ステロイド依存の分子生物学的メカニズムを考える(2)
イギリスの小児科医であるDr.Corkは、2006年に、ステロイド依存(Steroid addiction)は、ステロイド外用剤の長期連用により、表皮バリアが破壊された結果生じると論文に記しました。ステロイド外用剤が、連用により、表皮バリアを破壊すること自体は、組織学的(→こちら)および生理学的(→こちら)に確認された事実です。しかしその分子生物学的なメカニズムはまだ解明されていません。それはステロイドホルモンの表皮細胞への直接の作用によるのかもしれませんし、間接的な作用によるのかもしれません。
ステロイドホルモンの表皮細胞への直接の作用にはどんなものがあるのか?を詳しく調べた論文があったので解説します。
Novel genomic effects of glucocorticoids in epidermal keratinocytes: inhibition of apoptosis, interferon-gamma pathway, and wound healing along with promotion of terminal differentiation.
Stojadinovic O et al. J Biol Chem. 2007 Feb 9;282(6):4021-34
マイクロアレイという手法を用いています。私はこういった新しい実験方法に詳しくはないのですが、GeneChipというものを使います。
ステロイドホルモンの表皮細胞への直接の作用にはどんなものがあるのか?を詳しく調べた論文があったので解説します。
Novel genomic effects of glucocorticoids in epidermal keratinocytes: inhibition of apoptosis, interferon-gamma pathway, and wound healing along with promotion of terminal differentiation.
Stojadinovic O et al. J Biol Chem. 2007 Feb 9;282(6):4021-34
マイクロアレイという手法を用いています。私はこういった新しい実験方法に詳しくはないのですが、GeneChipというものを使います。
このチップ一枚に最大で650万以上のDNAプローブを搭載できるようです。表皮細胞をステロイド添加/無添加の条件で培養して、RNAを抽出し、これに対応する標識した相補的DNAを作成し、それをチップにかけて、チップ上の多数のプローブと結合させ、結合した証拠である標識色素を測定することで、ステロイド添加によりどのような遺伝子(mRNA)が発現されたかを一気に明らかにしてしまうもののようです。すごいなあ・・。
論文には、副腎皮質ステロイドホルモンが表皮細胞に直接作用して、実に様々な遺伝子を発現したり(upregulate)抑制したり(downregulate)することが記されています。その中から、表皮の分化や角化など、表皮バリアに関係ありそうなところを拾って紹介します。
1.TGFβ1、TGFβ2(真皮の繊維芽細胞に作用してコラーゲンを産生させる)を発現を抑制する。
これは、表皮バリアとは関係ないですが、ステロイドによる皮膚の萎縮は真皮のコラーゲンに及ぶことが知られており、ステロイドが直接真皮の繊維芽細胞に作用するほかに、表皮を介するメカニズムもありそうな点が興味深いです。
2.TGM1(transglutaminase1)、LCE2B、FLG(filaggrin)、CDSN(corneidesmosin)、SULT2B1(sulfotransferase type2 isoformB1)、KLF4を増加させる。
これらは、いずれも、表皮細胞の文化の最終段階(角化)の際に働く蛋白質です(→こちらで以前少し解説しています)。
とても興味深い事実だと思うのですが、副腎皮質ステロイドは表皮細胞の角化を抑制しない、むしろ亢進させるようです。
唯一、involucrinのみは、抑制します。しかし、それも基底層近くにおいての話で、顆粒層以降の分化の終末になると、発現してきます。
論文には、副腎皮質ステロイドホルモンが表皮細胞に直接作用して、実に様々な遺伝子を発現したり(upregulate)抑制したり(downregulate)することが記されています。その中から、表皮の分化や角化など、表皮バリアに関係ありそうなところを拾って紹介します。
1.TGFβ1、TGFβ2(真皮の繊維芽細胞に作用してコラーゲンを産生させる)を発現を抑制する。
これは、表皮バリアとは関係ないですが、ステロイドによる皮膚の萎縮は真皮のコラーゲンに及ぶことが知られており、ステロイドが直接真皮の繊維芽細胞に作用するほかに、表皮を介するメカニズムもありそうな点が興味深いです。
