Dr.Corkの表皮バリア破綻説(その2)
Epidermal Barrier Dysfunction in Atopic Dermatitis Michael J Cork et al.
Journal of Investigative Dermatology 129, 1892–1908(June 2009)
Dr.Corkの説は、依存やリバウンドといった現象を、よく説明できるので、現在、世界中で認められつつあります。2009年のJournal of Investigative Dermatology 6月号には、綜説が掲載されました。そこで用いられたイラストをお借りして、Dr.Corkの説をさらに詳述しましょう。ちなみにJournal of Investigative Dermatologyというのは、世界で最も権威のある皮膚科雑誌です。そこでの綜説というのは非常に重みがあります。
Journal of Investigative Dermatology 129, 1892–1908(June 2009)
Dr.Corkの説は、依存やリバウンドといった現象を、よく説明できるので、現在、世界中で認められつつあります。2009年のJournal of Investigative Dermatology 6月号には、綜説が掲載されました。そこで用いられたイラストをお借りして、Dr.Corkの説をさらに詳述しましょう。ちなみにJournal of Investigative Dermatologyというのは、世界で最も権威のある皮膚科雑誌です。そこでの綜説というのは非常に重みがあります。
赤丸のPはプロテアーゼで、これには、内因性(角層直下の顆粒層細胞から作られる)のものと、外因性(黄色ブドウ球菌やヒョウヒダニ由来)のものとがあります。ダニといえば、アレルゲンを産生するものとばかり思っていましたが、ダニ抗原自体にプロテアーゼ活性もあるようです。だからダニアレルゲンで感作されている患者が多いのかもしれないですね。
1)プロテアーゼによって、角層細胞間のデスモゾームが加水分解され、それがアレルゲンを侵入させやすくすること、2)そのプロテアーゼに対抗するものとして、プロテアーゼインヒビターがあること、第二章で解説しました。このインヒビターですが、汗腺で多く作られて汗とともに体表を覆って外因性プロテアーゼに対抗しているようです。 アトピー性皮膚炎の患者の一部には、この汗腺由来のインヒビターをコードする遺伝子に変異があって機能不全のひともいるようです。
ところで、角質細胞は、水(H2O)を蓄え、外界の乾燥ストレスから守っているわけですが、その保水機能は細胞内にある「天然保湿因子(NMF)」とよばれるスポンジのような物質が担っており、これはフィラグリンという蛋白質に由来します。また、角質細胞は脂肪の薄い膜で覆われています(lipid lamellae)。
アトピー性皮膚炎の患者には、フィラグリン蛋白をコードする遺伝子に異常があることもあって、その場合NMFが十分な保水の働きをせず、また、NMFは、同時に周囲のPHを下げる作用があるために、これが十分でないと、周辺環境のPHが弱酸性(正常)から、中性に上がります。 SCCEなどのプロテアーゼは中性でよく働き、インヒビターは中性では機能が落ちるので、中性下ではデスモゾームは破壊されやすくなります。角質細胞をとりまく脂肪層の構成成分の産生も、中性下では落ちます。 皮膚の最表層である角層は、このようにPHによって支配される微妙なバランスのもとに、機能しています。体表からの深さに応じてPH勾配を形成することで、角質細胞の分化にも関わっています。 Dr.Corkは、このことを「The acid mantle」(健康な皮膚は酸性のマントをはおっている)と表現しています。
アトピー性皮膚炎の成因には、遺伝的なものと、環境的なものがあります。 遺伝的な成因としては、1)プロテアーゼ、2)プロテアーゼインヒビター、3)フィラグリン、それぞれの遺伝子の変異があり、環境的な因子としては、1)石けん・界面活性剤(体表のPHを上げるので)、2)外因性プロテアーゼ、3)TCS(topical corticosteroids:ステロイド外用剤)があります。 このように、ステロイド外用剤は、アトピー性皮膚炎の悪化因子の一つとして、はっきりと記載されています。
本文も少し紹介しておきましょう。ステロイド外用剤に触れた部分で、かなり手厳しいです。 もっとも全体を通して読むと、著者は、軽いアトピーにステロイドを気軽に用いるべきでない、長期連用はよくない、という警告のほかに、短期使用では有用であることや、重症では(フラグリン遺伝子変異など)シクロスポリンによる治療の選択もあることなどにも触れており、全体としてバランスの良いフェアな論文(綜説)だと思いました。 決してステロイド外用剤を全否定する論旨ではないと思います。
-----(ここから引用)-----
The effect of topical corticosteroids on the epidermal barrier: Topical corticosteroids are successfully used to treat the immune hyperreactivity associated with AD; however, increasing evidence suggests that they do not address the epidermal barrier defect associated with this disorder. The skin of patients treated with TCS is up to 70% thinner compared with that of untreated controls. There is also a concomitant decrease in the amount of intercellular lipid lamellae and a reduced number of membrane-coated granules