乳児の第一選択はプロトピック?
Differential Effects of Corticosteroids and Pimecrolimus on the Developing Skin Immune System in Humans and MiceSimone Meindl et al. Journal of Investigative Dermatology (2009) 129, 2184–2192
ステロイド外用剤は、乳児では、成人と異なる影響を、表皮細胞に対して与える、という論文です。
まず基礎知識のおさらいをしましょう。表皮には角化細胞のほかに、ランゲルハンス細胞と呼ばれる樹枝状細胞があります。これは、外界から侵入したアレルゲン(異物)を貪食して、そのあと、真皮からリンパ管へと移動し、リンパ球への抗原提示細胞として働きます。皮膚免疫の最前線を担っています。
ステロイド外用剤は、乳児では、成人と異なる影響を、表皮細胞に対して与える、という論文です。
まず基礎知識のおさらいをしましょう。表皮には角化細胞のほかに、ランゲルハンス細胞と呼ばれる樹枝状細胞があります。これは、外界から侵入したアレルゲン(異物)を貪食して、そのあと、真皮からリンパ管へと移動し、リンパ球への抗原提示細胞として働きます。皮膚免疫の最前線を担っています。
1)乳児(infant)や小児(Child)では、成人(adult)に比べてランゲルハンス細胞は数的にも機能的にも未発達です。
**P<0.002 ***P<0.001
図のaで、CD1aというのは、ランゲルハンス細胞(LC)の表面マーカーで、これを染色してやるとランゲルハンス細胞のみが赤く光っています。数をカウントすると、乳児では少ないことがわかります(b)。フローサイトメトリーという、より精密な機械を用いてカウントすると、乳児のみならず小児においてもランゲルハンス細胞数は成人よりも少ないことがわかります(c)。dは、デキストラン顆粒の貪食能(Dextran uptake)で比較したもので、やはり乳児は成人よりも弱いです。
アトピー性皮膚炎に対し、カルシニューリン阻害薬(プロトピック軟膏など)が近年用いられるようになりました。乳児には、安全性が保証されていないという理由で、まだ適応がありません。上記のように、乳児の皮膚は、成人とは異なっているからです。 実は、この論文は、乳児におけるカルシニューリン阻害薬の安全性を検討しよう、という目的のものでした。
2)表皮細胞(EC)には、ランゲルハンス細胞(LC)と角化細胞(EK)とがありますが、角化細胞は、成熟の段階によって、さらに基底細胞→上基底細胞(Suprabasal Cell)→正常角化細胞(NHEK)の3つに分けることができます。
図のaで、CD1aというのは、ランゲルハンス細胞(LC)の表面マーカーで、これを染色してやるとランゲルハンス細胞のみが赤く光っています。数をカウントすると、乳児では少ないことがわかります(b)。フローサイトメトリーという、より精密な機械を用いてカウントすると、乳児のみならず小児においてもランゲルハンス細胞数は成人よりも少ないことがわかります(c)。dは、デキストラン顆粒の貪食能(Dextran uptake)で比較したもので、やはり乳児は成人よりも弱いです。
アトピー性皮膚炎に対し、カルシニューリン阻害薬(プロトピック軟膏など)が近年用いられるようになりました。乳児には、安全性が保証されていないという理由で、まだ適応がありません。上記のように、乳児の皮膚は、成人とは異なっているからです。 実は、この論文は、乳児におけるカルシニューリン阻害薬の安全性を検討しよう、という目的のものでした。
2)表皮細胞(EC)には、ランゲルハンス細胞(LC)と角化細胞(EK)とがありますが、角化細胞は、成熟の段階によって、さらに基底細胞→上基底細胞(Suprabasal Cell)→正常角化細胞(NHEK)の3つに分けることができます。
棒グラフは、白はカルシニューリン拮抗薬、黒はステロイドを添加して培養したものです。グラフaはEC、bはLC、cはNHEKで、ステロイドの添加によって、表皮細胞(EC)数は減少しますが、LCやNHEKでは変化がありません。
ステロイドレセプターは、角化細胞においては、基底細胞ではまだ発現しておらず、上基底細胞以降で発現しますので、ステロイドによる培養表皮細胞数の低下は、上基底細胞に作用しているのだろう、と推定されます。一方、カルシニューリン阻害薬では、この抑制はみられませんでした。
3)ステロイドは、ランゲルハンス細胞の機能発現を低下させます。
ステロイドレセプターは、角化細胞においては、基底細胞ではまだ発現しておらず、上基底細胞以降で発現しますので、ステロイドによる培養表皮細胞数の低下は、上基底細胞に作用しているのだろう、と推定されます。一方、カルシニューリン阻害薬では、この抑制はみられませんでした。
3)ステロイドは、ランゲルハンス細胞の機能発現を低下させます。
PIMはカルシニューリン阻害薬、BMVはステロイドで、HLA-DRとCD25~86は、ランゲルハンス細胞の表面マーカーです。乳児のランゲルハンス前駆細胞だけを選別した培養系に、ステロイドを添加したところ、CD86の発現が、用量依存性に低下しました。カルシニューリン阻害薬添加では不変でした。
4)In vivoにおいては、さらに、ステロイドは、ランゲルハンス細胞の前駆細胞(CD45+MHCⅡ+)をアポトーシス(細胞死)に導くことがわかりました。
4)In vivoにおいては、さらに、ステロイドは、ランゲルハンス細胞の前駆細胞(CD45+MHCⅡ+)をアポトーシス(細胞死)に導くことがわかりました。
*P<0.05, **P<0.01, ***P<0.001
In vivoの実験は人では行うと人体実験になってしまうので、マウスで行っています。ステロイド(BMV,CLO)を外用後の皮膚では、ランゲルハンス前駆細胞の減少がみられ、免疫染色の結果、アポトーシスを示すTUNEL陽性のランゲルハンス前駆細胞が出現していました。カルシニューリン阻害薬(PIM)では、前駆細胞の数はむしろ増加していました。
まとめると、ステロイドは、乳児表皮に対して、成人表皮に対してはみられない、二つの作用がある、ということになります。
1)角化細胞数を減らします。
2)元々少ないランゲルハンス細胞の機能発現を抑え、アポトーシスさせます。
