アトピー性皮膚炎の乳幼児の敗血症について
前回、アトピー性皮膚炎の乳幼児の脱水症について記しました。もうひとつ、敗血症についてもまとめておこうと思います。同じく生命に危険を及ぼすような合併症であるからです。 敗血症というのは、細菌感染症のひとつです。細菌感染症には、(1)皮膚表面にのみ感染する場合(とびひなど)と、(2)血中に入って全身反応を起こし、内臓にダメージを与えるもの、とがあります。敗血症は(2)です。
アトピー性皮膚炎での敗血症の悲劇は、ときどき新聞に載ります。
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「殺人容疑:7カ月の長男受診させず 宗教法人職員夫婦逮捕」 毎日新聞 - 2010年1月14日
福岡県警は13日、衰弱した生後7カ月の長男を受診させず殺害したとして、いずれも宗教法人職員の容疑者(32)と妻(30)を殺人容疑で逮捕した。県警によると、自然治癒による回復を教えとする宗教の信者で、手かざしなどによる「浄霊」と呼ばれる方法で治そうとしていた。「医療行為を受けさせればよかったと後悔している」と、大筋で容疑を認めているという。
逮捕容疑は、アトピー性皮膚炎を発症した長男に適切な診療を受けさせず、昨年10月9日午後8時ごろ、感染による敗血症で死亡させたとしている。
県警によると、長男は母乳などの食事は与えられていたが、アトピー性皮膚炎で衰弱し、食事がとれない状態だったという。県警は治療を受けさせなかったことが死亡につながったと判断し、殺人容疑での逮捕に踏み切った。
同10月9日夜、長男の意識がもうろうとしていることに気付いた容疑者が119番したが、搬送先の病院で死亡が確認された。死亡時の体重は通常の乳児の半分程度の4・3キロしかなく、アトピーで体の皮膚の多くがはがれた状態だった。病院が診療を故意に受けさせない「医療ネグレクト」の可能性があるとして県警に通報した。
容疑者は調べに対し「病院に行こうと思ったが判断が遅れ、見殺しにしてしまった」と供述している。容疑者は「自分も母親に同じように育てられており、自然の力で絶対に治ると思った」と話しているという。
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もうひとつ、成人患者ですが、
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「アトピー施術で娘死亡」除霊診断の美容サロンを提訴 千葉の夫妻 時事ニュース- 2010年12月5日
効果のない医薬品を販売するなどの不適切な施術でアトピー性皮膚炎を悪化させ、長女=当時(37)=を死亡させたとして、両親が、美容サロンを経営する薬剤師の親子に損害賠償を求め、千葉地裁に提訴した。
訴状によると、長女は「必ず良くなる」などと言われ、昨年8月から今年3月まで美容サロンに通院。健康食品などを購入し除霊を受けるなどしたが、次第に症状が悪化し、3月24日に敗血症性ショックで死亡した。
美容サロンには、効果のない健康食品を販売して無意味な施術をしたほか「魂の病気」などと診断して除霊を勧め、医療機関の受診を妨げるなどの不法行為があったと主張している。
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どちらも、アトピー性皮膚炎患者に敗血症が起こったケースです。
この二つに共通する問題点は何でしょうか?それは、敗血症を起こしていることに気が付かず、医療機関への受診が遅れたこと、その一点です。
福岡のケースは「医療ネグレクト」が疑われています。わが子のためにステロイド忌避の道を選び、しかし受け入れてくれる脱ステ系の病医院が近くに無く、やむを得ず医療機関にかからずにアトピー児を育てているお母さんお父さんがたは、このニュースに接して戦慄を覚えたのではないでしょうか?
1)うちの子も敗血症を起こして死んでまうのだろうか?
2)もしそうなったら自分たちは「医療ネグレクト」の両親として社会に糾弾されるのだろうか?
