医師に過失がなくてもステロイド皮膚症には陥るー川崎ステロイド訴訟(1)
1992年の久米宏のニュースステーションのアトピー特集の全容について、先に記しました(→こちら)。
以前から、金沢大学の竹原教授は、この番組をマスコミによるステロイドバッシングの原点と位置付け、勘違いなのか意図的なのか、歪めた情報発信を繰り返してきました(→こちら)。
なぜ、この番組が、そこまで貶められなければならなかったのか?
私は、この番組の出演者(患者)の一人が、川崎ステロイド訴訟の原告であったという点に注目します。
私は、この番組に、この方が出演していたという事実を知りませんでした。今回初めて番組を観て確認して「ああ、そういうことだったのか。」と、私なりに合点がいった、という気持ちです。
もしも、竹原教授が「この特集には、川崎ステロイド訴訟の原告が映っている。怪しからん。」とアピールしたなら、世間は、「ステロイドで訴訟が起きているのか?どんな内容なのだろう?」と関心を抱いたでしょうが、「久米宏が、ステロイドは最後の最後まで使ってはならない薬だとコメントして、患者のステロイド忌避を助長した。怪しからん。」なら、世間は「そうか、そういうつまらない番組だったのか。」と納得して、観るまでもないと判断し、中には自分もまた観た様な気分になって、したり顔で、情報の二次発信をする人も出てきます。
川崎ステロイド訴訟に直接言及してこれを否定するよりも、はるかに効率がいいです。
川崎ステロイド訴訟は、平成13年(2001年)11月22日に横浜地方裁判所川崎支部民事部で判決が出ています。事件番号は、「平成4年(ワ)第448号損害賠償請求事件」です。判決文というのは、一般に公開されるものですので、関心のある方は、探して閲覧・確認してみてください。
主文は、
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
です。
原告側の全面敗訴です。
どういう内容の訴訟であったのでしょうか?。判決全文を読むのが一番正確なのですが、長いので、概略をまずは、年表でまとめました。
以前から、金沢大学の竹原教授は、この番組をマスコミによるステロイドバッシングの原点と位置付け、勘違いなのか意図的なのか、歪めた情報発信を繰り返してきました(→こちら)。
なぜ、この番組が、そこまで貶められなければならなかったのか?
私は、この番組の出演者(患者)の一人が、川崎ステロイド訴訟の原告であったという点に注目します。
私は、この番組に、この方が出演していたという事実を知りませんでした。今回初めて番組を観て確認して「ああ、そういうことだったのか。」と、私なりに合点がいった、という気持ちです。
もしも、竹原教授が「この特集には、川崎ステロイド訴訟の原告が映っている。怪しからん。」とアピールしたなら、世間は、「ステロイドで訴訟が起きているのか?どんな内容なのだろう?」と関心を抱いたでしょうが、「久米宏が、ステロイドは最後の最後まで使ってはならない薬だとコメントして、患者のステロイド忌避を助長した。怪しからん。」なら、世間は「そうか、そういうつまらない番組だったのか。」と納得して、観るまでもないと判断し、中には自分もまた観た様な気分になって、したり顔で、情報の二次発信をする人も出てきます。
川崎ステロイド訴訟に直接言及してこれを否定するよりも、はるかに効率がいいです。
川崎ステロイド訴訟は、平成13年(2001年)11月22日に横浜地方裁判所川崎支部民事部で判決が出ています。事件番号は、「平成4年(ワ)第448号損害賠償請求事件」です。判決文というのは、一般に公開されるものですので、関心のある方は、探して閲覧・確認してみてください。
主文は、
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
です。
原告側の全面敗訴です。
どういう内容の訴訟であったのでしょうか?。判決全文を読むのが一番正確なのですが、長いので、概略をまずは、年表でまとめました。
被告は、川崎市内のBクリニック、C皮膚科、E皮膚科の三つの個人医院です。
判決文の「事案の概要」は、
「本件は,アトピー性皮膚炎を患った原告が,被告らの営む各診療所でそれぞれ治療を受けたところ,長期間にわたり使用上の注意をしないままにステロイド外用剤ないしステロイド内服薬を処方されたことなどにより,アトピー性皮膚炎を悪化させて顔面醜状を生じさせ,かつ,ステロイド皮膚症を生じさせたなどとして,債務不履行又は不法行為に基づき,損害賠償を求めた事案である。」
です。
1981年頃は、一番上の写真のように、赤ら顔もなく、ステロイドの副作用は出ていませんでしたが、その後顔面へのステロイド使用量は、年間使用量概算で、60g→80g→120gと増えていき、しかし湿疹はおさまらず、D大学病院を受診したところ「ステロイド酒さ」の診断を受け、そこからの紹介でE皮膚科に通院したのですが、F医師は、ステロイドを減量・中止したほうが良いといった内容のことは言うのですが、実際にはなかなかうまくいかず、結局通院をやめて自宅で脱ステロイドし、約9ヵ月後の1991年5月には「副作用症状が少しおさまりかけた」状態になり、1992年7月のニュースステーション出演時には、写真で明らかなように、ほとんど皮疹は治まってしまっています。
ステロイドをやめてこんなに良くなってしまうのだから、私が苦しんでいたのは、ステロイド外用剤の副作用であったのではないか?だとしたら、それを処方した医院に責任があるはずだ、そういう訴えです。
判決文の「事案の概要」は、
「本件は,アトピー性皮膚炎を患った原告が,被告らの営む各診療所でそれぞれ治療を受けたところ,長期間にわたり使用上の注意をしないままにステロイド外用剤ないしステロイド内服薬を処方されたことなどにより,アトピー性皮膚炎を悪化させて顔面醜状を生じさせ,かつ,ステロイド皮膚症を生じさせたなどとして,債務不履行又は不法行為に基づき,損害賠償を求めた事案である。」
です。
