オロナイン皮膚症について
オロナイン皮膚症 Journal 東京女子医科大学雑誌, 41(7):497-500, 1971
http://ir.twmu.ac.jp/dspace/bitstream/10470/1646/1/4107000004.pdf
まず、ここでいう「オロナイン皮膚症」というのは、現在市販されているオロナイン軟膏によって生じるものではなく、昭和40年代のオロナイン軟膏によって生じていたものだ、という点は、くれぐれも誤解の無いよう、強調しておきたいと思います。オロナイン軟膏という名前は同じでも、成分が入れ替わっているからです。現在市販されているオロナイン軟膏で「オロナイン皮膚症」は生じません。
私は昭和59年に医師になっていますので、オロナイン皮膚症を実際に診たことがありません。昭和46年の東女医大誌に、ネットから無料でアクセスすることができ、「オロナイン皮膚症」がどんなものであったのかが窺うことができます。
まず症状ですが、
ーーーーー(ここから引用)-----
オロナイン軟膏による皮膚障害は,その臨床像がほぼ一定している.すなわち枇糠状落屑または魚鱗癬様落屑(ときにはちりめん皺様の外観を呈する)が主体であり,しかも一時軽快した後も落屑を繰り返しやすい.皮疹形態は乾皮症様,魚鱗癬様,枇糠疹様,ちりめん雛様などと表現されているが,病変部に炎症症状が少ないこと,正常皮膚色ないし淡褐色を呈し,境界明瞭であることなどが共通している.掻痒はおおむね軽微であり,これをまったく欠くものもあったが,皮膚の乾燥感緊張感を訴えるものは症例の約3分の2に認められた.
ーーーーー(ここまで引用)-----
とあります。モノクロではありますが、臨床写真も4枚付されていて、だいたいのイメージは想像できます。
わたしが注目するのは、次の二点です。すなわち、
ーーーーー(ここから引用)-----
本症の組織学的所見は,いずれも著明な角質増生,顆粒層肥厚などの表皮上層の変化を主としており,細胞浸潤は軽度に認めるのみである.貼布試験は24時間後,48時間後および72時間後ともに陰性である.貼布試験の結果がすべて陰性であることは,本症の発症がアレルギー機序によらないことを示唆するものである.
ーーーーー(ここまで引用)-----
と、
ーーーーー(ここから引用)-----
経過は,一般に遷延しやすく,治療に抵抗する症例が多いが,われわれは硼酸軟膏,硼酸ワセリン,3%サリチルワセリンなどの油脂性膏薬による局所療法を行ない,良好な結果を得た.なお経過の判明している36例のうち,1ヵ月以内に軽快したものは14例であるが,そのほとんどは前額,頬部,口囲に発生した症例である.3~4ヵ月を要したもの2例,6ヵ月におよんだもの3例で,このような難治性の症例は発生部位がすべて頚部,躯幹,陰部などであった.
ーーーーー(ここまで引用)-----
です。
通常、このように外用剤による皮膚症状であることが強く疑われる場合、24時間の貼布試験で再現と言うか陽性反応を得て診断します。もっとも、それはアレルギー機序によるなど、短期暴露でダメージが強い場合であって、オロナイン皮膚症の場合は、短期外用による皮膚のダメージはさほどなく(従って24時間パッチテストも陰性で)、数日間から数週間連用することで、表皮の変化を来たしたということです。しかも、この表皮の変化は、中止から回復までに数ヶ月かかっています。パッチテスト陽性のアレルギー機序による皮膚障害であれば、回復までの期間も短いでしょう。 図にすると、こんなイメージです。
http://ir.twmu.ac.jp/dspace/bitstream/10470/1646/1/4107000004.pdf
まず、ここでいう「オロナイン皮膚症」というのは、現在市販されているオロナイン軟膏によって生じるものではなく、昭和40年代のオロナイン軟膏によって生じていたものだ、という点は、くれぐれも誤解の無いよう、強調しておきたいと思います。オロナイン軟膏という名前は同じでも、成分が入れ替わっているからです。現在市販されているオロナイン軟膏で「オロナイン皮膚症」は生じません。
私は昭和59年に医師になっていますので、オロナイン皮膚症を実際に診たことがありません。昭和46年の東女医大誌に、ネットから無料でアクセスすることができ、「オロナイン皮膚症」がどんなものであったのかが窺うことができます。
まず症状ですが、
ーーーーー(ここから引用)-----
オロナイン軟膏による皮膚障害は,その臨床像がほぼ一定している.すなわち枇糠状落屑または魚鱗癬様落屑(ときにはちりめん皺様の外観を呈する)が主体であり,しかも一時軽快した後も落屑を繰り返しやすい.皮疹形態は乾皮症様,魚鱗癬様,枇糠疹様,ちりめん雛様などと表現されているが,病変部に炎症症状が少ないこと,正常皮膚色ないし淡褐色を呈し,境界明瞭であることなどが共通している.掻痒はおおむね軽微であり,これをまったく欠くものもあったが,皮膚の乾燥感緊張感を訴えるものは症例の約3分の2に認められた.