2.TGM1(transglutaminase1)、LCE2B、FLG(filaggrin)、CDSN(corneidesmosin)、SULT2B1(sulfotransferase type2 isoformB1)、KLF4を増加させる。
これらは、いずれも、表皮細胞の文化の最終段階(角化)の際に働く蛋白質です(→こちらで以前少し解説しています)。
とても興味深い事実だと思うのですが、副腎皮質ステロイドは表皮細胞の角化を抑制しない、むしろ亢進させるようです。
唯一、involucrinのみは、抑制します。しかし、それも基底層近くにおいての話で、顆粒層以降の分化の終末になると、発現してきます。
ステロイド(GC)外用前後の表皮のインボルクリン(INV)およびフィラグリン(FIL)発現の様子。インボルクリンは基底層付近で抑制されており、フィラグリンは角層で亢進している。
3.JAG1(jagged1蛋白質をコード)を抑制する。
JAG1(jagged1)は、早い(若い)時期の表皮細胞の分化を促進します。副腎皮質ステロイドは、JAG1の発現を抑制し、一方で2.に示したように、角化を促進しますから、結果として、その間の表皮細胞、すなわち有棘層の細胞数を減らし、表皮を薄くします。
これら1~3は、組織学的なステロイド外用後の表皮の変化と一致します。ステロイド外用の結果、表皮は薄くなり、真皮のコラーゲン繊維は細く少なくなっています。
2.から考えると、ステロイドを外用すると、フィラグリンなどが増加して、角層機能は改善しそうな気がします。しかし、実際はそうではありません、それは、2003年のDr.Kaoの実験が示しています。
ステロイド外用後の角層は、粘着テープを貼って剥がすという操作によって簡単に機能を無くしてしまうもろいものとなっています。ステロイド外用によって、角層を構成する主だった蛋白質は過剰供給されているにも関わらずです。どこか機能的に欠陥のある不完全な角層が生じているということです。
あるいは、先回記したように、コルネオデスモゾームの破壊に働くプロテアーゼ(SCCE=KLK7など)が、間接的(二次的)に亢進しているためかもしれません。ステロイドによって角層の成熟が促進される結果、ネガティブフィードバックが働き、プロテアーゼ機能が高まるというのはありうる話です。さらにこれに対するネガティブフィードバックとしてプロテアーゼインヒビターも産生促進されて、先回記した2007年の小松先生の実験の結果のようなことになっているのかもしれません。
以上から考えると、ステロイド依存、すなわちステロイド外用剤長期連用後の表皮バリア破壊の分子生物学的メカニズムとしては、
1)角層機能の脆弱化(角層を構成する蛋白質合成自体は亢進している。なぜ脆弱化するのかは不明)
2)JAG1抑制と角化関連遺伝子の促進によって表皮(有棘層)が薄くなった結果
の二つが考えられると思います。
陰股部など、皮膚が元々「薄い」ところではステロイド依存は起きやすいです(これを否定するひとはいないでしょう)。ステロイド外用剤が、1)まず表皮を薄くし(これは表皮細胞への直接作用です)、次いで、2)角層機能が脆弱化(これは表皮細胞への直接作用ではなく、二次的あるいは間接的作用であろうと考えます)した結果、表皮バリアが破壊されて、ステロイド依存となる、という順番であろうと、私は現時点では考えます。
3.JAG1(jagged1蛋白質をコード)を抑制する。
JAG1(jagged1)は、早い(若い)時期の表皮細胞の分化を促進します。副腎皮質ステロイドは、JAG1の発現を抑制し、一方で2.に示したように、角化を促進しますから、結果として、その間の表皮細胞、すなわち有棘層の細胞数を減らし、表皮を薄くします。
これら1~3は、組織学的なステロイド外用後の表皮の変化と一致します。ステロイド外用の結果、表皮は薄くなり、真皮のコラーゲン繊維は細く少なくなっています。
2.から考えると、ステロイドを外用すると、フィラグリンなどが増加して、角層機能は改善しそうな気がします。しかし、実際はそうではありません、それは、2003年のDr.Kaoの実験が示しています。
ステロイド外用後の角層は、粘着テープを貼って剥がすという操作によって簡単に機能を無くしてしまうもろいものとなっています。ステロイド外用によって、角層を構成する主だった蛋白質は過剰供給されているにも関わらずです。どこか機能的に欠陥のある不完全な角層が生じているということです。
あるいは、先回記したように、コルネオデスモゾームの破壊に働くプロテアーゼ(SCCE=KLK7など)が、間接的(二次的)に亢進しているためかもしれません。ステロイドによって角層の成熟が促進される結果、ネガティブフィードバックが働き、プロテアーゼ機能が高まるというのはありうる話です。さらにこれに対するネガティブフィードバックとしてプロテアーゼインヒビターも産生促進されて、先回記した2007年の小松先生の実験の結果のようなことになっているのかもしれません。
