シクロスポリンの血中濃度の重要性
Dual mechanisms of potentiation of murine antigen-specific IgE production by cyclosporin A in vitro.Swey-Shen Alex Chen, Qing Li, Eric Pearlman, Wen-Hua Chen THE JOURNAL OF IMMUNOLOGY Vol. 149.762-767. No.3 August 1992
シクロスポリンには、血中濃度のある幅においては、IgE産生促進的に働くこと、そのため、中止後にリバウンド(投薬開始時よりも悪化)するケースの報告があること、を、前々章で記しました。この「血中濃度のある幅においては、IgE産生促進的に働く」というのは、医者としては、非常に興味深い現象です。メカニズムはどうなっているのでしょうか?そこのところを調べていて見つけた論文です。ステロイド外用剤によるリバウンドを考える上でも参考になるかもしれません。
論文は、マウスを用いた動物実験です。あらかじめKLHという物質で感作したマウスの脾臓(Spleen)からリンパ球を取り出し培地に移し、KLHで刺激してやると、KLH特異的IgEを表面に結合したリンパ球(EPε)が増加します。EPε細胞の数で、IgE産生亢進の程度を見ているわけです。そこにシクロスポリン(CsA)を加えておくと、CsA濃度3~10ng/mlではEPε細胞が増加しますが、30ng/ml以上になると減少します(下図A)。
シクロスポリンには、血中濃度のある幅においては、IgE産生促進的に働くこと、そのため、中止後にリバウンド(投薬開始時よりも悪化)するケースの報告があること、を、前々章で記しました。この「血中濃度のある幅においては、IgE産生促進的に働く」というのは、医者としては、非常に興味深い現象です。メカニズムはどうなっているのでしょうか?そこのところを調べていて見つけた論文です。ステロイド外用剤によるリバウンドを考える上でも参考になるかもしれません。
論文は、マウスを用いた動物実験です。あらかじめKLHという物質で感作したマウスの脾臓(Spleen)からリンパ球を取り出し培地に移し、KLHで刺激してやると、KLH特異的IgEを表面に結合したリンパ球(EPε)が増加します。EPε細胞の数で、IgE産生亢進の程度を見ているわけです。そこにシクロスポリン(CsA)を加えておくと、CsA濃度3~10ng/mlではEPε細胞が増加しますが、30ng/ml以上になると減少します(下図A)。
上図Bは、培地にKLHを加えてからEPε細胞が最多になるまでには7日間かかることを示しています。CsAを10ng/ml加えた場合にも、この日数は変わらないようです。
上図Aは、この現象がIgEを表面に持つリンパ球であるEPε細胞でみられるが、IgAを表面に持つリンパ球であるEPα細胞ではみられないことを示しています。
上図Bは、培養上清のIL-2・IL-4を、測定した結果です(このころは、ELISAで直接サイトカインを測ることがまだ出来なかったのか、HT2細胞に検体を加えて、さらに抗IL-2抗体・IL-4抗体を加えてHT2細胞の増殖が抑えられる程度を見ることで間接的に測定していたようです。そのため単位がCPMになっています。たとえば、IL-2の値は、”non-antibody”と”anti-IL-2”との差で表されるということだと思われます)。
上図CはIFNγを測定した結果です。CsAを10ng/ml加えると、IL-2・IL-4は上昇するが、IFNγは低下することがわかります。論文をここまで読むと、IgE産生亢進は、これらのサイトカインを介した現象かもしれない、と思います。
上図Bは、培養上清のIL-2・IL-4を、測定した結果です(このころは、ELISAで直接サイトカインを測ることがまだ出来なかったのか、HT2細胞に検体を加えて、さらに抗IL-2抗体・IL-4抗体を加えてHT2細胞の増殖が抑えられる程度を見ることで間接的に測定していたようです。そのため単位がCPMになっています。たとえば、IL-2の値は、”non-antibody”と”anti-IL-2”との差で表されるということだと思われます)。
上図CはIFNγを測定した結果です。CsAを10ng/ml加えると、IL-2・IL-4は上昇するが、IFNγは低下することがわかります。論文をここまで読むと、IgE産生亢進は、これらのサイトカインを介した現象かもしれない、と思います。
