救世主プロトピック
Dosage and Adverse Effects of Topical Tacrolimus and Steroids in Daily Management of Atopic Dermatitis
M Furue, H Terao, Y Moroi, T Koga, Y Kubota, J Nakayama, F Furukawa, Y Tanaka, I Katayama,N Kinukawa, Y Nose and K Urabe The Journal of Dermatology Vol. 31: 277–283, 2004
前章・前々章で、古江先生の2003年の論文を紹介しましたが、本論文は、その続報といってもいいものです。 対象は、16才以上の患者215名で、2003年の論文は、プロトピック市販前でしたが、今回の論文はプロトピック市販後で、ステロイド外用剤にプロトピックを併用することで、6ヶ月間の治療成績は、下記のようになりました。
M Furue, H Terao, Y Moroi, T Koga, Y Kubota, J Nakayama, F Furukawa, Y Tanaka, I Katayama,N Kinukawa, Y Nose and K Urabe The Journal of Dermatology Vol. 31: 277–283, 2004
前章・前々章で、古江先生の2003年の論文を紹介しましたが、本論文は、その続報といってもいいものです。 対象は、16才以上の患者215名で、2003年の論文は、プロトピック市販前でしたが、今回の論文はプロトピック市販後で、ステロイド外用剤にプロトピックを併用することで、6ヶ月間の治療成績は、下記のようになりました。
ステロイド外用剤単独の治療成績は下表でしたから、確かに改善していると言えます。コントロール不良群の比率は19%から6%に減りました。「不変・悪化」群の比率でみても、50%から18%と低下しています。
わたしは、この結果は、患者にとても現場の医師にとっても、喜ばしいことであると、素直に評価したいと思います。プロトピック軟膏と言うのは、ステロイド外用剤ほどの歴史はありませんが、ステロイドのように、長期連用で皮膚の萎縮をきたし、バリア機能が破壊されてリバウンドが起きやすくなるといった作用が無さそうだからです。
ただし、私の仲間の脱ステ医たちの間では、否定的な意見が多いです。私自身は、プロトピックの臨床使用の経験が少ないまま、皮膚科を離れてしまったので、プロトピックがどのくらい脱ステロイドに役立つか、ステロイドに置き換わる対症療法薬として有用か、の実感がありません。論文や、信頼できる仲間からの情報を頼りに判断するしかないです。
脱ステ医仲間の意見が否定的な理由には、大きなものとして二つあるようでした。一つは、プロトピックで抑えても、止めればまたリバウンドが生じるという経験です。二つ目は、動物実験で発癌性が確認されており、長期投与が不安である、という点です。ほかにも、「脱保湿」を重視する立場からは、外用剤であるというだけで、表皮バリア機能の回復を遅らすという意見もありました。
一つ目の評価は難しいところです。なぜならステロイド依存状態からプロトピックに置き換えても、ステロイドによる表皮バリア破壊やTh2系リンパ球の活性化が、自然治癒という形でおさまるまでは、プロトピックを中止すれば、当然リバウンドが起こると考えられるからです。プロトピック単独でリバウンドが生じるのか(ステロイドのような依存性があるか)を判断するには、最初からステロイドを使うことなく、プロトピックだけで皮疹をコントロールした患者の長期経過をみなければわかりません。また、ステロイド依存からの離脱をプロトピックが妨げているのではないかという危惧もあります。わたしの知人の脱ステ医には、「プロトピックを使っていると離脱や自然治癒が遅れる」という印象を述べる先生が複数いらっしゃいます。これは、ステロイド離脱後、プロトピックを使用した患者と使用しなかった患者との両群の比較研究をしなければわかりません。しかし、そのような研究が無い以上、臨床医として信頼できる彼らの意見は貴重です。
二つ目の発癌性については、たしかに実験的に確認されてはいるのですが、実際に患者の発癌リスクが本当に増えるかは、また別問題だと思います。というのは、コールタールにも発癌性はありますが、コールタールの外用療法によって臨床的に発癌リスクが高まったという報告は、長いコールタール外用療法の歴史にもかかわらず無いからです。ただし、プロトピックの発売は1999年ですから、歴史はまだ10年と浅いです。
このように、プロトピックへの評価は、脱ステ医の間で議論があります。もし、プロトピックにステロイドのような依存性が本当に無いのであれば、現時点では、依存性が確認されているステロイドよりは余程ましだと、わたし個人は考えます。
ステロイドは使うとしても短期間に抑えるべきだという意見だけは、わたしも他の脱ステ医の先生たちも異論がないところです。依存も発癌性も、長期連用にかかわる有害事象です。ステロイドは依存性があるので、長期使用には絶対的に向きません。プロトピックについては、今のところ明確な副作用が生じていないようなので、わたしと他の脱ステの先生方との間で、意見が割れるのだと思います。
