「塗ってもきかない」― ステロイド抵抗性
ステロイド抵抗性(Steroid resistance)というのは、ステロイド依存(Steroid addiction)とは、異なる概念です。ステロイド依存は、外用剤を塗り始めた最初のうちは湿疹がよく治まっていたのが、長期連用によって表皮バリアが破綻し、軽微な刺激ですぐに皮疹が悪化するようになり、中止してみるとリバウンドに見舞われるというものです。Cork先生の説でよく理解できます。 これに対して、ステロイド抵抗性というのは、純粋にステロイド外用剤の効きが悪い(悪くなる)現象を言います。患者の訴えとしては、どちらも「ステロイドが効かなくなってきた」ということになるので、区別が難しいですが、たとえば、ステロイド抵抗性のアトピー性皮膚炎でも、ステロイド依存に陥っていなければ、中止してもリバウンドは起こりません。 ステロイド抵抗性は、皮膚表面の、黄色ブドウ球菌が産生するスーパーアンチゲンが関係することが、現在では明らかにされています。
Superantigens, steroid insensitivity and innate immunity in atopic eczema. DONALD LEUNG, Acta Derm Venereol 2005; Suppl. 215: 11–15
スーパーアンチゲンとは、T細胞レセプターに作用して、T細胞全般を活性化するものですが、その他にもうひとつ、ステロイドレセプターへの作用があります。
Superantigens, steroid insensitivity and innate immunity in atopic eczema. DONALD LEUNG, Acta Derm Venereol 2005; Suppl. 215: 11–15
スーパーアンチゲンとは、T細胞レセプターに作用して、T細胞全般を活性化するものですが、その他にもうひとつ、ステロイドレセプターへの作用があります。
これは、アトピー性皮膚炎に限らず、さまざまな炎症性疾患における、「ステロイド抵抗性(steroid resistance)」の機序をまとめた図ですが、アトピー性皮膚炎の黄色ブドウ球菌によるステロイド抵抗性の機序は、1)真ん中下の、GRβ(グルココルチコイドレセプターβ)を増やす(有効なGRに拮抗してステロイドの効きが悪くなる)2)右中ほどの灰色の、ERKというキナーゼに作用して核外のGRをリン酸化し、核内に入れなくしてしまう、といったことによります。
(上記のDr.Leungの論文からの引用)
上図で、SEB、TSST-1、SEEというのは、いずれも黄色ブドウ球菌が産生するスーパーアンチゲンです。これらは、リンパ球を分裂増殖させます(だからスーパーアンチゲンなわけです)。PHAもリンパ球を分裂増殖させる試薬ですが、これは、デキサメサゾン(ステロイド)によって、用量依存性に抑制されます。しかし、スーパーアンチゲンはステロイドで抑制されません。ステロイドで炎症が治まらないわけで、これが、アトピー性皮膚炎における「ステロイド抵抗性」とよばれる現象です。黄色ブ菌が繁殖してくると「ステロイドが効かなくなって」くるわけですね。くどいようですが、「ステロイド依存性」とは異なります。
上図で、SEB、TSST-1、SEEというのは、いずれも黄色ブドウ球菌が産生するスーパーアンチゲンです。これらは、リンパ球を分裂増殖させます(だからスーパーアンチゲンなわけです)。PHAもリンパ球を分裂増殖させる試薬ですが、これは、デキサメサゾン(ステロイド)によって、用量依存性に抑制されます。しかし、スーパーアンチゲンはステロイドで抑制されません。ステロイドで炎症が治まらないわけで、これが、アトピー性皮膚炎における「ステロイド抵抗性」とよばれる現象です。黄色ブ菌が繁殖してくると「ステロイドが効かなくなって」くるわけですね。くどいようですが、「ステロイド依存性」とは異なります。
ステロイド外用剤に抗生物質を混ぜてやると、ステロイド単剤よりも効くことがあるのは、昔から知られていました(上図)。抗生剤で黄色ブ菌を抑えることで、ステロイド抵抗性に打ち勝っているからです。ステロイド抵抗性は、経験的には昔から知られていたことですが、黄色ブドウ球菌のスーパーアンチゲンとの関連が明らかにされたのは、Dr.Leungらの業績です。
金沢大学の竹原先生がお書きになった「間違いだらけのアトピー治療」という一般向けの本がありますが、その第三章「ステロイド外用薬に関する間違い」で、「徐々に効きが悪くなる」「効かない例が存在する」というのは間違いである、と記されています。わたしは、この記述はおかしいと思います。黄色ブ菌のスーパーアンチゲンがステロイド抵抗性に関与していることが判ってきたのは確かに最近ですが、臨床で観察される事実としては、当然、何十年も前からありました。ステロイド外用剤自身による接触皮膚炎を考慮に入れてもなお、説明がつかない「塗っても効かない」例が多いことは、前章で記した通りです。患者向けの啓発書として「効きが悪くなってきた」という訴えに答えるならば、「ステロイドの使いすぎで『ステロイド依存』に陥ってきているか、皮表に黄色ブ菌が繁殖して、ステロイドを効きにくくしているかもしれないので、担当医に相談すべき」と記されるべきでしょう。黄色ブ菌によるステロイド抵抗性を無視して、皮疹が悪化してきたからとステロイドのランクを上げれば、ステロイド依存が進みます。