上図Aは、KLHを培地に加えてから、シクロスポリンを加えるまでに日数を置いたときの、EPε細胞の増加をみたものです。抗原刺激から2日後にシクロスポリンが添加されると、IgE産生がもっとも亢進するようです。ところが、IFNγの産生をもっとも抑制するのは、抗原刺激から4日後にシクロスポリンを加えたときのようで、IL-4に関しては、シクロスポリン投与のタイミングとは関係なくほぼ一定のようです。IFNγやIL-4はたしかにシクロスポリン10ng/ml添加によって変化するし、それはIgE産生亢進方向へと働くものなのですが、経時的変化を考えると、EPε細胞の増加には、IFNγやIL-4以外のメカニズムが働いていそうです。
上表は、Group1~8の8つの培養系の結果です。11B11というのは、抗IL-4抗体のことです。LPSは、非特異的にIgE産生を亢進させる物質です。Group2とGroup4を比べると、LPSによる非特異的なIgE産生を、CsAは増幅させないようです。Group5とGroup6でわかるように、あくまで抗原特異的IgEの産生を亢進させます。Group5~8から、抗IL-4抗体の添加によってCsAの作用は阻害されないことがわかります。
上表のGroup1~5から、抗IL-4抗体(11B11)は、KLHによる抗原特異的IgE,IgG1,IgAをともに抑制することがわかります。Group6は、これにCsAを加えたもので、EPγ1細胞(IgG1)・EPα細胞(IgA)は抑制されたままですが、EPε細胞は著増しています。シクロスポリン10ng/ml添加は、抗原特異的IgEのみをIL-4非依存性に増加させます。
駄目押しで、Group7では、ラットIgGを添加して培養しています。ラットIgG中には、抗IL-4のみならず、様々な抗マウス血清が含まれているでしょうから、結局CsAの作用は、サイトカインなどの分子を介することなく、IgE特異抗体を産生するB細胞に直接働いていそうです。
駄目押しで、Group7では、ラットIgGを添加して培養しています。ラットIgG中には、抗IL-4のみならず、様々な抗マウス血清が含まれているでしょうから、結局CsAの作用は、サイトカインなどの分子を介することなく、IgE特異抗体を産生するB細胞に直接働いていそうです。
上表のAは、あらかじめKLHで感作しておいたマウス脾臓のリンパ球を、一晩KLHやCsAと接触させた後、よく洗浄して、さらに7日間培養したのちの、EPα・EPε細胞です。CsA低濃度ではEPεが著増しますが、高濃度になるとEPα・EPε細胞とも抑制されています。
上表BのPECとは、マウス腹腔から採取したマクロファージ(抗原呈示細胞)です。これを一晩KLHやCsAと接触させた後、よく洗浄して、脾臓細胞の培養系に加えてやります。すると、EPε細胞・EPα細胞ともにCsA低濃度で産生亢進していることがわかります。シクロスポリン10ng/ml添加は、抗原呈示細胞に働いて、抗原特異的IgEを増加させるようです。
上表BのPECとは、マウス腹腔から採取したマクロファージ(抗原呈示細胞)です。これを一晩KLHやCsAと接触させた後、よく洗浄して、脾臓細胞の培養系に加えてやります。すると、EPε細胞・EPα細胞ともにCsA低濃度で産生亢進していることがわかります。シクロスポリン10ng/ml添加は、抗原呈示細胞に働いて、抗原特異的IgEを増加させるようです。
次に、こんどは、B細胞のみを取り出して、KLHとCsAとに18時間接触させたのち、洗浄して、KLHでプライミング(感作)しておいたT細胞とともに培養します。CsAがB細胞に直接作用しているかどうか?を確認する実験です。上表Aのように低濃度(3ng/ml)のシクロスポリン添加で、EPε細胞は増加しており、そのときのIL-2,IL-4,IHFγはまったく変化がありません(T細胞には何も操作していないのだから当然です)。シクロスポリン3ng/ml添加は、B細胞に直接働いて、抗原特異的IgEを増加させることが明瞭に示されました。
ここまでの話をまとめます。シクロスポリンは低濃度(3~10ng/ml)で抗原特異的IgE産生促進に働きますが、その経路には二つあるようです。一つは、論文のはじめのほうの実験で示されているように、IL-2,4を増加させIFNγを低下させることによる、サイトカインを介しての経路です。もう一つは、論文の後半で示されているような、T細胞やサイトカインを介さずに、直接マクロファージなどの抗原呈示細胞やB細胞に働きかける経路です。おさらいのために下図をご参照ください。