以上から考えると、ステロイド依存、すなわちステロイド外用剤長期連用後の表皮バリア破壊の分子生物学的メカニズムとしては、
1)角層機能の脆弱化(角層を構成する蛋白質合成自体は亢進している。なぜ脆弱化するのかは不明)
2)JAG1抑制と角化関連遺伝子の促進によって表皮(有棘層)が薄くなった結果
の二つが考えられると思います。
陰股部など、皮膚が元々「薄い」ところではステロイド依存は起きやすいです(これを否定するひとはいないでしょう)。ステロイド外用剤が、1)まず表皮を薄くし(これは表皮細胞への直接作用です)、次いで、2)角層機能が脆弱化(これは表皮細胞への直接作用ではなく、二次的あるいは間接的作用であろうと考えます)した結果、表皮バリアが破壊されて、ステロイド依存となる、という順番であろうと、私は現時点では考えます。
(解りやすいように私の考えを図示してみました)
ビタミンDや紫外線は、角層のプロテアーゼを亢進させるにも関わらず、リバウンドは生じさせず、むしろその抑制に働きます(→こちらとこちら)が、これはステロイドホルモンと異なり、1)の「表皮を薄くする」という作用がないためではないか?と考えます。有棘層の段階でしっかりと成熟したのちに表皮が角化すれば、プロテアーゼ機能が亢進していても、それは生理的なものであり、リバウンドにはつながらないのでしょう。
もし、私の上記考えが正しければ、JAG1遺伝子の発現を高めるような薬剤が、ステロイド依存を防止し、ステロイド外用剤と併用することで、ステロイドをより安全に使うことができるようになるのかもしれません。
また、フィラグリンの産生を高めるような薬剤(またはローズマリーなどの生薬の類→こちら)は、乳児などに用いてアトピー性皮膚炎の発症予防に努めるには良いかもしれませんが、ステロイド依存の予防効果は無いと思われます。ステロイド外用剤自体がフィラグリンを増加させる作用を既に有しているからです。
乳児に「ステロイドを外用してフィラグリンを増加させ、アトピー性皮膚炎の発症を予防しよう」という考えかたは、必ずしも間違っているとは言い切れませんが、ステロイドが長期連用→依存につながりやすい薬剤であることを考えると、避けたほうが無難です(乳児へのステロイド外用剤の使用は短期であくまで炎症を抑える目的に限るべきだと思います)。フィラグリンを増加させることが目的なら、ローズマリーなど無難なものがいろいろあるだろうからです。
ビタミンDや紫外線は、角層のプロテアーゼを亢進させるにも関わらず、リバウンドは生じさせず、むしろその抑制に働きます(→こちらとこちら)が、これはステロイドホルモンと異なり、1)の「表皮を薄くする」という作用がないためではないか?と考えます。有棘層の段階でしっかりと成熟したのちに表皮が角化すれば、プロテアーゼ機能が亢進していても、それは生理的なものであり、リバウンドにはつながらないのでしょう。
もし、私の上記考えが正しければ、JAG1遺伝子の発現を高めるような薬剤が、ステロイド依存を防止し、ステロイド外用剤と併用することで、ステロイドをより安全に使うことができるようになるのかもしれません。
また、フィラグリンの産生を高めるような薬剤(またはローズマリーなどの生薬の類→こちら)は、乳児などに用いてアトピー性皮膚炎の発症予防に努めるには良いかもしれませんが、ステロイド依存の予防効果は無いと思われます。ステロイド外用剤自体がフィラグリンを増加させる作用を既に有しているからです。
乳児に「ステロイドを外用してフィラグリンを増加させ、アトピー性皮膚炎の発症を予防しよう」という考えかたは、必ずしも間違っているとは言い切れませんが、ステロイドが長期連用→依存につながりやすい薬剤であることを考えると、避けたほうが無難です(乳児へのステロイド外用剤の使用は短期であくまで炎症を抑える目的に限るべきだと思います)。フィラグリンを増加させることが目的なら、ローズマリーなど無難なものがいろいろあるだろうからです。
難しい内容だったかもしれませんが、ここまで読んで下さったかた、ありがとうございます。
A merry Christmas for you.
わたしは今日もクリニックで仕事です。手術の合間に論文を読んだりネットで検索したりして、昔を思い出しながら、このブログの文章を書いています。
2011.12.25
A merry Christmas for you.
わたしは今日もクリニックで仕事です。手術の合間に論文を読んだりネットで検索したりして、昔を思い出しながら、このブログの文章を書いています。
2011.12.25