アメリカ皮膚科学会(AAD)のアトピー性皮膚炎診療ガイドライン(2014)は自らを「標準治療」ではないと宣言した(その1)
日本に日本皮膚科学会があるように、アメリカにはアメリカ皮膚科学会(American Academy of Dermatology; AAD)があります。AADもアトピー性皮膚炎に関して診療ガイドラインを提供していましたが、2009年に旧バージョンが失効して以来、長く新しいガイドラインが公表されませんでした(→こちら)。
今回公表された新しいバージョンは4部構成になっています。現在はまだPart1のみです。Part1はアトピー性皮膚炎の診断や病性評価に関する部分で、学会誌JAADの2014年2月号に掲載されました(AADのHP(→こちら)の「atopic dermatitis (Current)」 をクリックし、さらに青字のpart1をクリックすると全文が読めます)。
Part2がステロイド外用剤の使用についての指針を含むものになりますがこちらはまだ未公表です。
Part1にはステロイド治療のについては何も記されていません。しかし、旧ガイドラインには無かった、注目すべき加筆部分がありました。それは、ガイドライン最初の「Disclaimer (免責宣言)」にあります。
旧ガイドライン(2004年版、2009年失効→こちら)のDisclaimerをまず示します。
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Adherence to these guidelines will not ensure successful treatment in every situation. Furthermore these guidelines should not be deemed inclusive of all proper methods of care or exclusive of other methods of care reasonably directed to obtaining the same results. The ultimate judgment regarding the propriety of any specific therapy must be made by the physician and the patient in light of all the circumstances presented by the individual patient.
本ガイドラインに従って治療したからと言って、すべての患者(状況)が良くなるとは限らない。さらに言えば、本ガイドラインは、全ての適切なケアを網羅するものでも無い。また、本ガイドラインに記されていない治療法は、本ガイドラインに示された治療法と同等の結果を導かないと主張するものでも無い。ある治療法を行う価値があるかどうかは、患者自身の置かれた環境などを鑑みながら、最終的には担当医と患者自身が決めなければならない。
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新ガイドライン(2014年版→こちら))では下のように加筆されました(私が注目した加筆部分を赤字で示します)
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Adherence to these guidelines will not ensure successful treatment in every situation. In addition,these guidelines should not be interpreted as setting a standard of care, or be deemed inclusive of all proper methods of care nor exclusive of other methods of care reasonably directed to obtaining the same results. The ultimate judgment regarding the propriety of any specific therapy must be made by the physician and the patient in light of all the circumstances presented by the individual patient and the known variability and biologic behavior of the disease. This guideline reflects the best available data at the time the guideline was prepared. The results of future studies may require revisions to the recommendations in this guideline to reflect new data.
本ガイドラインに従って治療したからと言って、すべての患者(状況)が良くなるとは限らない。さらに言えば、本ガインドラインは治療のスタンダード(標準治療)とみなされるべきではないし、全ての適切なケアを網羅するものでも無い。また、本ガイドラインに記されていない治療法は、本ガイドラインに示された治療法と同等の結果を導かないと主張するものでも無い。ある治療法を行う価値があるかどうかは、病勢と病態、患者自身の置かれた環境などを鑑みながら、最終的には担当医と患者自身が決めなければならない。本ガイドラインはその作成時に最善と考えられたデータを反映しているが、将来新しいデータが得られた場合には改訂や推奨が行われるだろう。
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「these guidelines should not be interpreted as setting a standard of care (本ガインドラインは治療のスタンダード(標準治療)とみなされるべきではない)」、AADは今回のガイドラインでこう明確に宣言しました。
もっともこれは、アトピー性皮膚炎のガイドラインに特別な記載ではないようです。たとえば同じAADのmelanoma(悪性黒色腫)の現行ガイドラインにおいても、AADはまったく同様の文言を用いて、ガイドラインがスタンダード(標準治療)と看做されることを否定しています(→こちら)。
したがってこれは、AADのガイドラインというものに対する一般的な位置付け、考え方を反映していると解釈されます。
日本ではどうでしょうか?日本皮膚科学会のガイドラインには明確なdisclaimer(免責宣言)がありません。この場合に、ガイドライン執筆者は、ガイドラインに従った治療によって、もしも健康障害が生じてしまった場合には、法的責任を問われる可能性があることは、以前に指摘しました(→こちら)。
AADの旧ガイドラインには明確な免責宣言があります。今回、それに加えて、さらに「ガイドラインは標準治療ではない」とわざわざ加筆したということは、これはガイドラインが標準治療(standard)視されて、個々の患者の特殊性を考慮しない画一治療に現場が陥ったり、ガイドラインに記載されていない新しい治療法の探索に消極的になってしまうことを危惧したものでしょう。