結局、この論文の結論は、カルシニューリン阻害薬は、ステロイド外用剤よりも、乳児の皮膚免疫や角化細胞への影響において、より安全なようだ、ということになのですが、これは、裏を返すと、ステロイド外用剤は、乳児の皮膚に対して、発達段階ならではの特殊な(成人とは異なる)影響を及ぼしている、ということです。
それで、思い出したのが、2005年にロシアの小児科医の先生が提唱した仮説です。
Prevalence of atopic diseases and the useof topical corticosteroids. Is there any connection? Alexander N. Pampura Medical Hypotheses (2005) 64, 575–578
これは、「Medical Hypotheses」という雑誌に掲載されたもので、雑誌名(「医学的な仮説」)が示すように、データに基づくものというよりは思い付き・アイデアのユニークさが重視されています。論文の形式を取ってはいますが、内容は「読み物」に近いといっていいです。ただし、ジョークではなく、あくまで真面目な医学雑誌です。
-----(ここから引用)-----
The prevalence of atopic diseases increased for the last 40 years. This tendency has coincided with the beginning of the epoch of the use of the topical corticosteroids, which have a potent immunomodulation action. This fact itself as well as a number of research resultshas allowed to formulate the following hypothesis: the use of topical corticosteroids in children of early age contributes to the increase of prevalence of atopic diseases in the developed countries.
(アトピー性皮膚炎の患者数は過去40年間、増加傾向にある。これは、ステロイド外用剤の出現と一致する。その事実および、過去に報告された多くの研究結果によって、「先進国におけるアトピー性皮膚炎の増加は、小児期におけるステロイド外用剤の使用が原因である」という仮説が成り立つ。)
-----(引用終わり)-----
この仮説を、上で引用した乳児の表皮細胞へのステロイド外用剤の影響と関連付けるのは、非論理的だ、論理が飛躍しすぎている、と考えるかたも多いと思います(というか、それが普通でしょう)。
しかし、よく考えてみると、確かに、他の疾患で、その治療薬の出現と同時期から、急速に疾患そのものが増加した、というのは聞いたことがありません。結核はストレプトマイシンの出現で激減しましたし、降圧剤の開発で高血圧のひとは減少してはいないかもしれませんが、少なくとも増加したなんてことはないと思います。 疾患の増加には何か原因があるはずで、ロシアの先生の仮説も、可能性の一つとしてはありうると思います。(というか、可能性の一つとして挙げておくのが論理的で、無視することのほうがむしろ非論理的だと思います)
In vivoの実験は人では行うと人体実験になってしまうので、マウスで行っています。ステロイド(BMV,CLO)を外用後の皮膚では、ランゲルハンス前駆細胞の減少がみられ、免疫染色の結果、アポトーシスを示すTUNEL陽性のランゲルハンス前駆細胞が出現していました。カルシニューリン阻害薬(PIM)では、前駆細胞の数はむしろ増加していました。
まとめると、ステロイドは、乳児表皮に対して、成人表皮に対してはみられない、二つの作用がある、ということになります。
1)角化細胞数を減らします。
2)元々少ないランゲルハンス細胞の機能発現を抑え、アポトーシスさせます。
結局、この論文の結論は、カルシニューリン阻害薬は、ステロイド外用剤よりも、乳児の皮膚免疫や角化細胞への影響において、より安全なようだ、ということになのですが、これは、裏を返すと、ステロイド外用剤は、乳児の皮膚に対して、発達段階ならではの特殊な(成人とは異なる)影響を及ぼしている、ということです。
それで、思い出したのが、2005年にロシアの小児科医の先生が提唱した仮説です。
Prevalence of atopic diseases and the useof topical corticosteroids. Is there any connection? Alexander N. Pampura Medical Hypotheses (2005) 64, 575–578
これは、「Medical Hypotheses」という雑誌に掲載されたもので、雑誌名(「医学的な仮説」)が示すように、データに基づくものというよりは思い付き・アイデアのユニークさが重視されています。論文の形式を取ってはいますが、内容は「読み物」に近いといっていいです。ただし、ジョークではなく、あくまで真面目な医学雑誌です。
-----(ここから引用)-----
The prevalence of atopic diseases increased for the last 40 years. This tendency has coincided with the beginning of the epoch of the use of the topical corticosteroids, which have a potent immunomodulation action. This fact itself as well as a number of research resultshas allowed to formulate the following hypothesis: the use of topical corticosteroids in children of early age contributes to the increase of prevalence of atopic diseases in the developed countries.
