言すると、エピクリームにしろ、中間分子量ヒアルロン酸化粧水にしろ、戦況を良くするためなら多少の経済的出費はいとわない、という患者にとっての商品です。あるいは、何かを塗らないと、何かにすがらないと、精神的に不安で潰れてしまう、という方のための商品でもあります。
エピクリームや中間分子量ヒアルロン酸化粧水を使わなくても、多くの患者は依存に陥らないようにステロイド外用剤を使うことが出来るし、依存に陥った患者が離脱することは可能です。経済的な余裕がない方が、無理して購入するほどのものではありません。この点は「無粋な正直者」としては強調しておきたいと思います。
2013.07.22
問題であることは認識しているが、露骨に正直に記すと軋轢があるので、何とか無難にソフトランディングさせたい、そうすると、エピクリームと言う「ステロイドに匹敵する保湿剤」という商品を世に出すことによって、開業皮膚科医は、ステロイドに代わるものとしてこれを販売すればよいし(アメリカでは、エピクリームは、医師のもとでなければ購入できないようです)、患者たちも、エピクリームの販促を介して、間接的にステロイドによる依存性やリバウンドなどの情報を知ることになる、そういう意図を感じます。
私が勝手に好意的に考えすぎなのかもしれませんが、Elias先生のこれまでの研究業績を考えると、ただ単純に「エピクリームで一儲けしよう」ということでは無いような気がするのです。また、最初に私が指摘した論文の矛盾についても、当然気がついておられるはずで、それを後の論文の著者(Dr.Millerら)や、いまこうして解説を記している私のような無粋な正直者は、Elias先生から見るとスマートなやり方ではないのかもしれません。
こういった、ステロイド依存やリバウンドについて、認識はしているけれども、私のような無粋で正直すぎる情報発信は決してしないスマートな大学教授は、日本にもいます。たとえば、杏林大教授の塩原先生とか、前東京医科歯科大教授の西岡先生などはそうだと思います。どうしてそう思うかと言うと、論文や著書のなかで、Elias先生が記しているような、やんわりとした論調のステロイドによるリバウンドへの警告を散見するからです。
佐藤先生のブログ記事にある「日本のある皮膚科教授」がどなたであったのかお聞きしたところ「申し訳ないですが、匿名とさせてください」とのことでした。御自身で情報発信されないまでも、リバウンドについて認識、問題視している大学教授はいるということなのでしょう。
Elias先生のとってのエピクリームは、私にとっての中間分子量ヒアルロン酸化粧水に、意図としては似ています。ただし、私の認識から言わせていただくと、現時点では、中間分子量ヒアルロン酸のほうがエピクリームよりも、ステロイドによる表皮バリア破壊を修復するという科学的データにおいて優れていると思います。Elias先生の教室からは、最近、低分子量および高分子量ヒアルロン酸に関する新しい論文が上梓されましたので、将来的には、たとえばエピクリームに低分子量ヒアルロン酸を混ぜる、あるいは低分子量ヒアルロン酸ローションにエピクリームを重ね塗りするといった、それこそ理想的な非ステロイドのスキンケアの商品を、Elias先生は作製するかもしれません。
最後に一つだけ付言すると、エピクリームにしろ、中間分子量ヒアルロン酸化粧水にしろ、戦況を良くするためなら多少の経済的出費はいとわない、という患者にとっての商品です。あるいは、何かを塗らないと、何かにすがらないと、精神的に不安で潰れてしまう、という方のための商品でもあります。
エピクリームや中間分子量ヒアルロン酸化粧水を使わなくても、多くの患者は依存に陥らないようにステロイド外用剤を使うことが出来るし、依存に陥った患者が離脱することは可能です。経済的な余裕がない方が、無理して購入するほどのものではありません。この点は「無粋な正直者」としては強調しておきたいと思います。
2013.07.22
中間分子量ヒアルロン酸は、私が製作販売している化粧品の主成分です。現在のところ、これを使用した化粧 品は日本では他にありません。
製品名を明示すると、ブログ記事が薬事法第86条(未承認医薬品の広告禁止)に抵触するおそれがあるので、製品名を伏して一 般名である「中間分子量ヒアルロン酸」に置き換えて記事を書いています。関心のあるかたは、お手数ですが検索して探してください。
製品名を明示すると、ブログ記事が薬事法第86条(未承認医薬品の広告禁止)に抵触するおそれがあるので、製品名を伏して一 般名である「中間分子量ヒアルロン酸」に置き換えて記事を書いています。関心のあるかたは、お手数ですが検索して探してください。