そうならないように何をしておけばよいのか、を、お伝えしたいと考えて、私は今回の記事を書いています。
1)敗血症の兆候・初期症状を知っておくこと。
2)もし、疑いがあったら、病医院の受診をためらわないこと。
3)できれば、遠方であっても、半年に一度でも一年に一度でもいいから、脱ステに理解のある病医院を受診しておくこと。
この3つに努めてください。
2)について、近所の病院やクリニックの先生のところに行けば、ステロイドを外用してスキンケアをしていないことを叱られて、むりやり外用させられる、そんな嫌な思いをしたくない、という気持ちはわかります。しかし、先日記した脱水症と同じく、敗血症の治療は、アトピーの治療やステロイド使用の是非に優先します。
仮に、受診先の小児科の先生が、依存や忌避に関する理解や知識が乏しく、「ステロイドの外用は必要だ」という意見であったならば、一時的にはそれに従ってください。全身状態が落ち着いてから、また、ステロイドの減量・離脱に努めればよいです。一時的にステロイドを外用したからといって、それまでの努力が元の木阿弥になってしまうわけではありませんし、一時的にステロイドを使用したからといって、即、依存になってしまうわけでもありません。
脱水や敗血症の治療をステロイド外用を行わずにすることは十分可能です。しかし、乳児が敗血症に陥ってしまった場合に、脱ステロイドにこだわって治療を遅らせることは、益よりも害のほうが大きいです。目の前の担当の先生に頭を下げて、まずは危機から脱出してください。
3)は、親御さんが「医療ネグレクト」視されないための対策です。敗血症の疑いで近所の病院にかけこんだときに、「皮膚科にかかっていなかったんですか?」と問われたら、「〇病院の△先生に診てもらっています。その先生はステロイドをあまり使わない方針なんです。」と答えれば、目の前の小児科の先生は、すくなくともあなたを「医療ネグレクト」の親だとは疑わなくなるでしょう。
患者の視点からは気が付かないと思いますが、医師、とくに小児科医は、親が患児を虐待してはいないか?に、常に気をつけています。もし虐待を受けている子どもがいたら、その子を救出することは、医師の義務だからです。ですから、「医療ネグレクト」と誤解されないように、平時から対策はしておいたほうがいいです。
3)の「敗血症の兆候・初期症状」について。もっとも重要なことなのですが、実はこれが非常にむつかしいのです。敗血症のガイドライン上は
「1.発熱あるいは低体温、2.頻脈、3.多呼吸、4.白血球増多または減少」のうち2つ以上を満たす場合
ということになっています。しかしこれだと、ちょっとした風邪や、あるいは先日記した脱水症でも頻脈と多呼吸をきたしますから、敗血症ということになってしまいます。ガイドラインの診断基準は、敗血症を見落とさないための大きな網のようなものだと考えてください。
上記1~3が認められた場合には、とりあえず小児科を受診し、診てもらってください。小児科の先生は、全体的な印象(機嫌、活発さ、呼吸の様子や脈の強さなど)から、「これはおかしい」と考えた場合に、4.の白血球の検査や抗生物質の処方、場合によっては経過観察のための入院を手配してくれるでしょう。この察知は小児科の先生でなければ難しいと思います。
「敗血症」という語には、怖い響きがありますが、上記のように間口の広い概念ですので、敗血症、あるいは敗血症の疑いと言われたからといって、パニックや過剰な悲観に陥らないように。敗血症は抗生物質の投与で後遺症なく治癒します。深刻なのは、「敗血症性ショック」や「多臓器不全」「DIC」などを合併してきた場合ですが、それでも早期に発見して治療すれば救命出来ます。
敗血症が進むと、血圧が下がったり、腎臓や血液に異常が生じてきます(敗血症性ショックや多臓器障害)。YouTubeに、アトピー児ではありませんが、敗血症性ショックの患児の動画がありました(→こちら)。指で押したあとの皮膚の赤みの戻りが2秒以上(Capillary refilling time=毛細血管再充満時間の遅延)なので、ショックに陥っていることがわかります。紫斑が生じていますが、これはおそらく、髄膜炎菌による「電撃性紫斑」というもので、血液に障害が及んでいる証拠です(紫斑そのものは敗血症ショックの症状ではありません)。このような状態になれば、さすがに小児科医でなくても緊急事態ということはわかります。
「アトピー、敗血症」で検索していて、なつかしい学会抄録を見つけました。