at the SC–SG interface. The effect of these changes on barrier function was shown by an elevation in TEWL from the skin of patients treated with TCS. The skin barrier defect has been observed for a range of treatment regimens using TCS, from the short-term use (3 days) of very potent TCS to the prolonged use (6 weeks) of very mild TCS. Rebound flare after discontinuation of TCS has similarities to that observed after other forms of barrier disruption, such as surfactants and tape stripping. Barrier disruption results in the initiation of cytokine cascade, followed by an inflammatory response. This suggests that a barrier defect triggers the inflammatory response after cessation of immune suppression by the use of TCS. Furthermore, steroids have been shown to induce the expression of the desquamatory protease, KLK7, which is associated with the barrier defect in AD. Taken together, although the use of TCS suppresses inflammation associated with AD, they concomitantly seem to further damage the skin barrier, thereby increasing the risk of developing further flares of the disease.
(ステロイド外用剤が表皮バリア機能に及ぼす影響: ステロイド外用剤はアトピー性皮膚炎の免疫学的過敏性に対してはよく効く。しかし、この疾患の表皮バリア機能低下に対しては役に立たないことが判明しつつある。ステロイド外用剤で治療された患者の皮膚は、未治療対照群に対して、最大で70%薄くなっていた。同時に細胞間の脂肪薄膜の量が減少し、角質―顆粒細胞の境界にある膜結合顆粒の数も減っていた。これらバリア機能の変化は、ステロイド外用剤で治療された患者のTEWL(経表皮水分損失)を測定することで確認できる。強力なステロイド外用剤を短期(3日)間というレジメでも、弱いステロイド外用剤を長期(6週)間というレジメでも、皮膚バリア機能の低下が観察された。ステロイド外用剤中止後のリバウンドは、界面活性剤や、粘着テープを貼ってはがすという方法によって惹起される皮膚バリア機能の崩壊の状態によく似ている。バリア崩壊は、サイトカイン・カスケードを発動させ、炎症反応を引き起こす。このことは、ステロイド外用剤の使用による免疫抑制の中断ののちには、バリア機能の低下が炎症反応を引き起こすということを意味する。さらにステロイドは、アトピー性皮膚炎のバリア機能低下と関連のあるプロテアーゼKLK7(=SCCE)遺伝子の発現を促すことが判っている。まとめると、アトピー性皮膚炎でステロイド外用剤を使用すれば炎症はおさまるが、同時に皮膚バリア機能をさらに損ない、それためさらなる疾患の悪化のリスクを増加させるということである。)
-----(ここまで引用)-----
しかし、これだけ世界的に権威ある「科学的」な皮膚科の雑誌に、ステロイド外用剤の長期連用が依存につながることを書かれてしまうと、少し前まで「脱ステロイドは非科学的だ」と批判なさっていた日本の権威の先生がたは、どう整合性をつける御積りなのだろうか、と思ってしまいます。「権威ある雑誌で解説されたら『科学的』」なのでしょうか?それでは、わたしや、ほかの少数の「ステロイド依存」に臨床的に気がついて訴えてきた先生たちの姿勢は、科学的ではなかったのでしょうか? 「分子レベルで誰かが解明したから信用する」という姿勢は、わたしは「科学的」とは言わないと思います。そういうのは「科学的な雰囲気が好き」と言うのだと思います。 目の前の現象(医学においては患者の症状)をまずは正確に認識(記述)するところから始まるのが、自然科学だと思います。
とにかく、これだけ、はっきりと、ステロイド依存(Steroid addiction)やリバウンドについて、権威ある雑誌で明確に記述された以上は、日皮会のガイドライン、一日も早く「依存」の記述をつけて手直しして欲しいものです。 わたしは、もう現場から離れてしまいましたが、まだ頑張ってる昔の仲間たちの少数の「脱ステ医」が、かわいそうです。 そして何より、自分の体で依存を実感した結果、孤独に脱ステに取り組んでいるのに、周囲の社会から「何を非科学的なことやってるの?」とか「アトピービジネスに洗脳されちゃってるのが解らないの?」と、辛い言葉浴びせられてる患者たちが、ほんとにかわいそうだと思います。
2009.10.21
アトピー性皮膚炎の成因には、遺伝的なものと、環境的なものがあります。 遺伝的な成因としては、1)プロテアーゼ、2)プロテアーゼインヒビター、3)フィラグリン、それぞれの遺伝子の変異があり、環境的な因子としては、1)石けん・界面活性剤(体表のPHを上げるので)、2)外因性プロテアーゼ、3)TCS(topical corticosteroids:ステロイド外用剤)があります。 このように、ステロイド外用剤は、アトピー性皮膚炎の悪化因子の一つとして、はっきりと記載されています。