ーーーーー(ここまで引用)-----
とあります。モノクロではありますが、臨床写真も4枚付されていて、だいたいのイメージは想像できます。
わたしが注目するのは、次の二点です。すなわち、
ーーーーー(ここから引用)-----
本症の組織学的所見は,いずれも著明な角質増生,顆粒層肥厚などの表皮上層の変化を主としており,細胞浸潤は軽度に認めるのみである.貼布試験は24時間後,48時間後および72時間後ともに陰性である.貼布試験の結果がすべて陰性であることは,本症の発症がアレルギー機序によらないことを示唆するものである.
ーーーーー(ここまで引用)-----
と、
ーーーーー(ここから引用)-----
経過は,一般に遷延しやすく,治療に抵抗する症例が多いが,われわれは硼酸軟膏,硼酸ワセリン,3%サリチルワセリンなどの油脂性膏薬による局所療法を行ない,良好な結果を得た.なお経過の判明している36例のうち,1ヵ月以内に軽快したものは14例であるが,そのほとんどは前額,頬部,口囲に発生した症例である.3~4ヵ月を要したもの2例,6ヵ月におよんだもの3例で,このような難治性の症例は発生部位がすべて頚部,躯幹,陰部などであった.
ーーーーー(ここまで引用)-----
です。
通常、このように外用剤による皮膚症状であることが強く疑われる場合、24時間の貼布試験で再現と言うか陽性反応を得て診断します。もっとも、それはアレルギー機序によるなど、短期暴露でダメージが強い場合であって、オロナイン皮膚症の場合は、短期外用による皮膚のダメージはさほどなく(従って24時間パッチテストも陰性で)、数日間から数週間連用することで、表皮の変化を来たしたということです。しかも、この表皮の変化は、中止から回復までに数ヶ月かかっています。パッチテスト陽性のアレルギー機序による皮膚障害であれば、回復までの期間も短いでしょう。 図にすると、こんなイメージです。
オロナイン皮膚炎の場合はBにあたり、短期の外用では皮疹の再現が得られません。すなわちパッチテスト陰性です。それに比べて、たとえば漆かぶれの場合などは、Aのように外用してすぐに強い症状が出ます。しかし中止すればすぐに回復します。
Bの経過をとる皮膚刺激物質は、研究や確認が困難です。研究者の関心も惹きにくいです。パッチテストで確認しようとしても陰性だし、中止してすぐには回復しないため、因果関係があやふやな印象となるからです。女子医大の論文が、一般の学術雑誌ではなく、学内誌への掲載にとどまったのは、それもあってのことだったかもしれません。
さて、ここで、ステロイド皮膚症を考えてみます。ステロイドは強く炎症を抑える一方で、強力な角層破壊作用もあります。ですから、Bが当てはまります。言い換えると、ステロイドから抗炎症作用を取り、角層破壊機序を強くしてやると、オロナイン皮膚症類似になるのだろうと私は推測します。
「ステロイド以外にも、保湿剤などを連用すると、中止に伴いリバウンド様の悪化をみたのち回復することがある」という臨床的観察の説明にもなります。すなわち、保湿剤には、皮膚保護作用という良い面がありますが(ステロイドの抗炎症作用にあたる)、その一方で、保湿剤に含まれる界面活性剤などの角層破壊機序を有する物質によって、気がつかないうちに皮膚は傷害を受けている可能性があり、中止とともにその側面が顕在化したのち、オロナイン皮膚症が数ヶ月と遷延しつつ自然治癒したように、回復するのかもしれません。
Dr.Corkも2009年の論文の中で、外因性のバリア破壊物質として、「Soap and detergents(石鹸や界面活性剤), Exogenous proteases(黄色ブドウ球菌が産生するプロテアーゼ), TCS(ステロイド外用剤)」と、石鹸や界面活性剤を、ステロイド外用剤と同列に挙げています(→こちら)。