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敗血症とDICを合併したアトピー性皮膚炎の乳児例
伊藤浩明(国立名古屋病院小児科)
アレルギー 50(2・3), 327, 2001-03-30
【はじめに】乳児の重症アトピー性皮膚炎で、皮膚からの浸出液による低蛋白血漿は重篤な合併症であり、二次性の免疫不全状態として慎重な管理が必要とされる。
【症例】3ヶ月男児、生後1ヵ月より湿疹が出現し、蛋白加水分解乳を哺乳していたが、生後2ヵ月から体重減少を伴ったため紹介入院。WBC 25,200,好酸球40%,血小板79.5万,TP 4.27, Alb 1.53, IgG 233, IgE 1110, CAP-RAST ミルク 5, 卵白 1, 小麦 2, アミノ酸乳、イソジン消毒を含むスキンケア、アルブミン補充を開始していたが、入院12日目に発熱し、血液培養で日和見感染症の病原菌である Acinetobactor baumannli を検出した。WBC 103,200,好中球 84%, 血小板 6.4万, CRP 31.15, DICと心不全を合併した。ペントシリン,ガンマグロブリン,フロセミド,ドパミン等を使用して軽快した。酪酸ヒドロコルチゾンの外用で皮膚の浸出をコントロールする事で低蛋白血漿は改善し、約1ヶ月後には外用ステロイドは不要となった。退院後はカゼイン加水分解乳を使用し、野菜と低アレルゲン米から離乳食を開始して体重増加、発達ともに順調に経過観察中である。
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学会抄録が2001年に掲載されていますから、この症例は2000年頃のことでしょうか? 私は伊藤先生と同じく国立名古屋病院の勤務医(皮膚科)であったのですが2000年頃は心身ともに最悪な状況で、実のところこの頃のことは、よく覚えていないです。確か2000年の秋頃から数ヶ月病気休職しました。
伊藤先生と私の関係は悪くなかったです。伊藤先生は、私が取り組んでいた(というより、いつの間にか私の外来は、そういう患者たちばかりになってしまっていたというのが本当なのですが・・)ステロイド依存・ステロイド忌避の患者たちに対する診療に批判的ではありませんでした。そもそも温和な方でした。私が欝で休職していたときに私を気遣って、忙しい中時間をさいて大須の赤提灯に付き合ってもくれました。
もともと私は皮膚科医であって小児科医ではありませんから、乳児の食物アレルギーの具体的指導の知識は乏しいです。なので、わたしのところを受診したステロイド忌避の患児で、食物が悪化因子として関係していそうなケースは、全例伊藤先生に診てもらうことにして、院内紹介状を書いていました。伊藤先生の専門は食物アレルギーです。伊藤先生は、小児科の先生の常として(小児では忌避患者は多いが依存患者は少ないので)決してステロイド依存に詳しくはありませんでしたが、ステロイド忌避の患者にステロイドを強要するようなタイプの医者ではありませんでした。
ある日、伊藤先生から院内PHSで「至急相談したいことがある」と連絡がありました。
何だろう?と思って小児科の病棟に行くと、伊藤先生が、若手の先生とともに、深刻な顔をしていました。
「実は、先生(私のこと)も診ていた患者なんだけど、低蛋白で体重も少ないので、入院してアルブミン補充などしていたんだが、急に発熱して白血球も上がって敗血症の可能性が高い。DICの可能性もある。抗生剤で治療を開始したんだけど、基礎にあるのは、低蛋白血漿による免疫不全状態だから、少しでも早く血中蛋白を上げるため、ステロイドを外用して浸出液を抑えたい。ついては、先生からも、親御さんを説得してくれないか?」
という依頼でした。
私は、その頃、休職直前で、たぶんふらふらしていて、傍目にもおかしな様子だったと思うのですが、即座に答えました。「わかりました。いいですよ。」
それから、伊藤先生たち2人と私の3人で病室に行き、伊藤先生が親御さんに「深谷先生にも病状を説明して了解をとりました。いまから、お子さんにステロイドを塗りたいと思います。」といったことを伝え、私も「では、ステロイド依存というものに警鐘を鳴らしている私自身が、お手伝いさせていただきます」といった内容のことを言いながら、伊藤先生といっしょにステロイドを塗りました。
その後私は休職したり、いろいろあって、伊藤先生の学会発表までチェックしていなかったのですが、この学会抄録は、たぶんそのときの症例だと思います。