1981年頃は、一番上の写真のように、赤ら顔もなく、ステロイドの副作用は出ていませんでしたが、その後顔面へのステロイド使用量は、年間使用量概算で、60g→80g→120gと増えていき、しかし湿疹はおさまらず、D大学病院を受診したところ「ステロイド酒さ」の診断を受け、そこからの紹介でE皮膚科に通院したのですが、F医師は、ステロイドを減量・中止したほうが良いといった内容のことは言うのですが、実際にはなかなかうまくいかず、結局通院をやめて自宅で脱ステロイドし、約9ヵ月後の1991年5月には「副作用症状が少しおさまりかけた」状態になり、1992年7月のニュースステーション出演時には、写真で明らかなように、ほとんど皮疹は治まってしまっています。
ステロイドをやめてこんなに良くなってしまうのだから、私が苦しんでいたのは、ステロイド外用剤の副作用であったのではないか?だとしたら、それを処方した医院に責任があるはずだ、そういう訴えです。
(ニュースステーション取材時(1992)のSさん)
どのような理由で、この訴訟が、原告側敗訴になったのでしょうか? 次回まとめます(つづく→こちら)。
補足1) 「川崎ステロイド裁判傍聴記」というサイトがあり、原告の女性の病歴などが、まとめられています。下記バナークリックして、ご参照ください。
どのような理由で、この訴訟が、原告側敗訴になったのでしょうか? 次回まとめます(つづく→こちら)。
補足1) 「川崎ステロイド裁判傍聴記」というサイトがあり、原告の女性の病歴などが、まとめられています。下記バナークリックして、ご参照ください。
補足2) 判決文中の「争いのない事実及び容易に認定できる事実」は下記の通りです。
(1)A病院における診療経過の概要
原告(昭和3x年x月x日生まれの女性)は,医療法人A会の営むA病院でアトピー性皮膚炎と診断され,昭和59年12月8日まで通院治療を受け,ステロイド外用剤などを処方された。なお,同年9月18日から同年12月8日までの問に同病院で処方された薬剤は,別紙投薬一覧表1記載のとおりである(それ以前の投薬については,カルテが廃棄されたため,不明である。)。
(1)A病院における診療経過の概要
原告(昭和3x年x月x日生まれの女性)は,医療法人A会の営むA病院でアトピー性皮膚炎と診断され,昭和59年12月8日まで通院治療を受け,ステロイド外用剤などを処方された。なお,同年9月18日から同年12月8日までの問に同病院で処方された薬剤は,別紙投薬一覧表1記載のとおりである(それ以前の投薬については,カルテが廃棄されたため,不明である。)。
(2)Bクリニックにおける治療経過の概要
原告は,昭和59年12月14日,被告Bの営むBクリニックに転院し,昭和62年10月30日まで通院して治療を受け,ステロイド外用剤などを処方された。昭和61年1月24日から昭和62年10月30日までの間に同クリニックで処方された薬剤は,別紙投薬一覧表2記載のとおりである(なお,昭和59年12月から昭和60年12月までのカルテは廃棄されているため,治療内容などの詳細は不明である。)。
原告は,昭和59年12月14日,被告Bの営むBクリニックに転院し,昭和62年10月30日まで通院して治療を受け,ステロイド外用剤などを処方された。昭和61年1月24日から昭和62年10月30日までの間に同クリニックで処方された薬剤は,別紙投薬一覧表2記載のとおりである(なお,昭和59年12月から昭和60年12月までのカルテは廃棄されているため,治療内容などの詳細は不明である。)。
(3)C皮膚科における治療経過の概要
原告は,昭和63年1月23日,被告Cの営むC皮膚科に転院し,同年9月17日まで通院して治療を受け,ステロイド外用剤及びステロイド内服薬などを処方された。この期間中に同皮膚科で処方された薬剤は,別紙投薬一覧表3記載のとおりである。
原告は,昭和63年1月23日,被告Cの営むC皮膚科に転院し,同年9月17日まで通院して治療を受け,ステロイド外用剤及びステロイド内服薬などを処方された。この期間中に同皮膚科で処方された薬剤は,別紙投薬一覧表3記載のとおりである。
(4)D大学病院皮膚科における診療経過の概要
原告は,昭和63年9月26日,D大学病院皮膚科に転院し,同年11月15日まで通院して治療を受け,この期間中ステロイド外用剤などを処方された。
(5)E皮膚科における診療経過の概要
原告は,D大学病院皮膚科の紹介を受け,昭和63年12月15日,被告Eの営むE皮膚科に転院した。平成2年8月27日まで同皮膚科に通院し,F医師らの診察を受け,ステロイド外用剤などを処方された。この期間中に同皮膚科で処方された薬剤は,別紙投薬一覧表4記載のとおりである。
原告は,昭和63年9月26日,D大学病院皮膚科に転院し,同年11月15日まで通院して治療を受け,この期間中ステロイド外用剤などを処方された。
(5)E皮膚科における診療経過の概要
原告は,D大学病院皮膚科の紹介を受け,昭和63年12月15日,被告Eの営むE皮膚科に転院した。平成2年8月27日まで同皮膚科に通院し,F医師らの診察を受け,ステロイド外用剤などを処方された。この期間中に同皮膚科で処方された薬剤は,別紙投薬一覧表4記載のとおりである。
次に「争点」です。
(1)被告Bの責任と原告の損害
ア 原告の主張
(ア)ステロイド外用剤を顔面に長期連用すれば,その副作用により皮膚症状を悪化させ,ステロイド皮膚症を生じさせるとともに,その離脱時には薬理作用としての離脱皮膚炎を発生させることから,顔面への長期連用は禁止されている。
被告Bは,顔面にアトピー性皮膚炎を罹患している原告に対し,ステロイド外用剤を長期連用すべきでなかったのに,これを怠り,約3年間にわたってステロイド外用剤を処方した。
(イ)ステロイド外用剤は,顔面に長期連用してはならない上, その時の症状に合わせてランクを選択すべきであり,また,原則として顔面には強いものを使用すべきでなく,ベリーストロング以上のものは短期にとどめるべきである。ところが,被告Bは,このような知識を有していなかったため,外来処置時に顔面と両腕関節の内側にストロンゲストやベリーストロングの外用剤を塗布し,症状に必要なランクよりも強いステロイド外用剤を処方するとともに,その使用法についても適切な指導をしなかった。
(ウ)アトピー性皮膚炎の治療のためには,アレルゲンの検査を行い,悪化原因を知って生活指導を行うことが必要である。ところが,被告Bは,その検査を行わなかった上,悪化原因の手掛かりとなるカルテを廃棄し,原告に対し,生活指導を行わなかった.