また、破壊された角層が、再び秩序を取り戻すまでの自然経過に数ヶ月を要するいちばんわかりやすい例は、下腿の貨幣状湿疹であろうと、わたしは思います。貨幣状湿疹は、乾燥(冬)と加齢によって、角層が脆弱になって生じる典型的な皮膚炎であるからです。
実は、たまたま知人から「少し変わったリバウンド経過を辿っている患者がいるので意見を聞かせてほしい。」と写真を見せてもらいました。「炎症が乏しく乾燥が強くて、昔の『オロナイン皮膚炎』みたいだなあ。」と私は感じて、オロナイン皮膚炎の文献を読み直した次第です。その患者は非常に多量の保湿剤を外用していたそうなので、その保湿剤の何らかの成分(オロナインではありません)が、慢性の角層破壊機序の原因となっていて、中止とともにリバウンド様の悪化を起こしたのではないかと推測しました。
ご自身のステロイド皮膚症やリバウンドに取り組むに当たって、今自分がどういう流れの中にあるのか、は、しばしば見えなくなって不安が高まるものです。こういった「考え方」は、そんな中で状況を推察し、戦略を考えるときに、有用だと思います。ご参考になりましたら幸甚です。
ーーーーーーーーーー
※付記 貨幣状湿疹のところで「冬の乾燥が角層によくない」と記しましたが、メカニズムと対処法の基本を少し記しておこうと思います。
Bの経過をとる皮膚刺激物質は、研究や確認が困難です。研究者の関心も惹きにくいです。パッチテストで確認しようとしても陰性だし、中止してすぐには回復しないため、因果関係があやふやな印象となるからです。女子医大の論文が、一般の学術雑誌ではなく、学内誌への掲載にとどまったのは、それもあってのことだったかもしれません。
さて、ここで、ステロイド皮膚症を考えてみます。ステロイドは強く炎症を抑える一方で、強力な角層破壊作用もあります。ですから、Bが当てはまります。言い換えると、ステロイドから抗炎症作用を取り、角層破壊機序を強くしてやると、オロナイン皮膚症類似になるのだろうと私は推測します。
「ステロイド以外にも、保湿剤などを連用すると、中止に伴いリバウンド様の悪化をみたのち回復することがある」という臨床的観察の説明にもなります。すなわち、保湿剤には、皮膚保護作用という良い面がありますが(ステロイドの抗炎症作用にあたる)、その一方で、保湿剤に含まれる界面活性剤などの角層破壊機序を有する物質によって、気がつかないうちに皮膚は傷害を受けている可能性があり、中止とともにその側面が顕在化したのち、オロナイン皮膚症が数ヶ月と遷延しつつ自然治癒したように、回復するのかもしれません。
Dr.Corkも2009年の論文の中で、外因性のバリア破壊物質として、「Soap and detergents(石鹸や界面活性剤), Exogenous proteases(黄色ブドウ球菌が産生するプロテアーゼ), TCS(ステロイド外用剤)」と、石鹸や界面活性剤を、ステロイド外用剤と同列に挙げています(→こちら)。
また、破壊された角層が、再び秩序を取り戻すまでの自然経過に数ヶ月を要するいちばんわかりやすい例は、下腿の貨幣状湿疹であろうと、わたしは思います。貨幣状湿疹は、乾燥(冬)と加齢によって、角層が脆弱になって生じる典型的な皮膚炎であるからです。
実は、たまたま知人から「少し変わったリバウンド経過を辿っている患者がいるので意見を聞かせてほしい。」と写真を見せてもらいました。「炎症が乏しく乾燥が強くて、昔の『オロナイン皮膚炎』みたいだなあ。」と私は感じて、オロナイン皮膚炎の文献を読み直した次第です。その患者は非常に多量の保湿剤を外用していたそうなので、その保湿剤の何らかの成分(オロナインではありません)が、慢性の角層破壊機序の原因となっていて、中止とともにリバウンド様の悪化を起こしたのではないかと推測しました。