2004年の治療ガイドライン修正以後、アトピー性皮膚炎の外用療法として、プロトピックの比重が大きくなっています。ステロイド依存例を減らすという方向性に合致するという意味で、わたしはこれを評価したいと思います。 しかし、そのことを、患者たちに説得力をもって伝えるためには、ステロイド外用剤のもつ依存性やリバウンドと言う現象を、包み隠さず情報発信する必要があると思います。そうでなければ、プロトピックについても、ステロイド外用剤に関してSteroid addictionを皮膚科医が隠していたように、何か有害事象が隠されているのではないか?という疑心暗鬼を生むことでしょう。
2004年の論文では、ステロイドをプロトピックに置き換えていくことで、Steroid addictionの皮膚兆候である、皮膚萎縮や毛細血管拡張といった、いわゆるステロイド外用剤による古典的副作用が、軽減するかどうかも検討されています。 これは脱ステロイドの観点からも興味深いです。なぜなら、Steroid addiction(ステロイド依存)やリバウンドは、まさに皮膚萎縮や毛細血管拡張と関連しているからです。ステロイド外用剤の古典的副作用である皮膚萎縮や毛細血管拡張が改善されるなら、プロトピック外用を続けているうちにステロイド依存から回復する可能性があることを示唆します。
215人の患者の中には、顔面の毛細血管拡張が、6ヶ月のstudy開始時には存在したが、study終了時には減少していた群(”Reduced”group)と、減少していなかった群(”Unreduced” group)とがありました。それぞれを、プロトピック(Tacrolimus)使用量、強いステロイド(strongest + very strong + strong)使用量、弱いステロイド(mild + weak)使用量という3つの要因について比較してみると、下表のようでした。
ただし、私の仲間の脱ステ医たちの間では、否定的な意見が多いです。私自身は、プロトピックの臨床使用の経験が少ないまま、皮膚科を離れてしまったので、プロトピックがどのくらい脱ステロイドに役立つか、ステロイドに置き換わる対症療法薬として有用か、の実感がありません。論文や、信頼できる仲間からの情報を頼りに判断するしかないです。
脱ステ医仲間の意見が否定的な理由には、大きなものとして二つあるようでした。一つは、プロトピックで抑えても、止めればまたリバウンドが生じるという経験です。二つ目は、動物実験で発癌性が確認されており、長期投与が不安である、という点です。ほかにも、「脱保湿」を重視する立場からは、外用剤であるというだけで、表皮バリア機能の回復を遅らすという意見もありました。
一つ目の評価は難しいところです。なぜならステロイド依存状態からプロトピックに置き換えても、ステロイドによる表皮バリア破壊やTh2系リンパ球の活性化が、自然治癒という形でおさまるまでは、プロトピックを中止すれば、当然リバウンドが起こると考えられるからです。プロトピック単独でリバウンドが生じるのか(ステロイドのような依存性があるか)を判断するには、最初からステロイドを使うことなく、プロトピックだけで皮疹をコントロールした患者の長期経過をみなければわかりません。また、ステロイド依存からの離脱をプロトピックが妨げているのではないかという危惧もあります。わたしの知人の脱ステ医には、「プロトピックを使っていると離脱や自然治癒が遅れる」という印象を述べる先生が複数いらっしゃいます。これは、ステロイド離脱後、プロトピックを使用した患者と使用しなかった患者との両群の比較研究をしなければわかりません。しかし、そのような研究が無い以上、臨床医として信頼できる彼らの意見は貴重です。
二つ目の発癌性については、たしかに実験的に確認されてはいるのですが、実際に患者の発癌リスクが本当に増えるかは、また別問題だと思います。というのは、コールタールにも発癌性はありますが、コールタールの外用療法によって臨床的に発癌リスクが高まったという報告は、長いコールタール外用療法の歴史にもかかわらず無いからです。ただし、プロトピックの発売は1999年ですから、歴史はまだ10年と浅いです。
このように、プロトピックへの評価は、脱ステ医の間で議論があります。もし、プロトピックにステロイドのような依存性が本当に無いのであれば、現時点では、依存性が確認されているステロイドよりは余程ましだと、わたし個人は考えます。
ステロイドは使うとしても短期間に抑えるべきだという意見だけは、わたしも他の脱ステ医の先生たちも異論がないところです。依存も発癌性も、長期連用にかかわる有害事象です。ステロイドは依存性があるので、長期使用には絶対的に向きません。プロトピックについては、今のところ明確な副作用が生じていないようなので、わたしと他の脱ステの先生方との間で、意見が割れるのだと思います。
2004年の治療ガイドライン修正以後、アトピー性皮膚炎の外用療法として、プロトピックの比重が大きくなっています。ステロイド依存例を減らすという方向性に合致するという意味で、わたしはこれを評価したいと思います。 しかし、そのことを、患者たちに説得力をもって伝えるためには、ステロイド外用剤のもつ依存性やリバウンドと言う現象を、包み隠さず情報発信する必要があると思います。そうでなければ、プロトピックについても、ステロイド外用剤に関してSteroid addictionを皮膚科医が隠していたように、何か有害事象が隠されているのではないか?という疑心暗鬼を生むことでしょう。