体調不良でふらふらではありましたが、間違いだけは起こしてはならないという意識は強く(→こちら)、判断力はむしろ研ぎ澄まされていたはずです。即座に「いいですよ」と答えたのは、伊藤先生の立場がよく理解できたからです。
このケース、あとから振り返ると、ステロイド外用なしに敗血症を乗り切ることも出来たのかもしれません。もしも私が主治医であったなら、あるいは阪南中央病院の佐藤先生たちなら、そうしたでしょう。しかし、伊藤先生はこう考えたのでしょう。入院させた患者が突然発熱して敗血症をきたした。その根底は低蛋白血症による免疫不全の可能性が強い。救命の確率を上げるためには、なんとしてでも少しでも蛋白質を上げたい。栄養も大切だが、漏出を食い止めることも同じく重要だ。ここは深谷先生に来てもらって、患児の親に納得してもらってステロイドを外用しよう。
アトピー性皮膚炎での敗血症の悲劇は、ときどき新聞に載ります。
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「殺人容疑:7カ月の長男受診させず 宗教法人職員夫婦逮捕」 毎日新聞 - 2010年1月14日
福岡県警は13日、衰弱した生後7カ月の長男を受診させず殺害したとして、いずれも宗教法人職員の容疑者(32)と妻(30)を殺人容疑で逮捕した。県警によると、自然治癒による回復を教えとする宗教の信者で、手かざしなどによる「浄霊」と呼ばれる方法で治そうとしていた。「医療行為を受けさせればよかったと後悔している」と、大筋で容疑を認めているという。
逮捕容疑は、アトピー性皮膚炎を発症した長男に適切な診療を受けさせず、昨年10月9日午後8時ごろ、感染による敗血症で死亡させたとしている。
県警によると、長男は母乳などの食事は与えられていたが、アトピー性皮膚炎で衰弱し、食事がとれない状態だったという。県警は治療を受けさせなかったことが死亡につながったと判断し、殺人容疑での逮捕に踏み切った。
同10月9日夜、長男の意識がもうろうとしていることに気付いた容疑者が119番したが、搬送先の病院で死亡が確認された。死亡時の体重は通常の乳児の半分程度の4・3キロしかなく、アトピーで体の皮膚の多くがはがれた状態だった。病院が診療を故意に受けさせない「医療ネグレクト」の可能性があるとして県警に通報した。
容疑者は調べに対し「病院に行こうと思ったが判断が遅れ、見殺しにしてしまった」と供述している。容疑者は「自分も母親に同じように育てられており、自然の力で絶対に治ると思った」と話しているという。
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もうひとつ、成人患者ですが、
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「アトピー施術で娘死亡」除霊診断の美容サロンを提訴 千葉の夫妻 時事ニュース- 2010年12月5日
効果のない医薬品を販売するなどの不適切な施術でアトピー性皮膚炎を悪化させ、長女=当時(37)=を死亡させたとして、両親が、美容サロンを経営する薬剤師の親子に損害賠償を求め、千葉地裁に提訴した。
訴状によると、長女は「必ず良くなる」などと言われ、昨年8月から今年3月まで美容サロンに通院。健康食品などを購入し除霊を受けるなどしたが、次第に症状が悪化し、3月24日に敗血症性ショックで死亡した。
美容サロンには、効果のない健康食品を販売して無意味な施術をしたほか「魂の病気」などと診断して除霊を勧め、医療機関の受診を妨げるなどの不法行為があったと主張している。
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どちらも、アトピー性皮膚炎患者に敗血症が起こったケースです。
この二つに共通する問題点は何でしょうか?それは、敗血症を起こしていることに気が付かず、医療機関への受診が遅れたこと、その一点です。
福岡のケースは「医療ネグレクト」が疑われています。わが子のためにステロイド忌避の道を選び、しかし受け入れてくれる脱ステ系の病医院が近くに無く、やむを得ず医療機関にかからずにアトピー児を育てているお母さんお父さんがたは、このニュースに接して戦慄を覚えたのではないでしょうか?
1)うちの子も敗血症を起こして死んでまうのだろうか?
2)もしそうなったら自分たちは「医療ネグレクト」の両親として社会に糾弾されるのだろうか?