(ェ)損害
原告は,Bクリニックで治療を受けるに当たり,日常生活をする上で支障のない程度の顔面皮膚症状を保持し,精神的に安定した生活を送れるよう適切な治療を期待していた。ところが,被告Bの不適切な治療により,その期待権を侵害され,しかも,顔面の症状が悪化し,ステロイド外用剤による副作用であるステロイド皮膚症が生じた可能性もある。これによって生じた原告の精神的損害は200万円を下らない。
イ 被告Bの主張
(ア)ステロイド外用療法が対症療法であることからすると,ステロイド外用剤による治療な必要な症状があれば,年余にわたって処方することは当然であり,その期間の限度はない。したがって,被告Bがステロイド外用剤の処方を短期間に限定しなかったからといって,注意義務違反があるということはできない。
(イ)被告Bは、ステロイド外用剤の処方に当たり,その副作用である酒さ様皮膚炎の発生に留意してきたし,病変の深さに応じてステロイド外用剤を分けて処方したものである。なお,被告Bは,顔面と躯幹・四肢でステロイド外用剤を分けて処方していたものであり,外来処置時には,原告が顔面に処置することを好まなかったため,顔面にステロイド外用剤を塗布していない。
(ウ)アトピー性皮膚炎については,血液検査やパッチテストの繰り返しだけでは,アレルゲンを決定できるものではないから,被告Bがその検査をしなかったからといって,注意義務違反があったということはできない。また,被告Bは診療開始に当たり,すべての患者に対し,一般的な注意をしている。
(ェ)被告Bが診療していた期間中,原告にはステロイド外用剤による副作用は生じていない。
(2)被告Cの責任と原告の損害
ア 原告の主張
(ア)ステロイド内服薬は,重篤な副作用が出現する可能性があり,その投与は特に慎重になされなければならず,しかも,アトピー性皮膚炎は生命の危険を伴わない慢性疾患であるから,原則として,ステロイド内服薬を投与すべきでないが,例外的に適応があるのは,①ステロイド外用剤をも含めて他の治療を試みても無効である場合,②重篤な副作用を招来する危険がほとんどなく,短期間の投与によって罹病期間を著しく短縮し得る場合,③結婚式などのため短期間だけ症状を軽くする必要に迫られている場合などに限られる。ところが,被告Cは,その適応がなかったにもかかわらず,原告に対し,プレドニゾロン(ステロイド内服薬)を処方した。
(イ)ステロイド内服薬の適応ケースであったとしても,症状を抑制し得る十分量を初期量とし,症状の改善とともに減量する漸減法により治療するのが原則であり,この場合,1週間を単位として1週間ごとに半減して数週間程度で中止するのが一般的である。ところが,被告Cは,昭和63年2月17日にプレドニゾロン4錠(1日分)を処方し,同月26日にも同様に処方したが,同年3月2日に2錠(1日分)に半減し,同年9月17日の最終診療日までその処方量を維持したものであり,医師としての裁量を逸脱してプレドニゾロンを処方した。
(ウ)ステロイド内服薬を処方する場合,重篤な副作用が出現する可能性があるから,患者に対し,使用の必要性及び副作用について理解できるよう説明し,その承諾を得るべきである。ところが,被告Cは,これを怠り,原告に対し,ステロイド内服薬を処方することを告げず,副作用の説明をしないで,プレドニゾロンを処方した。
(エ)損害
原告は,被告Cから副作用の心配のない適正な治療を受けられるものと期待して通院していたものであるが,被告Cの不適切な治療により,その期待権を侵害された。これに対する原告の精神的苦痛を慰謝するには200万円を下らない。
イ 被告Cの主張
(ア)被告Cは,原告のアトピー性皮膚炎を重症と診断し,ステロイド外用剤で十分な反応がなかったため,ステロイド内服薬を処方したものであり,その処方に不適切な点はない。
また,ステロイド内服薬を開始するに当たって,その疾患ごとの重篤度により,おおよその目安があるが,規定されたものはない。被告Cは,当初,ステロイド内服薬を4錠処方し,その後,2錠に減量して間欠的に処方していたものであり,不適切とはいえない。
(イ)被告Cがステロイド内服薬の処方に当たり説明義務を怠った旨の原告の主張は争う。
(3)被告Eの責任と原告の損害
ア 原告の主張
(ア)原告は,昭和63年9月26日にD大学病院皮膚科でステロイド外用剤の副作用である「ステロイド酒さ」の診断を受けて、おり,E皮膚科に通院中も,この症状は継続していたのであるから,その後もステロイド外用剤を連用すれば,酒さ様皮膚炎を悪化させ,また,その期間ステロイド外用剤からの離脱を遅らせるものであるから,医師としては, ステロイド外用剤の使用を極力抑えながら,非ステロイド外用剤によって皮膚症状の小康状態を保つべきであった。ところが,F医師は,原告の顔面に発症していた酒さ様皮膚炎を見落とし,昭和63年12月15日の初診時から平成2年8月27日までの約1年8か月間,原告の顔面にステロイド外用剤を連用した。
(イ)ステロイド皮膚症を治療するには,ステロイド外用剤を中止することが必要であるが,長期間これを使用していた者が中止すると,リバウンドにより急激な皮膚症状の悪化が起こる。したがって,医師としては,患者に対し,ステロイド外用剤の使用中止に当たり,適切な説明を行うべきである。ところが,F医師は,これを怠り,原告に対し,十分な説明をしなかった。
(ウ)損害
原告は,F医師の不適切な治療により,酒さ様皮膚炎が悪化し,また,その期間ステロイド外用剤からの離脱が遅れた上,F医師から,ステロイド外用剤の離脱の当たり治療方針・予想される症状等の説明がなされなかったため,離脱時の症状に対する苦痛・不安が増大し,多大精神的苦痛を受けた。このような原告の精神的苦痛に対する慰謝料は300万円を下らない。
イ 被告Eの主張
(ァ)E皮膚科のF医師は,D大学病院皮膚科の紹介状に基づき,原告を問診し,さらに,視診した結果,顔面の乾燥状態が非常に強く,浮腫状も強かったが,副作用である酒さ様皮膚炎は見られなかった。F医師は,アレルギー検査の結果や年齢も考慮して,顔面が重症になってくることが特徴的な成人型アトピー性皮膚炎の重症例と診断した。そして,原告にはまだかなり強い症状が残っていると判断し,顔面用にD大学病院皮膚科で処方されたものと同じ強さのステロイド外用剤であるベトゾン軟膏を,身体用にステロイド外用剤であるビスコザール軟膏を処方した。
F医師は,ステロイド外用剤を処方するに当たり,局所的副作用が生じやすいことを考慮し,原告の症状の経過観察をしながら,かつ,使用部位に注意することなどを指示した上,昭和63年12月15日の初診時から平成元年3月8日までベトゾン軟膏を処方し,同月28日以降は,ランクを下げてアルメタ軟膏を処方したものであり,その間,原告の症状は概ね良好に保たれており,ステロイド外用剤を処方されたことにより症状が悪化したり酒さ様皮膚炎が出現するようなことはなかった.