日本ではガイドラインを金科玉条、まるでお上が定めたお触れのように、「ガイドラインに即した治療を行っています」と公言して憚らない医師が多いです。ガイドラインに従った治療で全ての患者が良くなるならそれで問題はないでしょう。しかし実際にはそうではありません。AADの加筆は、そのようなガイドラインの不完全さを自ら明示することで、ガイドラインにとらわれて思考停止に陥ることを警告したものと言えます。
以前にも記したことですが、「ガイドラインに沿った診療をしています」ということは、「EBMを実践した診療をしています」ということでは決してありません(→こちら)。
「ガイドラインに沿った診療をしています」と言うことは、わかりやすい例えでいうならば、研修医が「私は未熟なので研修医ハンドブックを頼りに当直をしています」と告白するようなものです。そしてその研修医ハンドブックには、冒頭に「このハンドブックに従ったからと言って、患者が助かるとは限らない。当直の助けになれば幸いだが、ここに記してあることが全てだと過信せず、自分で考えて他の資料も参考にして、自分自身の責任と判断で患者を治療するように。」と、記されているようなものと考えてください。
さて、最大の関心事は、近々公表されるであろう「Part 2. Guidelines of Care for the Management and Treatment of Atopic Dermatitis with Topical Therapies」において、Topical steroid addiction(TSA)あるいはステロイド外用剤長期連用によるリバウンドのリスクに言及されるだろうか?という点です。
実は、この3月の21-25日にかけて、AADの年次総会がありました。私は参加しなかったのですが、AADのHPからダウンロードできるプログラムや関連情報を可能な限り調べてみました。ガイドラインのPart2に関する何らかの示唆があるだろうと考えたからです。
そして現時点の推測としては、残念ながら「言及されないだろう」です。
日本と同じように、steroidphobia(ステロイド忌避患者)の増加や、それへの対応として患者教育の重要性、医療経済の面からのプロアクティブ治療の有用性などが話題となっており、TSAやreboundを扱った演題や話題提供は見つけることが出来なかったからです。
今回のAADのガイドラインが2014年から前回と同じく5年の賞味期限とされるとすると、次の改定は2019年以降です。そのときにはTSAが明記されて、依存の機序も解明されていればいいんですけどね・・私は60才かあ。
このブログは続けますよ。日本のガイドラインにステロイド依存についての警告が記載されるまでは。
もっとも、それ以前に日本のガイドラインに、米国に倣って「本ガイドラインは標準治療と看做されるべきではない」と明記されるほうが早いかもしれません。
それでもやはり、重要なことですから、ガイドラインへの記載を、一人の日本皮膚科学会認定皮膚科専門医として、その誇りと責任において、私は要望し続けるでしょう。
2014.03.26
今回公表された新しいバージョンは4部構成になっています。現在はまだPart1のみです。Part1はアトピー性皮膚炎の診断や病性評価に関する部分で、学会誌JAADの2014年2月号に掲載されました(AADのHP(→こちら)の「atopic dermatitis (Current)」 をクリックし、さらに青字のpart1をクリックすると全文が読めます)。
Part2がステロイド外用剤の使用についての指針を含むものになりますがこちらはまだ未公表です。
Part1にはステロイド治療のについては何も記されていません。しかし、旧ガイドラインには無かった、注目すべき加筆部分がありました。それは、ガイドライン最初の「Disclaimer (免責宣言)」にあります。
旧ガイドライン(2004年版、2009年失効→こちら)のDisclaimerをまず示します。
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Adherence to these guidelines will not ensure successful treatment in every situation. Furthermore these guidelines should not be deemed inclusive of all proper methods of care or exclusive of other methods of care reasonably directed to obtaining the same results. The ultimate judgment regarding the propriety of any specific therapy must be made by the physician and the patient in light of all the circumstances presented by the individual patient.
本ガイドラインに従って治療したからと言って、すべての患者(状況)が良くなるとは限らない。さらに言えば、本ガイドラインは、全ての適切なケアを網羅するものでも無い。また、本ガイドラインに記されていない治療法は、本ガイドラインに示された治療法と同等の結果を導かないと主張するものでも無い。ある治療法を行う価値があるかどうかは、患者自身の置かれた環境などを鑑みながら、最終的には担当医と患者自身が決めなければならない。
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新ガイドライン(2014年版→こちら))では下のように加筆されました(私が注目した加筆部分を赤字で示します)
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Adherence to these guidelines will not ensure successful treatment in every situation. In addition,these guidelines should not be interpreted as setting a standard of care, or be deemed inclusive of all proper methods of care nor exclusive of other methods of care reasonably directed to obtaining the same results. The ultimate judgment regarding the propriety of any specific therapy must be made by the physician and the patient in light of all the circumstances presented by the individual patient and the known variability and biologic behavior of the disease. This guideline reflects the best available data at the time the guideline was prepared. The results of future studies may require revisions to the recommendations in this guideline to reflect new data.