そうならないように何をしておけばよいのか、を、お伝えしたいと考えて、私は今回の記事を書いています。
1)敗血症の兆候・初期症状を知っておくこと。
2)もし、疑いがあったら、病医院の受診をためらわないこと。
3)できれば、遠方であっても、半年に一度でも一年に一度でもいいから、脱ステに理解のある病医院を受診しておくこと。
この3つに努めてください。
2)について、近所の病院やクリニックの先生のところに行けば、ステロイドを外用してスキンケアをしていないことを叱られて、むりやり外用させられる、そんな嫌な思いをしたくない、という気持ちはわかります。しかし、先日記した脱水症と同じく、敗血症の治療は、アトピーの治療やステロイド使用の是非に優先します。
仮に、受診先の小児科の先生が、依存や忌避に関する理解や知識が乏しく、「ステロイドの外用は必要だ」という意見であったならば、一時的にはそれに従ってください。全身状態が落ち着いてから、また、ステロイドの減量・離脱に努めればよいです。一時的にステロイドを外用したからといって、それまでの努力が元の木阿弥になってしまうわけではありませんし、一時的にステロイドを使用したからといって、即、依存になってしまうわけでもありません。
脱水や敗血症の治療をステロイド外用を行わずにすることは十分可能です。しかし、乳児が敗血症に陥ってしまった場合に、脱ステロイドにこだわって治療を遅らせることは、益よりも害のほうが大きいです。目の前の担当の先生に頭を下げて、まずは危機から脱出してください。
3)は、親御さんが「医療ネグレクト」視されないための対策です。敗血症の疑いで近所の病院にかけこんだときに、「皮膚科にかかっていなかったんですか?」と問われたら、「〇病院の△先生に診てもらっています。その先生はステロイドをあまり使わない方針なんです。」と答えれば、目の前の小児科の先生は、すくなくともあなたを「医療ネグレクト」の親だとは疑わなくなるでしょう。
患者の視点からは気が付かないと思いますが、医師、とくに小児科医は、親が患児を虐待してはいないか?に、常に気をつけています。もし虐待を受けている子どもがいたら、その子を救出することは、医師の義務だからです。ですから、「医療ネグレクト」と誤解されないように、平時から対策はしておいたほうがいいです。
3)の「敗血症の兆候・初期症状」について。もっとも重要なことなのですが、実はこれが非常にむつかしいのです。敗血症のガイドライン上は
「1.発熱あるいは低体温、2.頻脈、3.多呼吸、4.白血球増多または減少」のうち2つ以上を満たす場合
ということになっています。しかしこれだと、ちょっとした風邪や、あるいは先日記した脱水症でも頻脈と多呼吸をきたしますから、敗血症ということになってしまいます。ガイドラインの診断基準は、敗血症を見落とさないための大きな網のようなものだと考えてください。
上記1~3が認められた場合には、とりあえず小児科を受診し、診てもらってください。小児科の先生は、全体的な印象(機嫌、活発さ、呼吸の様子や脈の強さなど)から、「これはおかしい」と考えた場合に、4.の白血球の検査や抗生物質の処方、場合によっては経過観察のための入院を手配してくれるでしょう。この察知は小児科の先生でなければ難しいと思います。
「敗血症」という語には、怖い響きがありますが、上記のように間口の広い概念ですので、敗血症、あるいは敗血症の疑いと言われたからといって、パニックや過剰な悲観に陥らないように。敗血症は抗生物質の投与で後遺症なく治癒します。深刻なのは、「敗血症性ショック」や「多臓器不全」「DIC」などを合併してきた場合ですが、それでも早期に発見して治療すれば救命出来ます。
敗血症が進むと、血圧が下がったり、腎臓や血液に異常が生じてきます(敗血症性ショックや多臓器障害)。YouTubeに、アトピー児ではありませんが、敗血症性ショックの患児の動画がありました(→こちら)。指で押したあとの皮膚の赤みの戻りが2秒以上(Capillary refilling time=毛細血管再充満時間の遅延)なので、ショックに陥っていることがわかります。紫斑が生じていますが、これはおそらく、髄膜炎菌による「電撃性紫斑」というもので、血液に障害が及んでいる証拠です(紫斑そのものは敗血症ショックの症状ではありません)。このような状態になれば、さすがに小児科医でなくても緊急事態ということはわかります。