なお,原告は,○医師が初診時に酒さ様皮膚炎を見落としていた旨主張する。しかしながら,その当時にこの症状が既に出現していたのであれば,その後1年8か月にわたってステロイド外用剤を使用継続することにより酒さ様皮膚炎が悪化するのが当然であるところ,このような症状は生じなかった。
(イ)F医師は,原告に対し,ステロイド外用剤の中止に際して,その中止に伴うリバウンドなどについて十分な説明をした。
次に、「当裁判所の判断」のうち、「診療経過及び原告の症状の変遷など」から、D大学病院および、E皮膚科における診療経過の部分を引用します。
D大学病院皮膚科における診療経過
ア 原告は,皮膚症状が改善されなかったので,昭和63年9月26日,D大学病院皮膚科で診察を受けた。初診時,眼瞼の浮腫,顔面の潮紅,頚部および両上肢の肘窩部に苔癬化が認められたほか,両下肢の膝関節の裏側に掻痕及び丘疹が認められ,顔面と両上肢の症状は特に悪化していた。その際,原告は,身体用の薬剤を顔面にも塗布していた旨の説明をした。原告を診察した○医師は,主としてアトピー性皮膚炎の症状が強く出ていたほか,[ステロイド酒さ」の所見(顔面潮紅)が認められると診断し,キンダベート軟膏(ステロイド外用剤),ポララミン(抗ヒスタミン剤)などを処方した。そして,治療方針が決まれば,通院に便利なE皮膚科に転院指導することにした。同日行われた検査によれば,IgEの数値が高く,アレルギーの程度が高いことが認められた。また,LDH(乳酸脱水素酵素)の数値がかなり上がっており,アトピー性皮膚炎の症状がかなり広範囲に強くあることが示唆された。
イ 同年10月7日,顔面の皮膚症状は悪化し,熱感,腫脹,発赤,痒みが認められ,傷病名として伝染性膿痂疹,毛のう炎が加わった。そして,より強いリゾメックス(ステロイド外用剤),ワセリンボチ(非ステロイド剤)などが処方された。なお,原告は,担当医から,入院を勧められた。
ウ 同月17日,顔面が腫れ, 湿疹症状が悪化し, 膿痂疹が認められたが,酒さ様皮膚炎は認められなかった。原告に対し,オラセフ,ポララミン,セレスタミン(ステロイド剤と抗ヒスタミン剤との混合剤)などが処方された。この日も,原告は,入院を勧められた。
エ 同月24日,顔面の皮膚症状は,腫れが引いて良くなり,二次感染も軽快したので,セレスタミンが4錠から2錠に減量された。
オ 同月28日,皮膚症状は良くなり,乾燥するようになったので,抗生剤の処力は中止され,セレスタミンは2錠から1錠に減量された。
カ 同年11月8日,血液中のアレルギー検査がなされた。その結果,ダニがスリープラス,ネコ,杉,小麦がツープラスであった。
キ 同月15日,ポララミン,リンデロンDP軟膏(ステロイド外用剤)とウレパール軟膏の混合薬,リドメックス軟膏,オリーブ油が処方された。 原告を診察した△医師は,原告の症状が軽快したので,原告をE皮膚科に紹介した。同医師の作成した紹介状には,「一時悪化していましたが現在下記処方で軽快しております。」「ポララミン12ミリグラム2掛け1,リンデロンDP軟膏1対1の混合,これを身体用,なお,ラストではダニ1+3,ネコ,スギ,コムギ2+,ほか多数+です。よろしくフォローして下さい。」と記載されていた。
(以上につき,甲5,証人△,原告)
E皮膚科における診療経過及びその後の経過
ア 原告は,昭和63年12月15日,上記紹介状を持参して,E皮膚科で受診した。原告を診察したF医師は,原告の顔面の乾燥状態が強く,浮腫状態も強かったので,D大学病院におけるアレルギー検査結果や年齢を考慮して,顔面の症状が重症になってくることが特徴的な成人型アトピー性皮膚炎の重症例と診断したが,その際,酒さ様皮膚炎などステロイド外用剤による副作用は見られなかった。F医師は,原告にはまだかなり強い症状が残っていると判断して,顔用にはD大学病院皮膚科で処方されたものと同じ強さのステロイド外用剤であるベトゾン軟膏を,身体用にはこれより強いステロイド外用剤であるビスコザール軟膏をそれぞれ処方するとともに,ポララミン復効錠(抗ヒスタミン剤)及び抗アレルギー 作用のある小柴胡揚を処方した。
同月20日の受診時,顔面の浮腫症状は強かったが,乾燥状態は軽減していた。F医師は,問診の結果,オリーブ油で乾燥が取れるとのことであったので,顔面の乾燥の強いところにオリーブ油を外用し,痒みのあるところにベトゾン軟膏を使用するよう指示した。
同月27日の受診時,原告の上眼瞼に浮腫症状が認められた。問診の結果,乾燥傾向は取れてきているとのことであったので,F医師は,それではベトゾン軟膏の塗布の回数を1日2回と指示していたが,同日以降,1日1回ないし2回とするよう指示してこれを処方した。
イ 平成元年1月24日の受診時,原告は,夏,汗をかく時期に悪化すること,突っ張り感は軽減してきたことを述ベていた。
ウ 同年2月9日,問診の結果,浮腫状態は,徐々に治まってきていたが,顔面には痒みが出たとのことであったので, F医師は,痒みを押さえる目的で内服薬アタラックスP(抗アレルギー剤)を処方した。
エ 同年3月8日,掻痒及び掻破は減少していた。ベトゾン軟膏に加えてビスコザール軟膏が追加処方された。
原告は,F医師の勧めで同月18日,×眼科で診察を受けたところ,白内障に罹患していると診断されたので,同月28日にE皮膚科で受診した際, F医師に対し,その旨説明するとともに,10日前から顔面などに痒みが増したと訴えた。F医師は,初診時以降,ベトゾン軟膏を処方していたが,乾燥状態,浮腫状態が軽快傾向にあり,投与期間,症状を考慮して,ステロイドの強さを-つ下げることを決め,アルメタ軟膏に変更した。
オ 同年4月18日の受診時,原告は,顔面の皮膚症状が悪化しているが,これは毎年春先になると同じように悪化する旨の説明をしていた。F医師は, 原告に対し,前回と同様な処方に加えてビスコザール軟膏を追加処方した。
カ 同年5月17日,原告の顔面に鱗屑が強く付着しているが,痒みは非常に軽減していた。また,体の皮膚症状には著変がなかった。顔面にはアルメタ軟膏が継続処方され,鱗屑の治療のため,アンダーム軟膏(非ステロイド系消炎剤)が処方された。
キ 同年6月21日,顔面に鱗屑がまだ付着しており,体に皮疹が出現しているとの訴えがあったので,従前と同様の外用剤(ただし,アンダーム軟膏を除く。)が処方された。
ク 同年7月24日,顔面の浮腫は,減少傾向にあったが,四肢に痒みが出ていた。F医師は,難治性の成人型アトピー性皮膚炎については,食物の関与もあり得るので,食餌アレルギーを抑える効果のある内服薬インタール(抗アレルギー剤)を処方した。
ケ 同年8月25日の受診時,原告は,夏場に汗をかき,皮膚症状が悪化していると述べていた。F医師は,内服薬としてインタールを継続するとともに,痒み止めにアタラックスPを処方した。
コ 同年9月13日の受診時,原告は,7月から9月まで夜に痒みが増えて掻破が多くなると述べていた。インタールとリザベン(抗アレルギー剤)が併用処方された。同月26日,原告は, 汗が出て痒みがあり,夕方には掻痒が強くなると訴えていたが,インタールを継続して服用しなかった。 そのため,F医師は,インタールに代え,漢方薬である消風散を処方した。