(アトピー性皮膚炎の患者数は過去40年間、増加傾向にある。これは、ステロイド外用剤の出現と一致する。その事実および、過去に報告された多くの研究結果によって、「先進国におけるアトピー性皮膚炎の増加は、小児期におけるステロイド外用剤の使用が原因である」という仮説が成り立つ。)
-----(引用終わり)-----
この仮説を、上で引用した乳児の表皮細胞へのステロイド外用剤の影響と関連付けるのは、非論理的だ、論理が飛躍しすぎている、と考えるかたも多いと思います(というか、それが普通でしょう)。
しかし、よく考えてみると、確かに、他の疾患で、その治療薬の出現と同時期から、急速に疾患そのものが増加した、というのは聞いたことがありません。結核はストレプトマイシンの出現で激減しましたし、降圧剤の開発で高血圧のひとは減少してはいないかもしれませんが、少なくとも増加したなんてことはないと思います。 疾患の増加には何か原因があるはずで、ロシアの先生の仮説も、可能性の一つとしてはありうると思います。(というか、可能性の一つとして挙げておくのが論理的で、無視することのほうがむしろ非論理的だと思います)
Community practitioner(Vol78, Num12, Dec 2005)より引用
とにかく、乳児期の皮膚への影響は、ステロイド外用剤よりもカルシニューリン阻害剤のほうが少ないことは、最新のJ. invest. Dermatol誌に掲載された本論文で示されたのですから、わたしは、数年後には、乳児期のアトピー性皮膚炎の治療にはカルシニューリン阻害薬が第一選択になるかもしれない、と思います。 そして、その後数十年かけて、アトピー性皮膚炎患者数が減少していけば、はじめてロシアの小児科の先生の仮説は正しかった、ということになるのかもしれません。(それまでは、検証は難しいと思います)
話は戻って、カルシニューリン阻害剤は、先日解説したCorkらの「ステロイド外用剤による表皮バリア破壊説」でも、プロテアーゼをup-regulateしないので、ステロイドのようなaddictionを引き起こしにくい、と記されていました。アトピー性皮膚炎に外用薬物療法を行うならば(くどいようですが、まったく何も行わなないという選択肢もあります)、ステロイド外用剤よりもカルシニューリン阻害剤のほうが優れているということになります。
しかし、そのことを、患者に説明して、カルシニューリン阻害剤に移行させるためには、ステロイド外用剤による依存性の説明や、乳児期の皮膚に及ぼす悪影響についての説明を避けては通れません。
これまで「ステロイド外用剤は安全で、依存性もありません」とプロパガンダし続けてきた日皮会の中心の先生方は、どう辻褄を合わせるのでしょうか?よほど巧妙なレトリックが用いられることでしょう。わたしは非常に興味深いです。
2009.10.21
とにかく、乳児期の皮膚への影響は、ステロイド外用剤よりもカルシニューリン阻害剤のほうが少ないことは、最新のJ. invest. Dermatol誌に掲載された本論文で示されたのですから、わたしは、数年後には、乳児期のアトピー性皮膚炎の治療にはカルシニューリン阻害薬が第一選択になるかもしれない、と思います。 そして、その後数十年かけて、アトピー性皮膚炎患者数が減少していけば、はじめてロシアの小児科の先生の仮説は正しかった、ということになるのかもしれません。(それまでは、検証は難しいと思います)
話は戻って、カルシニューリン阻害剤は、先日解説したCorkらの「ステロイド外用剤による表皮バリア破壊説」でも、プロテアーゼをup-regulateしないので、ステロイドのようなaddictionを引き起こしにくい、と記されていました。アトピー性皮膚炎に外用薬物療法を行うならば(くどいようですが、まったく何も行わなないという選択肢もあります)、ステロイド外用剤よりもカルシニューリン阻害剤のほうが優れているということになります。
しかし、そのことを、患者に説明して、カルシニューリン阻害剤に移行させるためには、ステロイド外用剤による依存性の説明や、乳児期の皮膚に及ぼす悪影響についての説明を避けては通れません。
これまで「ステロイド外用剤は安全で、依存性もありません」とプロパガンダし続けてきた日皮会の中心の先生方は、どう辻褄を合わせるのでしょうか?よほど巧妙なレトリックが用いられることでしょう。わたしは非常に興味深いです。
2009.10.21