「アトピー、敗血症」で検索していて、なつかしい学会抄録を見つけました。
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敗血症とDICを合併したアトピー性皮膚炎の乳児例
伊藤浩明(国立名古屋病院小児科)
アレルギー 50(2・3), 327, 2001-03-30
【はじめに】乳児の重症アトピー性皮膚炎で、皮膚からの浸出液による低蛋白血漿は重篤な合併症であり、二次性の免疫不全状態として慎重な管理が必要とされる。
【症例】3ヶ月男児、生後1ヵ月より湿疹が出現し、蛋白加水分解乳を哺乳していたが、生後2ヵ月から体重減少を伴ったため紹介入院。WBC 25,200,好酸球40%,血小板79.5万,TP 4.27, Alb 1.53, IgG 233, IgE 1110, CAP-RAST ミルク 5, 卵白 1, 小麦 2, アミノ酸乳、イソジン消毒を含むスキンケア、アルブミン補充を開始していたが、入院12日目に発熱し、血液培養で日和見感染症の病原菌である Acinetobactor baumannli を検出した。WBC 103,200,好中球 84%, 血小板 6.4万, CRP 31.15, DICと心不全を合併した。ペントシリン,ガンマグロブリン,フロセミド,ドパミン等を使用して軽快した。酪酸ヒドロコルチゾンの外用で皮膚の浸出をコントロールする事で低蛋白血漿は改善し、約1ヶ月後には外用ステロイドは不要となった。退院後はカゼイン加水分解乳を使用し、野菜と低アレルゲン米から離乳食を開始して体重増加、発達ともに順調に経過観察中である。
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学会抄録が2001年に掲載されていますから、この症例は2000年頃のことでしょうか? 私は伊藤先生と同じく国立名古屋病院の勤務医(皮膚科)であったのですが2000年頃は心身ともに最悪な状況で、実のところこの頃のことは、よく覚えていないです。確か2000年の秋頃から数ヶ月病気休職しました。
伊藤先生と私の関係は悪くなかったです。伊藤先生は、私が取り組んでいた(というより、いつの間にか私の外来は、そういう患者たちばかりになってしまっていたというのが本当なのですが・・)ステロイド依存・ステロイド忌避の患者たちに対する診療に批判的ではありませんでした。そもそも温和な方でした。私が欝で休職していたときに私を気遣って、忙しい中時間をさいて大須の赤提灯に付き合ってもくれました。
もともと私は皮膚科医であって小児科医ではありませんから、乳児の食物アレルギーの具体的指導の知識は乏しいです。なので、わたしのところを受診したステロイド忌避の患児で、食物が悪化因子として関係していそうなケースは、全例伊藤先生に診てもらうことにして、院内紹介状を書いていました。伊藤先生の専門は食物アレルギーです。伊藤先生は、小児科の先生の常として(小児では忌避患者は多いが依存患者は少ないので)決してステロイド依存に詳しくはありませんでしたが、ステロイド忌避の患者にステロイドを強要するようなタイプの医者ではありませんでした。
ある日、伊藤先生から院内PHSで「至急相談したいことがある」と連絡がありました。
何だろう?と思って小児科の病棟に行くと、伊藤先生が、若手の先生とともに、深刻な顔をしていました。
「実は、先生(私のこと)も診ていた患者なんだけど、低蛋白で体重も少ないので、入院してアルブミン補充などしていたんだが、急に発熱して白血球も上がって敗血症の可能性が高い。DICの可能性もある。抗生剤で治療を開始したんだけど、基礎にあるのは、低蛋白血漿による免疫不全状態だから、少しでも早く血中蛋白を上げるため、ステロイドを外用して浸出液を抑えたい。ついては、先生からも、親御さんを説得してくれないか?」
という依頼でした。
私は、その頃、休職直前で、たぶんふらふらしていて、傍目にもおかしな様子だったと思うのですが、即座に答えました。「わかりました。いいですよ。」