サ 同年10月18日,汗をかかなくなり,身体の皮膚症状は良くなってきていたが,顔面の症状は悪化していた。前回と同様の薬剤が処方された。
シ 同年11月15日,原告は,同月に入ってから全体の症状特に顔面の症状が非常に悪化したと訴えた。診察の結果,顔面には,発赤,腫脹,ほてり,潮紅などの炎症が出ており,上眼瞼も浮腫状になっていたことが認められた。F医諦は,原告が痒みが余りないと述べていたので,痒みが強いときに処方していたアタラックスPの処方を中止し,消風散とリザベンを処方するとともに,顔面には,アルメタ軟膏,アンダーム軟膏及び亜鉛華軟膏を処方した。
ス 同年12月13日,原告は,顔面の発赤,腫脹,ほてり,上眼瞼のほてりは取れてきたが,暖房時に顔面が突っ張るなどと訴えた。亜鉛華軟膏の処方は中止され,アルメタ軟膏とアンダーム軟膏が処方された。同月28日の受診時,前腕の掻痒は減少してきたが,顔面は浮腫状態であった。F医師は,アルメタ軟膏とアンダーム軟膏を処方した。
セ 平成2年1月26日,原告の顔面に掻痒があり,浮腫状態が続いていることが認められた。原告を診察した音山医師は,前回と同様の処方をするとともに,原告に対し,炎症時の冷却及び入浴方法について生活指導した。
ソ 同年2月22日,原告は,顔面の状態は変わらず,体と上肢の痒みが激減したと述べていた。顔面用にアンダーム軟脅に代えアンホリル軟膏が処方された。
タ 同年4月19日,原告の顔面のうち額部,頬部に鱗屑を伴う潮紅した苔癬化局面が認められ,顔面の症状は全体的に良くない状態であった。前回と同様の処方がなされた。
チ 同年4月24日,右の上眼瞼が浮腫状であるが,苔癬化局面は認められなかった。冬期に乾燥して顔面が悪化していたが,同年4月以降,症状は軽減してきた。
ツ その後,原告は,2か月余り通院していなかったが,同年7月5日に受診した際,皮膚症状は比較的良かった。F医師は,D大学病院皮膚科の治療方針が,なるべくステロイド剤を使用しないことになり,その方針の下に,同年5月ころ,2人の患者の経過観察を依頼されたので,これを契機に,長期間ステロイド外用剤を処方している患者に対し,なるべく使用しない方針を立てた。
F医師は,原告に対し,ステロイドを中止して様子を見ることとし,急にその投与を中止すると,リバウンド現象が生じアトピー性皮膚炎も悪化するので,定期的に通院してほしい旨説明した。これに対し,原告は,今は忙しくて通院できないと答えたので,F医師は,同年8月からステロイドの投与を中止する計画を立てた。
その後,原告は,海外旅行に出掛け,その期間中,1日に3回程度ステロイド外用剤をいつもより量を多く顔面に塗布していたところ,その症状が悪化した。
テ 同年8月4日の受診時,原告の顔面にヘルペスの二次感染が疑われた。F医師は,ヘルペス感染症が顔面皮疹の増悪因子とされているので,原告に対し,ヘルペス症状が治癒した後,ステロイド外用剤を中止する旨説明した。そして,オラセフ(抗生物質),トリルダン(抗アレルギー剤)を, 顔面用にアルメタ軟膏とアンホリル軟膏を,身体用にパンデル軟膏と亜鉛華軟膏の1対1の混合薬をそれぞれ処方した。原告は,副作用のあるステロイドを使用したくないと考え,同日以降,F医師の指示がないまま, 自己の判断でその使用を中止した。
ト 同月7日の受診時,原告の前額部は大分良くなっていた。同月18日の受診時, 原告は, ステロイド剤の使用を中止した代わりに馬油を使用しているが,首に苔癬化が見られ,突っ張り感が強いなどと症状の説明をした。F医師は,夏に入って汗をかくようになったことでアトピー性皮膚炎が悪化したものと診断した。そして,原告に対し,頚部には外用剤を使用するよう指示し,トリルダン,消風散(7.5グラムから10グラムに増加した),黄連解毒湯(発赤の治療)を処方した。
ナ 同月24日,頚部, 両上肢,体幹の皮膚症状が悪化していた。F医師は, 頸部と両上肢にリンデロンVG軟膏と亜鉛華軟膏を貼付する措置を行い,顔面には亜鉛華軟膏を夜間リント布処置をするよう指示するとともに,内服薬であるセレスタミン,セルベックスを処方した。
ニ 同月27日, 原告の頸部と両上肢の症状は大分良くなったが,顔面の潮紅, 浮腫状態は続いていた。F医師は,セレスタミン,セルベックスを処方した。
なお, 原告は, 同月中旬頃から,勤務先の○○を休むようになった。
ヌ 原告は自分の判断でステロイド外用剤の使用を中止したが,F医師すると言いながらその後もステロイド外用剤を処方することに不信感を抱き,同月27日の受診を最後に,以後,通院を止めてしまった。
F医師は, 同年9月4日,原告の母から,診断書の作成のみを依頼された際,外出できないほど原告の症状が悪くなっており,来院することもできない旨聞かされたので,原告をD大学病院に入院させるよう勧めた。その際,F医師は,「アトピー性皮膚炎の悪化で改善傾向少なく,9月7日から1か月の加療を要する。」旨の同月7日付け診断書(乙D23) を交付した。
F医師は,同年11月24日,同年12月26日,平成3年1月31日, 同年2月28日,同年3月28日,原告を診察しないまま,原告の母の依頼を受けて原告の診断書を交付した。ところが,その後, 原告から,診断書にステロイド剤の副作用のことが記載されていないと苦情を述べられた。F医師は,同年4月2日,原告に電話をして受診を勧めたが,原告がかなり精神的に不安定になっていたので,原告の気持をなだめるため,傷病手当金の請求書(甲6)の医師の意見欄(同年3月28日付け)に,「尚,ステロイド軟膏長期外用による副作用が顔面に出現し,現在も続いている」と追加して記載した。
なお,原告は,同年4月,Hを退職した。
(以上につき,甲1,2,6,乙D1,証人F,原告)
2012.11.05
(1)被告Bの責任と原告の損害
ア 原告の主張
(ア)ステロイド外用剤を顔面に長期連用すれば,その副作用により皮膚症状を悪化させ,ステロイド皮膚症を生じさせるとともに,その離脱時には薬理作用としての離脱皮膚炎を発生させることから,顔面への長期連用は禁止されている。
被告Bは,顔面にアトピー性皮膚炎を罹患している原告に対し,ステロイド外用剤を長期連用すべきでなかったのに,これを怠り,約3年間にわたってステロイド外用剤を処方した。
(イ)ステロイド外用剤は,顔面に長期連用してはならない上, その時の症状に合わせてランクを選択すべきであり,また,原則として顔面には強いものを使用すべきでなく,ベリーストロング以上のものは短期にとどめるべきである。ところが,被告Bは,このような知識を有していなかったため,外来処置時に顔面と両腕関節の内側にストロンゲストやベリーストロングの外用剤を塗布し,症状に必要なランクよりも強いステロイド外用剤を処方するとともに,その使用法についても適切な指導をしなかった。
(ウ)アトピー性皮膚炎の治療のためには,アレルゲンの検査を行い,悪化原因を知って生活指導を行うことが必要である。ところが,被告Bは,その検査を行わなかった上,悪化原因の手掛かりとなるカルテを廃棄し,原告に対し,生活指導を行わなかった.