ここまでの話をまとめます。シクロスポリンは低濃度(3~10ng/ml)で抗原特異的IgE産生促進に働きますが、その経路には二つあるようです。一つは、論文のはじめのほうの実験で示されているように、IL-2,4を増加させIFNγを低下させることによる、サイトカインを介しての経路です。もう一つは、論文の後半で示されているような、T細胞やサイトカインを介さずに、直接マクロファージなどの抗原呈示細胞やB細胞に働きかける経路です。おさらいのために下図をご参照ください。
抗原刺激は、まずマクロファージなどの抗原呈示細胞に伝わります。最初(感作時)は、これがますT細胞へと伝えられ、間接的にB細胞へと伝わります。このときにはサイトカインが関与するので、第一の経路である「IL-2,4を増加させIFNγを低下」が影響します。 次に抗原刺激が加わったときには、抗原呈示細胞からの情報は直接B細胞に伝わります(体液性免疫)。このとき、シクロスポリンの低用量投与は、直接、抗原呈示細胞およびB細胞に作用して特異的IgE産生亢進に働きます。
これらの情報から得られる教訓ですが、アトピー性皮膚炎へのシクロスポリン治療にあたっては、血中濃度が低い状態(3~30ng/ml)が続くという状況は絶対に避けなければなりません。血中濃度はすみやかに治療域濃度に到達するようにきちんと服薬する必要があります。ステロイドの場合は、塗ったり塗らなかったり、飲んだり飲まなかったりのほうが、依存に陥りにくいという意味で良いとも言えるのですが、シクロスポリンの場合はそうはいかないようです。
なおかつ、シクロスポリンは、高濃度が続いて、腎臓や血圧に悪影響をきたすことがあります。とくに腎機能へは非可逆的な障害をきたすので、とにかく血中濃度やクレアチニン値などを、定期的に検査し続ける必要があります。
また、シクロスポリン低用量服薬していると、IL-2,4が増加しIFNγが低下していますから、アレルゲン暴露に対し、感作を受けやすい可能性があります。この点、以前紹介した、「ステロイド吸入しているとアレルゲン感作を受けやすい」という喘息の論文や、「心臓移植後シクロスポリンの投与を受けている児はアトピー性皮膚炎を発症しやすい」という報告にもつながると思います。
まとめのまとめですが、シクロスポリンは、治療域が非常に狭く、上手に使えば有用なのでしょうが、患者も医者も、両者が細かくきちんとした性格の人でなければ、地雷を踏みそうな気がします・・。もしあなたが患者であれば、自分自身の性格を鑑みて、なおかつ、担当医が定期的血液検査をおろそかにしない慎重なタイプの皮膚科医であることを確認したうえで、服用するなら服用するとよいと思います。
何回か前に書きましたが、リバウンド期をやりすごし、ステロイド依存の表皮バリア破壊が回復するまでの一時的使用としての有用性の可能性を、わたしは否定はしません。
2009.10.22
これらの情報から得られる教訓ですが、アトピー性皮膚炎へのシクロスポリン治療にあたっては、血中濃度が低い状態(3~30ng/ml)が続くという状況は絶対に避けなければなりません。血中濃度はすみやかに治療域濃度に到達するようにきちんと服薬する必要があります。ステロイドの場合は、塗ったり塗らなかったり、飲んだり飲まなかったりのほうが、依存に陥りにくいという意味で良いとも言えるのですが、シクロスポリンの場合はそうはいかないようです。
なおかつ、シクロスポリンは、高濃度が続いて、腎臓や血圧に悪影響をきたすことがあります。とくに腎機能へは非可逆的な障害をきたすので、とにかく血中濃度やクレアチニン値などを、定期的に検査し続ける必要があります。
また、シクロスポリン低用量服薬していると、IL-2,4が増加しIFNγが低下していますから、アレルゲン暴露に対し、感作を受けやすい可能性があります。この点、以前紹介した、「ステロイド吸入しているとアレルゲン感作を受けやすい」という喘息の論文や、「心臓移植後シクロスポリンの投与を受けている児はアトピー性皮膚炎を発症しやすい」という報告にもつながると思います。
まとめのまとめですが、シクロスポリンは、治療域が非常に狭く、上手に使えば有用なのでしょうが、患者も医者も、両者が細かくきちんとした性格の人でなければ、地雷を踏みそうな気がします・・。もしあなたが患者であれば、自分自身の性格を鑑みて、なおかつ、担当医が定期的血液検査をおろそかにしない慎重なタイプの皮膚科医であることを確認したうえで、服用するなら服用するとよいと思います。
何回か前に書きましたが、リバウンド期をやりすごし、ステロイド依存の表皮バリア破壊が回復するまでの一時的使用としての有用性の可能性を、わたしは否定はしません。
2009.10.22