それから、伊藤先生たち2人と私の3人で病室に行き、伊藤先生が親御さんに「深谷先生にも病状を説明して了解をとりました。いまから、お子さんにステロイドを塗りたいと思います。」といったことを伝え、私も「では、ステロイド依存というものに警鐘を鳴らしている私自身が、お手伝いさせていただきます」といった内容のことを言いながら、伊藤先生といっしょにステロイドを塗りました。
その後私は休職したり、いろいろあって、伊藤先生の学会発表までチェックしていなかったのですが、この学会抄録は、たぶんそのときの症例だと思います。
体調不良でふらふらではありましたが、間違いだけは起こしてはならないという意識は強く(→こちら)、判断力はむしろ研ぎ澄まされていたはずです。即座に「いいですよ」と答えたのは、伊藤先生の立場がよく理解できたからです。
このケース、あとから振り返ると、ステロイド外用なしに敗血症を乗り切ることも出来たのかもしれません。もしも私が主治医であったなら、あるいは阪南中央病院の佐藤先生たちなら、そうしたでしょう。しかし、伊藤先生はこう考えたのでしょう。入院させた患者が突然発熱して敗血症をきたした。その根底は低蛋白血症による免疫不全の可能性が強い。救命の確率を上げるためには、なんとしてでも少しでも蛋白質を上げたい。栄養も大切だが、漏出を食い止めることも同じく重要だ。ここは深谷先生に来てもらって、患児の親に納得してもらってステロイドを外用しよう。
(参考)アトピー性皮膚炎やステロイド外用の有無は敗血症のリスクではありません。伊藤先生はこの表の「低栄養状態」をこのケースにおける重要なリスクと考えたわけです。(表は→こちらから引用)
すごくよく解りました。だから協力しました。ここで私が「ステロイド外用をしなくてもなんとか乗り切れませんか?」などといったら、荒波を乗り越えようとする船頭の邪魔をすることになる。船に二人の船頭はいらない。どちらがより正しいか?の競争では無くて、明らかに間違ってる場合でなければ、船頭以外の者は、従って協力しなければならない。すべての医療者にはそのような義務というか暗黙のルールがあります。
結果、親御さんは納得し、治療は成功し、外用ステロイドもその後一ヶ月ほどで中止されています。
しかし、たぶん私が主治医(船頭)であったら、ステロイドは外用しなかったと思います。なぜなら、私もまた、似たようなケースを成人ではありますが、何例も経験しており、すべてステロイド外用なしに治療してきたからです(たとえば→こちら)。
私は、自分の経験から、ステロイド離脱中の患者が、敗血症を起こした場合に、ステロイドを外用することは、敗血症の治癒率を上げるとは思いません。またそのような報告も統計も無い。
しかし、私のような経験を持っている医者は非常に少ないです。伊藤先生の立場になったときに、伊藤先生のような判断をする医師のほうが圧倒的多数だろうし、それで問題は生じないです。それによって、親御さんや患者に「ステロイド外用を忌避していた自分は間違っていた」と悔悟の念を抱かせ、依存へと導くことさえなければ。
伊藤先生のような状況におかれた医師が、患者の親を「ステロイドの外用を忌避するなど非科学的だ、宗教みたいなものに騙されてるんですよ!」と怒鳴ることもあるでしょう。それは医師自身の不安・ストレスの現れです。自分が担当した患者が最悪死ぬかもしれない、このストレスは、患者の皆さんは経験したことがないからわからないでしょう。嵐で沈むかもしれない小船の船長の気分です。
前回、今回と、「脱水症や敗血症は、ステロイドを外用しなくても切り抜けられる。しかし、担当医の先生がステロイドを外用しなさい、と言ったら、とりあえずそれに従いなさい」と繰り返し記しているのは、患者あるいは患者の親が船頭の邪魔をしてはいけない、という意味です。結果的に助かるのが大切なのであって、ステロイド是非の論議の出る幕じゃないです。
しかし、危機を乗り越えた後は、いつまでもステロイドの外用は続けないほうがいいと思います。わたしは止めろとも使えとも言いませんが、依存にだけは陥ることのないように、賢く生き抜いてください。
(追記)
伊藤先生の抄録中に、
「DICと心不全を合併した。ペントシリン,ガンマグロブリン,フロセミド,ドパミン等を使用して軽快した。」
とあります。「心不全」と表現されているのは、敗血症性ショックのことでしょう(血圧下がったので心不全と表現したのだろう)。「ドパミン(血管作動薬)を使用して軽快した」とありますが、ここでもし、ドパミンを使用しても軽快しなかった=血圧が上がらなかったら、次に投与すべきは、ステロイド剤です(外用ではなく注射による全身投与)。それは、アトピーの皮疹を抑えるためではなく、血管作動薬の効きを良くするためです。