ご自身のステロイド皮膚症やリバウンドに取り組むに当たって、今自分がどういう流れの中にあるのか、は、しばしば見えなくなって不安が高まるものです。こういった「考え方」は、そんな中で状況を推察し、戦略を考えるときに、有用だと思います。ご参考になりましたら幸甚です。
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※付記 貨幣状湿疹のところで「冬の乾燥が角層によくない」と記しましたが、メカニズムと対処法の基本を少し記しておこうと思います。
赤は気温で、暖房などで上昇します。すると相対湿度(一定量の空気中が保持しうる飽和水蒸気量の何%が実際にその空気中に含まれているか)は低下します。なぜなら、気温が上がると、空気が保持しうる飽和水蒸気量は増えるが、水蒸気の絶対量(絶対湿度)は変わらないからです。すると、空気は、皮膚から水分を奪う方向に働いて、脱水された角層はダメージを受けます。
「保湿」というと、皆さん、保湿剤やクリームといった塗り物をイメージされるかもしれませんが、実はいちばん肌に優しく効果的な保湿は、空気中の相対湿度の調整です。たとえばですが、私のクリニックは26坪ほどの小さな空間ですが、毎年冬になると、写真のような加湿器を3台使って相対湿度を調整します。各部屋には小さな温湿度計が置いてあり(写真右)、相対湿度が40%を切らないように加湿器を運転します。うちのクリニックの場合3台でちょうど良いですが、足らなければ増やせばよいし、あるいは、暖房温度を上げすぎないようにするという手もあります。 家庭ではすぐに実行可能ですし、職場などでも、理解協力が得られるところであれば、心がけるに越したことはないでしょう。私のクリニックはアトピーや乾燥肌のかたがいらっしゃるというわけではないですが、肌に負担の無い空気と言うのは、心地良いものです。
環境調整、自然の力で治す、自然治癒に導くということは、決して科学的思考と相容れないものではありません。むしろ科学的思考を駆使して厳しい自然を使いこなすということです。これから冬になります。賢く対処して乗り切ってください。
「保湿」というと、皆さん、保湿剤やクリームといった塗り物をイメージされるかもしれませんが、実はいちばん肌に優しく効果的な保湿は、空気中の相対湿度の調整です。たとえばですが、私のクリニックは26坪ほどの小さな空間ですが、毎年冬になると、写真のような加湿器を3台使って相対湿度を調整します。各部屋には小さな温湿度計が置いてあり(写真右)、相対湿度が40%を切らないように加湿器を運転します。うちのクリニックの場合3台でちょうど良いですが、足らなければ増やせばよいし、あるいは、暖房温度を上げすぎないようにするという手もあります。 家庭ではすぐに実行可能ですし、職場などでも、理解協力が得られるところであれば、心がけるに越したことはないでしょう。私のクリニックはアトピーや乾燥肌のかたがいらっしゃるというわけではないですが、肌に負担の無い空気と言うのは、心地良いものです。
環境調整、自然の力で治す、自然治癒に導くということは、決して科学的思考と相容れないものではありません。むしろ科学的思考を駆使して厳しい自然を使いこなすということです。これから冬になります。賢く対処して乗り切ってください。
「加湿器」にもいろいろありますが・・モクモクと白い煙が立ち上るものは正しい加湿器ではないので避けましょう。水蒸気と言うのは透明です。白い煙は微小な水滴であって水蒸気ではありません。結露のもと(というか結露そのもの)なので、かえって室内環境汚染のもととなります。正しい加湿器による加湿は目には見えません。相対湿度を測って、運転前後で値が上昇することによってのみ、加湿されたことがわかります。
2010.10.29
2010.10.29