ところで、黄色ブ菌対策なのですが、これには、脱ステ医仲間の間でも、いろいろ意見が割れました。1)抗生剤を用いる 2)消毒薬を用いる3)一切何もしないといったことになります。 わたしは、2)の「消毒薬を外用する」派でした(イソジン外用後10分くらいあとで洗い流す千葉大の杉本和夫先生の方式)。3)は理解できますが、1)の抗生剤を用いる、には、反対でした。なぜなら、完全除菌は困難であり(今回紹介した文献にも記されています。そもそもアトピー性皮膚炎患者に黄色ブ菌がつきやすいのは、HBD(human beta defensin)といった生理的抗菌物質の患者自身による産生が悪いのも関係しています)、抗生剤投与は、MRSAなどの耐性菌を作りやすいからです。MRSA化してしまうと、敗血症を併発したり、ほかの理由で(例えば網膜剥離)手術が必要となったときなど、いざというときに使える抗生剤が限られてしまいます。開業の先生で、抗生剤を積極的に処方する先生もおられますが、皮疹はたしかに少し良くなるので、患者をドロップアウトさせないためのツールにはなりますが、やはり慎重であるべきだと考えます。 消毒は、もちろん完全除菌には向きませんし、接触皮膚炎の心配や、消毒剤に含まれるわずかなdetergentによるバリア破壊というデメリットはありますが、耐性化は起こしません。昔、岡山大学の先生による「消毒などしても、細菌のコロニーはすぐに再増殖してくる、意味がない」という意見もあったと思いますが、現実には、消毒がある程度効く症例は多かったです(完全除菌を目的とするのではなく、少しでも菌の繁殖を抑える)。 ところで、Dr.Leungの論文は、シンポジウムのようなものを後からまとめた物の様で、Discussionのところが、実際のフロアとの質疑応答記録になっています。
-----(ここから引用)-----
Andersen; Has anyone looked at replacing these strains with non-pathogens?Leung; We looked at this many years ago but had concerns about producing a more severe infection. We restricted ourselves to strains which did not express protein A. Despite several attempts with such a strain, we never replaced the natural ones, in part because you needed too many bacteria. We were never able to replace the original organism.
(アンダーソン先生「患者の体表の黄色ブ菌を、スーパーアンチゲンを産生しない菌株に置き換えるということを試みた報告はないのですか?」レオン先生「昔、わたしたちは、感染症が悪化する懸念はあったが、それをやってみようとしました。わたしたちは少なくともプロテインA(これが無い株は免疫的に排除されやすい)の無い株でやってみようと思ったのだが、なかなかうまくいかなかった。理由のひとつとしては、大量の黄色ブ菌が必要だということが、挙げられます。」)
-----(ここまで引用)-----
これ、実は昔、わたしも基礎の先生から、真面目に提案されたことがあります。体表の黄色ブ菌を排除できないなら、それを病原性の少ない株に置き換える治療をしてみてはどうか?と。倫理的に難しいんじゃいかと断りましたが、皆思いつくことは同じみたいですね。
参考)
わたしが脱ステロイド外来で使用していたブドウ球菌用平板培地です。患者の表皮に押し付けて培養すると、白いコロニーが生えてくるので、これを数えます(培地が黄変した場合は黄色ブドウ球菌、赤色のままの場合は表皮ブドウ球菌)。
金沢大学の竹原先生がお書きになった「間違いだらけのアトピー治療」という一般向けの本がありますが、その第三章「ステロイド外用薬に関する間違い」で、「徐々に効きが悪くなる」「効かない例が存在する」というのは間違いである、と記されています。わたしは、この記述はおかしいと思います。黄色ブ菌のスーパーアンチゲンがステロイド抵抗性に関与していることが判ってきたのは確かに最近ですが、臨床で観察される事実としては、当然、何十年も前からありました。ステロイド外用剤自身による接触皮膚炎を考慮に入れてもなお、説明がつかない「塗っても効かない」例が多いことは、前章で記した通りです。患者向けの啓発書として「効きが悪くなってきた」という訴えに答えるならば、「ステロイドの使いすぎで『ステロイド依存』に陥ってきているか、皮表に黄色ブ菌が繁殖して、ステロイドを効きにくくしているかもしれないので、担当医に相談すべき」と記されるべきでしょう。黄色ブ菌によるステロイド抵抗性を無視して、皮疹が悪化してきたからとステロイドのランクを上げれば、ステロイド依存が進みます。