(ェ)損害
原告は,Bクリニックで治療を受けるに当たり,日常生活をする上で支障のない程度の顔面皮膚症状を保持し,精神的に安定した生活を送れるよう適切な治療を期待していた。ところが,被告Bの不適切な治療により,その期待権を侵害され,しかも,顔面の症状が悪化し,ステロイド外用剤による副作用であるステロイド皮膚症が生じた可能性もある。これによって生じた原告の精神的損害は200万円を下らない。
イ 被告Bの主張
(ア)ステロイド外用療法が対症療法であることからすると,ステロイド外用剤による治療な必要な症状があれば,年余にわたって処方することは当然であり,その期間の限度はない。したがって,被告Bがステロイド外用剤の処方を短期間に限定しなかったからといって,注意義務違反があるということはできない。
(イ)被告Bは、ステロイド外用剤の処方に当たり,その副作用である酒さ様皮膚炎の発生に留意してきたし,病変の深さに応じてステロイド外用剤を分けて処方したものである。なお,被告Bは,顔面と躯幹・四肢でステロイド外用剤を分けて処方していたものであり,外来処置時には,原告が顔面に処置することを好まなかったため,顔面にステロイド外用剤を塗布していない。
(ウ)アトピー性皮膚炎については,血液検査やパッチテストの繰り返しだけでは,アレルゲンを決定できるものではないから,被告Bがその検査をしなかったからといって,注意義務違反があったということはできない。また,被告Bは診療開始に当たり,すべての患者に対し,一般的な注意をしている。
(ェ)被告Bが診療していた期間中,原告にはステロイド外用剤による副作用は生じていない。
(2)被告Cの責任と原告の損害
ア 原告の主張
(ア)ステロイド内服薬は,重篤な副作用が出現する可能性があり,その投与は特に慎重になされなければならず,しかも,アトピー性皮膚炎は生命の危険を伴わない慢性疾患であるから,原則として,ステロイド内服薬を投与すべきでないが,例外的に適応があるのは,①ステロイド外用剤をも含めて他の治療を試みても無効である場合,②重篤な副作用を招来する危険がほとんどなく,短期間の投与によって罹病期間を著しく短縮し得る場合,③結婚式などのため短期間だけ症状を軽くする必要に迫られている場合などに限られる。ところが,被告Cは,その適応がなかったにもかかわらず,原告に対し,プレドニゾロン(ステロイド内服薬)を処方した。
(イ)ステロイド内服薬の適応ケースであったとしても,症状を抑制し得る十分量を初期量とし,症状の改善とともに減量する漸減法により治療するのが原則であり,この場合,1週間を単位として1週間ごとに半減して数週間程度で中止するのが一般的である。ところが,被告Cは,昭和63年2月17日にプレドニゾロン4錠(1日分)を処方し,同月26日にも同様に処方したが,同年3月2日に2錠(1日分)に半減し,同年9月17日の最終診療日までその処方量を維持したものであり,医師としての裁量を逸脱してプレドニゾロンを処方した。
(ウ)ステロイド内服薬を処方する場合,重篤な副作用が出現する可能性があるから,患者に対し,使用の必要性及び副作用について理解できるよう説明し,その承諾を得るべきである。ところが,被告Cは,これを怠り,原告に対し,ステロイド内服薬を処方することを告げず,副作用の説明をしないで,プレドニゾロンを処方した。
(エ)損害
原告は,被告Cから副作用の心配のない適正な治療を受けられるものと期待して通院していたものであるが,被告Cの不適切な治療により,その期待権を侵害された。これに対する原告の精神的苦痛を慰謝するには200万円を下らない。
イ 被告Cの主張
(ア)被告Cは,原告のアトピー性皮膚炎を重症と診断し,ステロイド外用剤で十分な反応がなかったため,ステロイド内服薬を処方したものであり,その処方に不適切な点はない。
また,ステロイド内服薬を開始するに当たって,その疾患ごとの重篤度により,おおよその目安があるが,規定されたものはない。被告Cは,当初,ステロイド内服薬を4錠処方し,その後,2錠に減量して間欠的に処方していたものであり,不適切とはいえない。
(イ)被告Cがステロイド内服薬の処方に当たり説明義務を怠った旨の原告の主張は争う。
(3)被告Eの責任と原告の損害
ア 原告の主張
(ア)原告は,昭和63年9月26日にD大学病院皮膚科でステロイド外用剤の副作用である「ステロイド酒さ」の診断を受けて、おり,E皮膚科に通院中も,この症状は継続していたのであるから,その後もステロイド外用剤を連用すれば,酒さ様皮膚炎を悪化させ,また,その期間ステロイド外用剤からの離脱を遅らせるものであるから,医師としては, ステロイド外用剤の使用を極力抑えながら,非ステロイド外用剤によって皮膚症状の小康状態を保つべきであった。ところが,F医師は,原告の顔面に発症していた酒さ様皮膚炎を見落とし,昭和63年12月15日の初診時から平成2年8月27日までの約1年8か月間,原告の顔面にステロイド外用剤を連用した。
(イ)ステロイド皮膚症を治療するには,ステロイド外用剤を中止することが必要であるが,長期間これを使用していた者が中止すると,リバウンドにより急激な皮膚症状の悪化が起こる。したがって,医師としては,患者に対し,ステロイド外用剤の使用中止に当たり,適切な説明を行うべきである。ところが,F医師は,これを怠り,原告に対し,十分な説明をしなかった。
(ウ)損害
原告は,F医師の不適切な治療により,酒さ様皮膚炎が悪化し,また,その期間ステロイド外用剤からの離脱が遅れた上,F医師から,ステロイド外用剤の離脱の当たり治療方針・予想される症状等の説明がなされなかったため,離脱時の症状に対する苦痛・不安が増大し,多大精神的苦痛を受けた。このような原告の精神的苦痛に対する慰謝料は300万円を下らない。
イ 被告Eの主張
(ァ)E皮膚科のF医師は,D大学病院皮膚科の紹介状に基づき,原告を問診し,さらに,視診した結果,顔面の乾燥状態が非常に強く,浮腫状も強かったが,副作用である酒さ様皮膚炎は見られなかった。F医師は,アレルギー検査の結果や年齢も考慮して,顔面が重症になってくることが特徴的な成人型アトピー性皮膚炎の重症例と診断した。そして,原告にはまだかなり強い症状が残っていると判断し,顔面用にD大学病院皮膚科で処方されたものと同じ強さのステロイド外用剤であるベトゾン軟膏を,身体用にステロイド外用剤であるビスコザール軟膏を処方した。
F医師は,ステロイド外用剤を処方するに当たり,局所的副作用が生じやすいことを考慮し,原告の症状の経過観察をしながら,かつ,使用部位に注意することなどを指示した上,昭和63年12月15日の初診時から平成元年3月8日までベトゾン軟膏を処方し,同月28日以降は,ランクを下げてアルメタ軟膏を処方したものであり,その間,原告の症状は概ね良好に保たれており,ステロイド外用剤を処方されたことにより症状が悪化したり酒さ様皮膚炎が出現するようなことはなかった.