本ガイドラインに従って治療したからと言って、すべての患者(状況)が良くなるとは限らない。さらに言えば、本ガインドラインは治療のスタンダード(標準治療)とみなされるべきではないし、全ての適切なケアを網羅するものでも無い。また、本ガイドラインに記されていない治療法は、本ガイドラインに示された治療法と同等の結果を導かないと主張するものでも無い。ある治療法を行う価値があるかどうかは、病勢と病態、患者自身の置かれた環境などを鑑みながら、最終的には担当医と患者自身が決めなければならない。本ガイドラインはその作成時に最善と考えられたデータを反映しているが、将来新しいデータが得られた場合には改訂や推奨が行われるだろう。
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「these guidelines should not be interpreted as setting a standard of care (本ガインドラインは治療のスタンダード(標準治療)とみなされるべきではない)」、AADは今回のガイドラインでこう明確に宣言しました。
もっともこれは、アトピー性皮膚炎のガイドラインに特別な記載ではないようです。たとえば同じAADのmelanoma(悪性黒色腫)の現行ガイドラインにおいても、AADはまったく同様の文言を用いて、ガイドラインがスタンダード(標準治療)と看做されることを否定しています(→こちら)。
したがってこれは、AADのガイドラインというものに対する一般的な位置付け、考え方を反映していると解釈されます。
日本ではどうでしょうか?日本皮膚科学会のガイドラインには明確なdisclaimer(免責宣言)がありません。この場合に、ガイドライン執筆者は、ガイドラインに従った治療によって、もしも健康障害が生じてしまった場合には、法的責任を問われる可能性があることは、以前に指摘しました(→こちら)。
AADの旧ガイドラインには明確な免責宣言があります。今回、それに加えて、さらに「ガイドラインは標準治療ではない」とわざわざ加筆したということは、これはガイドラインが標準治療(standard)視されて、個々の患者の特殊性を考慮しない画一治療に現場が陥ったり、ガイドラインに記載されていない新しい治療法の探索に消極的になってしまうことを危惧したものでしょう。
日本ではガイドラインを金科玉条、まるでお上が定めたお触れのように、「ガイドラインに即した治療を行っています」と公言して憚らない医師が多いです。ガイドラインに従った治療で全ての患者が良くなるならそれで問題はないでしょう。しかし実際にはそうではありません。AADの加筆は、そのようなガイドラインの不完全さを自ら明示することで、ガイドラインにとらわれて思考停止に陥ることを警告したものと言えます。
以前にも記したことですが、「ガイドラインに沿った診療をしています」ということは、「EBMを実践した診療をしています」ということでは決してありません(→こちら)。
「ガイドラインに沿った診療をしています」と言うことは、わかりやすい例えでいうならば、研修医が「私は未熟なので研修医ハンドブックを頼りに当直をしています」と告白するようなものです。そしてその研修医ハンドブックには、冒頭に「このハンドブックに従ったからと言って、患者が助かるとは限らない。当直の助けになれば幸いだが、ここに記してあることが全てだと過信せず、自分で考えて他の資料も参考にして、自分自身の責任と判断で患者を治療するように。」と、記されているようなものと考えてください。
さて、最大の関心事は、近々公表されるであろう「Part 2. Guidelines of Care for the Management and Treatment of Atopic Dermatitis with Topical Therapies」において、Topical steroid addiction(TSA)あるいはステロイド外用剤長期連用によるリバウンドのリスクに言及されるだろうか?という点です。
実は、この3月の21-25日にかけて、AADの年次総会がありました。私は参加しなかったのですが、AADのHPからダウンロードできるプログラムや関連情報を可能な限り調べてみました。ガイドラインのPart2に関する何らかの示唆があるだろうと考えたからです。
そして現時点の推測としては、残念ながら「言及されないだろう」です。
日本と同じように、steroidphobia(ステロイド忌避患者)の増加や、それへの対応として患者教育の重要性、医療経済の面からのプロアクティブ治療の有用性などが話題となっており、TSAやreboundを扱った演題や話題提供は見つけることが出来なかったからです。
今回のAADのガイドラインが2014年から前回と同じく5年の賞味期限とされるとすると、次の改定は2019年以降です。そのときにはTSAが明記されて、依存の機序も解明されていればいいんですけどね・・私は60才かあ。
このブログは続けますよ。日本のガイドラインにステロイド依存についての警告が記載されるまでは。
もっとも、それ以前に日本のガイドラインに、米国に倣って「本ガイドラインは標準治療と看做されるべきではない」と明記されるほうが早いかもしれません。
それでもやはり、重要なことですから、ガイドラインへの記載を、一人の日本皮膚科学会認定皮膚科専門医として、その誇りと責任において、私は要望し続けるでしょう。
2014.03.26
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