ところで、黄色ブ菌対策なのですが、これには、脱ステ医仲間の間でも、いろいろ意見が割れました。1)抗生剤を用いる 2)消毒薬を用いる3)一切何もしないといったことになります。 わたしは、2)の「消毒薬を外用する」派でした(イソジン外用後10分くらいあとで洗い流す千葉大の杉本和夫先生の方式)。3)は理解できますが、1)の抗生剤を用いる、には、反対でした。なぜなら、完全除菌は困難であり(今回紹介した文献にも記されています。そもそもアトピー性皮膚炎患者に黄色ブ菌がつきやすいのは、HBD(human beta defensin)といった生理的抗菌物質の患者自身による産生が悪いのも関係しています)、抗生剤投与は、MRSAなどの耐性菌を作りやすいからです。MRSA化してしまうと、敗血症を併発したり、ほかの理由で(例えば網膜剥離)手術が必要となったときなど、いざというときに使える抗生剤が限られてしまいます。開業の先生で、抗生剤を積極的に処方する先生もおられますが、皮疹はたしかに少し良くなるので、患者をドロップアウトさせないためのツールにはなりますが、やはり慎重であるべきだと考えます。 消毒は、もちろん完全除菌には向きませんし、接触皮膚炎の心配や、消毒剤に含まれるわずかなdetergentによるバリア破壊というデメリットはありますが、耐性化は起こしません。昔、岡山大学の先生による「消毒などしても、細菌のコロニーはすぐに再増殖してくる、意味がない」という意見もあったと思いますが、現実には、消毒がある程度効く症例は多かったです(完全除菌を目的とするのではなく、少しでも菌の繁殖を抑える)。 ところで、Dr.Leungの論文は、シンポジウムのようなものを後からまとめた物の様で、Discussionのところが、実際のフロアとの質疑応答記録になっています。
-----(ここから引用)-----
Andersen; Has anyone looked at replacing these strains with non-pathogens?Leung; We looked at this many years ago but had concerns about producing a more severe infection. We restricted ourselves to strains which did not express protein A. Despite several attempts with such a strain, we never replaced the natural ones, in part because you needed too many bacteria. We were never able to replace the original organism.
(アンダーソン先生「患者の体表の黄色ブ菌を、スーパーアンチゲンを産生しない菌株に置き換えるということを試みた報告はないのですか?」レオン先生「昔、わたしたちは、感染症が悪化する懸念はあったが、それをやってみようとしました。わたしたちは少なくともプロテインA(これが無い株は免疫的に排除されやすい)の無い株でやってみようと思ったのだが、なかなかうまくいかなかった。理由のひとつとしては、大量の黄色ブ菌が必要だということが、挙げられます。」)
-----(ここまで引用)-----
これ、実は昔、わたしも基礎の先生から、真面目に提案されたことがあります。体表の黄色ブ菌を排除できないなら、それを病原性の少ない株に置き換える治療をしてみてはどうか?と。倫理的に難しいんじゃいかと断りましたが、皆思いつくことは同じみたいですね。
参考)
わたしが脱ステロイド外来で使用していたブドウ球菌用平板培地です。患者の表皮に押し付けて培養すると、白いコロニーが生えてくるので、これを数えます(培地が黄変した場合は黄色ブドウ球菌、赤色のままの場合は表皮ブドウ球菌)。
患者データの一例です。消毒療法開始で、表在コロニー数はこのように減少していきます。
98.4.23 黄色ブドウ球菌コロニー数 >100
98.7.24 黄色ブドウ球菌コロニー数 >100
98.9.3 黄色ブドウ球菌コロニー数 >100
98.9.28 黄色ブドウ球菌コロニー数 10
98.11.5 表皮ブドウ球菌コロニー数 2
98.12.22 黄色ブドウ球菌コロニー数 5
99.4.23 黄色ブドウ球菌コロニー数 5
99.7.23 黄色ブドウ球菌コロニー数 20
99.11.16 表皮ブドウ球菌コロニー数 2
00.3.4 黄色ブドウ球菌コロニー数 3
2009.10.21
98.4.23 黄色ブドウ球菌コロニー数 >100
98.7.24 黄色ブドウ球菌コロニー数 >100
98.9.3 黄色ブドウ球菌コロニー数 >100
98.9.28 黄色ブドウ球菌コロニー数 10
98.11.5 表皮ブドウ球菌コロニー数 2
98.12.22 黄色ブドウ球菌コロニー数 5
99.4.23 黄色ブドウ球菌コロニー数 5
99.7.23 黄色ブドウ球菌コロニー数 20
99.11.16 表皮ブドウ球菌コロニー数 2
00.3.4 黄色ブドウ球菌コロニー数 3
2009.10.21