なお,原告は,○医師が初診時に酒さ様皮膚炎を見落としていた旨主張する。しかしながら,その当時にこの症状が既に出現していたのであれば,その後1年8か月にわたってステロイド外用剤を使用継続することにより酒さ様皮膚炎が悪化するのが当然であるところ,このような症状は生じなかった。
(イ)F医師は,原告に対し,ステロイド外用剤の中止に際して,その中止に伴うリバウンドなどについて十分な説明をした。
次に、「当裁判所の判断」のうち、「診療経過及び原告の症状の変遷など」から、D大学病院および、E皮膚科における診療経過の部分を引用します。
D大学病院皮膚科における診療経過
ア 原告は,皮膚症状が改善されなかったので,昭和63年9月26日,D大学病院皮膚科で診察を受けた。初診時,眼瞼の浮腫,顔面の潮紅,頚部および両上肢の肘窩部に苔癬化が認められたほか,両下肢の膝関節の裏側に掻痕及び丘疹が認められ,顔面と両上肢の症状は特に悪化していた。その際,原告は,身体用の薬剤を顔面にも塗布していた旨の説明をした。原告を診察した○医師は,主としてアトピー性皮膚炎の症状が強く出ていたほか,[ステロイド酒さ」の所見(顔面潮紅)が認められると診断し,キンダベート軟膏(ステロイド外用剤),ポララミン(抗ヒスタミン剤)などを処方した。そして,治療方針が決まれば,通院に便利なE皮膚科に転院指導することにした。同日行われた検査によれば,IgEの数値が高く,アレルギーの程度が高いことが認められた。また,LDH(乳酸脱水素酵素)の数値がかなり上がっており,アトピー性皮膚炎の症状がかなり広範囲に強くあることが示唆された。
イ 同年10月7日,顔面の皮膚症状は悪化し,熱感,腫脹,発赤,痒みが認められ,傷病名として伝染性膿痂疹,毛のう炎が加わった。そして,より強いリゾメックス(ステロイド外用剤),ワセリンボチ(非ステロイド剤)などが処方された。なお,原告は,担当医から,入院を勧められた。
ウ 同月17日,顔面が腫れ, 湿疹症状が悪化し, 膿痂疹が認められたが,酒さ様皮膚炎は認められなかった。原告に対し,オラセフ,ポララミン,セレスタミン(ステロイド剤と抗ヒスタミン剤との混合剤)などが処方された。この日も,原告は,入院を勧められた。
エ 同月24日,顔面の皮膚症状は,腫れが引いて良くなり,二次感染も軽快したので,セレスタミンが4錠から2錠に減量された。
オ 同月28日,皮膚症状は良くなり,乾燥するようになったので,抗生剤の処力は中止され,セレスタミンは2錠から1錠に減量された。
カ 同年11月8日,血液中のアレルギー検査がなされた。その結果,ダニがスリープラス,ネコ,杉,小麦がツープラスであった。
キ 同月15日,ポララミン,リンデロンDP軟膏(ステロイド外用剤)とウレパール軟膏の混合薬,リドメックス軟膏,オリーブ油が処方された。 原告を診察した△医師は,原告の症状が軽快したので,原告をE皮膚科に紹介した。同医師の作成した紹介状には,「一時悪化していましたが現在下記処方で軽快しております。」「ポララミン12ミリグラム2掛け1,リンデロンDP軟膏1対1の混合,これを身体用,なお,ラストではダニ1+3,ネコ,スギ,コムギ2+,ほか多数+です。よろしくフォローして下さい。」と記載されていた。
(以上につき,甲5,証人△,原告)
E皮膚科における診療経過及びその後の経過
ア 原告は,昭和63年12月15日,上記紹介状を持参して,E皮膚科で受診した。原告を診察したF医師は,原告の顔面の乾燥状態が強く,浮腫状態も強かったので,D大学病院におけるアレルギー検査結果や年齢を考慮して,顔面の症状が重症になってくることが特徴的な成人型アトピー性皮膚炎の重症例と診断したが,その際,酒さ様皮膚炎などステロイド外用剤による副作用は見られなかった。F医師は,原告にはまだかなり強い症状が残っていると判断して,顔用にはD大学病院皮膚科で処方されたものと同じ強さのステロイド外用剤であるベトゾン軟膏を,身体用にはこれより強いステロイド外用剤であるビスコザール軟膏をそれぞれ処方するとともに,ポララミン復効錠(抗ヒスタミン剤)及び抗アレルギー 作用のある小柴胡揚を処方した。
同月20日の受診時,顔面の浮腫症状は強かったが,乾燥状態は軽減していた。F医師は,問診の結果,オリーブ油で乾燥が取れるとのことであったので,顔面の乾燥の強いところにオリーブ油を外用し,痒みのあるところにベトゾン軟膏を使用するよう指示した。
同月27日の受診時,原告の上眼瞼に浮腫症状が認められた。問診の結果,乾燥傾向は取れてきているとのことであったので,F医師は,それではベトゾン軟膏の塗布の回数を1日2回と指示していたが,同日以降,1日1回ないし2回とするよう指示してこれを処方した。
イ 平成元年1月24日の受診時,原告は,夏,汗をかく時期に悪化すること,突っ張り感は軽減してきたことを述ベていた。
ウ 同年2月9日,問診の結果,浮腫状態は,徐々に治まってきていたが,顔面には痒みが出たとのことであったので, F医師は,痒みを押さえる目的で内服薬アタラックスP(抗アレルギー剤)を処方した。
エ 同年3月8日,掻痒及び掻破は減少していた。ベトゾン軟膏に加えてビスコザール軟膏が追加処方された。
原告は,F医師の勧めで同月18日,×眼科で診察を受けたところ,白内障に罹患していると診断されたので,同月28日にE皮膚科で受診した際, F医師に対し,その旨説明するとともに,10日前から顔面などに痒みが増したと訴えた。F医師は,初診時以降,ベトゾン軟膏を処方していたが,乾燥状態,浮腫状態が軽快傾向にあり,投与期間,症状を考慮して,ステロイドの強さを-つ下げることを決め,アルメタ軟膏に変更した。
オ 同年4月18日の受診時,原告は,顔面の皮膚症状が悪化しているが,これは毎年春先になると同じように悪化する旨の説明をしていた。F医師は, 原告に対し,前回と同様な処方に加えてビスコザール軟膏を追加処方した。
カ 同年5月17日,原告の顔面に鱗屑が強く付着しているが,痒みは非常に軽減していた。また,体の皮膚症状には著変がなかった。顔面にはアルメタ軟膏が継続処方され,鱗屑の治療のため,アンダーム軟膏(非ステロイド系消炎剤)が処方された。
キ 同年6月21日,顔面に鱗屑がまだ付着しており,体に皮疹が出現しているとの訴えがあったので,従前と同様の外用剤(ただし,アンダーム軟膏を除く。)が処方された。
ク 同年7月24日,顔面の浮腫は,減少傾向にあったが,四肢に痒みが出ていた。F医師は,難治性の成人型アトピー性皮膚炎については,食物の関与もあり得るので,食餌アレルギーを抑える効果のある内服薬インタール(抗アレルギー剤)を処方した。