2004年の論文では、ステロイドをプロトピックに置き換えていくことで、Steroid addictionの皮膚兆候である、皮膚萎縮や毛細血管拡張といった、いわゆるステロイド外用剤による古典的副作用が、軽減するかどうかも検討されています。 これは脱ステロイドの観点からも興味深いです。なぜなら、Steroid addiction(ステロイド依存)やリバウンドは、まさに皮膚萎縮や毛細血管拡張と関連しているからです。ステロイド外用剤の古典的副作用である皮膚萎縮や毛細血管拡張が改善されるなら、プロトピック外用を続けているうちにステロイド依存から回復する可能性があることを示唆します。
215人の患者の中には、顔面の毛細血管拡張が、6ヶ月のstudy開始時には存在したが、study終了時には減少していた群(”Reduced”group)と、減少していなかった群(”Unreduced” group)とがありました。それぞれを、プロトピック(Tacrolimus)使用量、強いステロイド(strongest + very strong + strong)使用量、弱いステロイド(mild + weak)使用量という3つの要因について比較してみると、下表のようでした。
弱いステロイド(mild + weak)の使用量について、両群に有意差がありました。毛細血管拡張が改善していない群では、弱いステロイド(mild + weak)の使用量が多かったのです。もっとも、強いステロイドについて見ると、90%値で両者とも0ですから、ほとんどの患者においてそもそも強いステロイドは使われていなかった、ということでしょう。プロトピックの使用量に両群の差はありません。ということは、顔面の毛細血管拡張が改善したのは、プロトピックを多量に塗ったからではなく、6ヶ月間に使用したステロイド外用剤が少なかったからだと言えます。
下表は、肘窩の皮膚萎縮について、同様に検討した結果です。この場合は、両群で有意差が出ていないので、皮膚萎縮の改善が、ステロイド外用剤の6ヶ月間の使用量によるとは言えません。何かほかの要因を考えるべきということになります。
下表は、肘窩の皮膚萎縮について、同様に検討した結果です。この場合は、両群で有意差が出ていないので、皮膚萎縮の改善が、ステロイド外用剤の6ヶ月間の使用量によるとは言えません。何かほかの要因を考えるべきということになります。
古江先生は、2003のBJDの論文中でも、ロジスティック回帰分析に区分線形モデル(Piecewise linear model)という概念を加えた手法で、頬の毛細血管拡張、肘窩・膝窩の皮膚萎縮それぞれに関連した要因を探していらっしゃいます。
真ん中の肘窩の皮膚萎縮のところをみると、「年齢」(高いほど皮膚萎縮がある確率が高い)、「ステロイド外用期間」(9年までは年数が増えるほど皮膚萎縮がある確率が高い、9年を越えるとそうは言えなくなる)、「性」(男のほうが女より起きやすい)、「四肢体幹への6ヶ月間のステロイド(strongest + very strong + strong)使用総量」(500gを越えると量が増えるほど確率が上がる、500g未満ではそうではない)、といった結果が出ています。
2004年の論文の、肘窩の皮膚萎縮についての上表は、ステロイド総量(Total doses)のところを見ると、90%値で、”Reduced”groupが315.5g、”Unreduced”group 405gで、<500gです。有意差が出なかったのは、そのためかもしれません。「年齢」や、「ステロイド外用期間」で、両群比較してみると、有意差が出て、なおかつ前論文との整合性も良かったのではないでしょうか?
統計の話はどうしても解りにくい文章になりがちなのですが、まとめますと、
1)顔面の毛細血管拡張については、プロトピックを用いることでステロイド使用量が減って改善する傾向がある、
2)肘窩の皮膚萎縮については、プロトピックを使うことで改善する患者もいるが、それは直前6ヶ月間のステロイド使用量とは関係ない、他の要因(年齢やステロイド外用年数など)によるようだ、
ということです。
いずれにせよ、プロトピックを6ヶ月間用いることで、顔面の毛細血管拡張や、肘窩の皮膚萎縮が改善する例があることはあるようです。
2009.10.22
2004年の論文の、肘窩の皮膚萎縮についての上表は、ステロイド総量(Total doses)のところを見ると、90%値で、”Reduced”groupが315.5g、”Unreduced”group 405gで、<500gです。有意差が出なかったのは、そのためかもしれません。「年齢」や、「ステロイド外用期間」で、両群比較してみると、有意差が出て、なおかつ前論文との整合性も良かったのではないでしょうか?
統計の話はどうしても解りにくい文章になりがちなのですが、まとめますと、
1)顔面の毛細血管拡張については、プロトピックを用いることでステロイド使用量が減って改善する傾向がある、
2)肘窩の皮膚萎縮については、プロトピックを使うことで改善する患者もいるが、それは直前6ヶ月間のステロイド使用量とは関係ない、他の要因(年齢やステロイド外用年数など)によるようだ、
ということです。
いずれにせよ、プロトピックを6ヶ月間用いることで、顔面の毛細血管拡張や、肘窩の皮膚萎縮が改善する例があることはあるようです。
2009.10.22