このようなステロイド剤の使い方は、RCT研究の結果に基づいて敗血症ガイドラインにも記されており、必要(有用)なことです。またガイドラインには、ショック症状から回復したら、ステロイド剤のそれ以上の投与は有害なので、すみやかに減量中止すべきとも記されています。
このように、敗血症の治療において、ステロイド剤の全身投与が必要となる局面は有り得ますが、ステロイドの外用については、これを必要とする医学的データはありません。
2012.06.13
すごくよく解りました。だから協力しました。ここで私が「ステロイド外用をしなくてもなんとか乗り切れませんか?」などといったら、荒波を乗り越えようとする船頭の邪魔をすることになる。船に二人の船頭はいらない。どちらがより正しいか?の競争では無くて、明らかに間違ってる場合でなければ、船頭以外の者は、従って協力しなければならない。すべての医療者にはそのような義務というか暗黙のルールがあります。
結果、親御さんは納得し、治療は成功し、外用ステロイドもその後一ヶ月ほどで中止されています。
しかし、たぶん私が主治医(船頭)であったら、ステロイドは外用しなかったと思います。なぜなら、私もまた、似たようなケースを成人ではありますが、何例も経験しており、すべてステロイド外用なしに治療してきたからです(たとえば→こちら)。
私は、自分の経験から、ステロイド離脱中の患者が、敗血症を起こした場合に、ステロイドを外用することは、敗血症の治癒率を上げるとは思いません。またそのような報告も統計も無い。
しかし、私のような経験を持っている医者は非常に少ないです。伊藤先生の立場になったときに、伊藤先生のような判断をする医師のほうが圧倒的多数だろうし、それで問題は生じないです。それによって、親御さんや患者に「ステロイド外用を忌避していた自分は間違っていた」と悔悟の念を抱かせ、依存へと導くことさえなければ。
伊藤先生のような状況におかれた医師が、患者の親を「ステロイドの外用を忌避するなど非科学的だ、宗教みたいなものに騙されてるんですよ!」と怒鳴ることもあるでしょう。それは医師自身の不安・ストレスの現れです。自分が担当した患者が最悪死ぬかもしれない、このストレスは、患者の皆さんは経験したことがないからわからないでしょう。嵐で沈むかもしれない小船の船長の気分です。
前回、今回と、「脱水症や敗血症は、ステロイドを外用しなくても切り抜けられる。しかし、担当医の先生がステロイドを外用しなさい、と言ったら、とりあえずそれに従いなさい」と繰り返し記しているのは、患者あるいは患者の親が船頭の邪魔をしてはいけない、という意味です。結果的に助かるのが大切なのであって、ステロイド是非の論議の出る幕じゃないです。
しかし、危機を乗り越えた後は、いつまでもステロイドの外用は続けないほうがいいと思います。わたしは止めろとも使えとも言いませんが、依存にだけは陥ることのないように、賢く生き抜いてください。
(追記)
伊藤先生の抄録中に、
「DICと心不全を合併した。ペントシリン,ガンマグロブリン,フロセミド,ドパミン等を使用して軽快した。」
とあります。「心不全」と表現されているのは、敗血症性ショックのことでしょう(血圧下がったので心不全と表現したのだろう)。「ドパミン(血管作動薬)を使用して軽快した」とありますが、ここでもし、ドパミンを使用しても軽快しなかった=血圧が上がらなかったら、次に投与すべきは、ステロイド剤です(外用ではなく注射による全身投与)。それは、アトピーの皮疹を抑えるためではなく、血管作動薬の効きを良くするためです。
このようなステロイド剤の使い方は、RCT研究の結果に基づいて敗血症ガイドラインにも記されており、必要(有用)なことです。またガイドラインには、ショック症状から回復したら、ステロイド剤のそれ以上の投与は有害なので、すみやかに減量中止すべきとも記されています。
このように、敗血症の治療において、ステロイド剤の全身投与が必要となる局面は有り得ますが、ステロイドの外用については、これを必要とする医学的データはありません。
2012.06.13