ケ 同年8月25日の受診時,原告は,夏場に汗をかき,皮膚症状が悪化していると述べていた。F医師は,内服薬としてインタールを継続するとともに,痒み止めにアタラックスPを処方した。
コ 同年9月13日の受診時,原告は,7月から9月まで夜に痒みが増えて掻破が多くなると述べていた。インタールとリザベン(抗アレルギー剤)が併用処方された。同月26日,原告は, 汗が出て痒みがあり,夕方には掻痒が強くなると訴えていたが,インタールを継続して服用しなかった。 そのため,F医師は,インタールに代え,漢方薬である消風散を処方した。
サ 同年10月18日,汗をかかなくなり,身体の皮膚症状は良くなってきていたが,顔面の症状は悪化していた。前回と同様の薬剤が処方された。
シ 同年11月15日,原告は,同月に入ってから全体の症状特に顔面の症状が非常に悪化したと訴えた。診察の結果,顔面には,発赤,腫脹,ほてり,潮紅などの炎症が出ており,上眼瞼も浮腫状になっていたことが認められた。F医諦は,原告が痒みが余りないと述べていたので,痒みが強いときに処方していたアタラックスPの処方を中止し,消風散とリザベンを処方するとともに,顔面には,アルメタ軟膏,アンダーム軟膏及び亜鉛華軟膏を処方した。
ス 同年12月13日,原告は,顔面の発赤,腫脹,ほてり,上眼瞼のほてりは取れてきたが,暖房時に顔面が突っ張るなどと訴えた。亜鉛華軟膏の処方は中止され,アルメタ軟膏とアンダーム軟膏が処方された。同月28日の受診時,前腕の掻痒は減少してきたが,顔面は浮腫状態であった。F医師は,アルメタ軟膏とアンダーム軟膏を処方した。
セ 平成2年1月26日,原告の顔面に掻痒があり,浮腫状態が続いていることが認められた。原告を診察した音山医師は,前回と同様の処方をするとともに,原告に対し,炎症時の冷却及び入浴方法について生活指導した。
ソ 同年2月22日,原告は,顔面の状態は変わらず,体と上肢の痒みが激減したと述べていた。顔面用にアンダーム軟脅に代えアンホリル軟膏が処方された。
タ 同年4月19日,原告の顔面のうち額部,頬部に鱗屑を伴う潮紅した苔癬化局面が認められ,顔面の症状は全体的に良くない状態であった。前回と同様の処方がなされた。
チ 同年4月24日,右の上眼瞼が浮腫状であるが,苔癬化局面は認められなかった。冬期に乾燥して顔面が悪化していたが,同年4月以降,症状は軽減してきた。
ツ その後,原告は,2か月余り通院していなかったが,同年7月5日に受診した際,皮膚症状は比較的良かった。F医師は,D大学病院皮膚科の治療方針が,なるべくステロイド剤を使用しないことになり,その方針の下に,同年5月ころ,2人の患者の経過観察を依頼されたので,これを契機に,長期間ステロイド外用剤を処方している患者に対し,なるべく使用しない方針を立てた。
F医師は,原告に対し,ステロイドを中止して様子を見ることとし,急にその投与を中止すると,リバウンド現象が生じアトピー性皮膚炎も悪化するので,定期的に通院してほしい旨説明した。これに対し,原告は,今は忙しくて通院できないと答えたので,F医師は,同年8月からステロイドの投与を中止する計画を立てた。
その後,原告は,海外旅行に出掛け,その期間中,1日に3回程度ステロイド外用剤をいつもより量を多く顔面に塗布していたところ,その症状が悪化した。
テ 同年8月4日の受診時,原告の顔面にヘルペスの二次感染が疑われた。F医師は,ヘルペス感染症が顔面皮疹の増悪因子とされているので,原告に対し,ヘルペス症状が治癒した後,ステロイド外用剤を中止する旨説明した。そして,オラセフ(抗生物質),トリルダン(抗アレルギー剤)を, 顔面用にアルメタ軟膏とアンホリル軟膏を,身体用にパンデル軟膏と亜鉛華軟膏の1対1の混合薬をそれぞれ処方した。原告は,副作用のあるステロイドを使用したくないと考え,同日以降,F医師の指示がないまま, 自己の判断でその使用を中止した。
ト 同月7日の受診時,原告の前額部は大分良くなっていた。同月18日の受診時, 原告は, ステロイド剤の使用を中止した代わりに馬油を使用しているが,首に苔癬化が見られ,突っ張り感が強いなどと症状の説明をした。F医師は,夏に入って汗をかくようになったことでアトピー性皮膚炎が悪化したものと診断した。そして,原告に対し,頚部には外用剤を使用するよう指示し,トリルダン,消風散(7.5グラムから10グラムに増加した),黄連解毒湯(発赤の治療)を処方した。
ナ 同月24日,頚部, 両上肢,体幹の皮膚症状が悪化していた。F医師は, 頸部と両上肢にリンデロンVG軟膏と亜鉛華軟膏を貼付する措置を行い,顔面には亜鉛華軟膏を夜間リント布処置をするよう指示するとともに,内服薬であるセレスタミン,セルベックスを処方した。
ニ 同月27日, 原告の頸部と両上肢の症状は大分良くなったが,顔面の潮紅, 浮腫状態は続いていた。F医師は,セレスタミン,セルベックスを処方した。
なお, 原告は, 同月中旬頃から,勤務先の○○を休むようになった。
ヌ 原告は自分の判断でステロイド外用剤の使用を中止したが,F医師すると言いながらその後もステロイド外用剤を処方することに不信感を抱き,同月27日の受診を最後に,以後,通院を止めてしまった。
F医師は, 同年9月4日,原告の母から,診断書の作成のみを依頼された際,外出できないほど原告の症状が悪くなっており,来院することもできない旨聞かされたので,原告をD大学病院に入院させるよう勧めた。その際,F医師は,「アトピー性皮膚炎の悪化で改善傾向少なく,9月7日から1か月の加療を要する。」旨の同月7日付け診断書(乙D23) を交付した。
F医師は,同年11月24日,同年12月26日,平成3年1月31日, 同年2月28日,同年3月28日,原告を診察しないまま,原告の母の依頼を受けて原告の診断書を交付した。ところが,その後, 原告から,診断書にステロイド剤の副作用のことが記載されていないと苦情を述べられた。F医師は,同年4月2日,原告に電話をして受診を勧めたが,原告がかなり精神的に不安定になっていたので,原告の気持をなだめるため,傷病手当金の請求書(甲6)の医師の意見欄(同年3月28日付け)に,「尚,ステロイド軟膏長期外用による副作用が顔面に出現し,現在も続いている」と追加して記載した。
なお,原告は,同年4月,Hを退職した。
(以上につき,甲1,2,6,乙D1,証人F,原告)
2012.11.05