本文も少し紹介しておきましょう。ステロイド外用剤に触れた部分で、かなり手厳しいです。 もっとも全体を通して読むと、著者は、軽いアトピーにステロイドを気軽に用いるべきでない、長期連用はよくない、という警告のほかに、短期使用では有用であることや、重症では(フラグリン遺伝子変異など)シクロスポリンによる治療の選択もあることなどにも触れており、全体としてバランスの良いフェアな論文(綜説)だと思いました。 決してステロイド外用剤を全否定する論旨ではないと思います。
-----(ここから引用)-----
The effect of topical corticosteroids on the epidermal barrier: Topical corticosteroids are successfully used to treat the immune hyperreactivity associated with AD; however, increasing evidence suggests that they do not address the epidermal barrier defect associated with this disorder. The skin of patients treated with TCS is up to 70% thinner compared with that of untreated controls. There is also a concomitant decrease in the amount of intercellular lipid lamellae and a reduced number of membrane-coated granules at the SC–SG interface. The effect of these changes on barrier function was shown by an elevation in TEWL from the skin of patients treated with TCS. The skin barrier defect has been observed for a range of treatment regimens using TCS, from the short-term use (3 days) of very potent TCS to the prolonged use (6 weeks) of very mild TCS. Rebound flare after discontinuation of TCS has similarities to that observed after other forms of barrier disruption, such as surfactants and tape stripping. Barrier disruption results in the initiation of cytokine cascade, followed by an inflammatory response. This suggests that a barrier defect triggers the inflammatory response after cessation of immune suppression by the use of TCS. Furthermore, steroids have been shown to induce the expression of the desquamatory protease, KLK7, which is associated with the barrier defect in AD. Taken together, although the use of TCS suppresses inflammation associated with AD, they concomitantly seem to further damage the skin barrier, thereby increasing the risk of developing further flares of the disease.
(ステロイド外用剤が表皮バリア機能に及ぼす影響: ステロイド外用剤はアトピー性皮膚炎の免疫学的過敏性に対してはよく効く。しかし、この疾患の表皮バリア機能低下に対しては役に立たないことが判明しつつある。ステロイド外用剤で治療された患者の皮膚は、未治療対照群に対して、最大で70%薄くなっていた。同時に細胞間の脂肪薄膜の量が減少し、角質―顆粒細胞の境界にある膜結合顆粒の数も減っていた。これらバリア機能の変化は、ステロイド外用剤で治療された患者のTEWL(経表皮水分損失)を測定することで確認できる。強力なステロイド外用剤を短期(3日)間というレジメでも、弱いステロイド外用剤を長期(6週)間というレジメでも、皮膚バリア機能の低下が観察された。ステロイド外用剤中止後のリバウンドは、界面活性剤や、粘着テープを貼ってはがすという方法によって惹起される皮膚バリア機能の崩壊の状態によく似ている。バリア崩壊は、サイトカイン・カスケードを発動させ、炎症反応を引き起こす。このことは、ステロイド外用剤の使用による免疫抑制の中断ののちには、バリア機能の低下が炎症反応を引き起こすということを意味する。さらにステロイドは、アトピー性皮膚炎のバリア機能低下と関連のあるプロテアーゼKLK7(=SCCE)遺伝子の発現を促すことが判っている。まとめると、アトピー性皮膚炎でステロイド外用剤を使用すれば炎症はおさまるが、同時に皮膚バリア機能をさらに損ない、それためさらなる疾患の悪化のリスクを増加させるということである。)
-----(ここまで引用)-----
しかし、これだけ世界的に権威ある「科学的」な皮膚科の雑誌に、ステロイド外用剤の長期連用が依存につながることを書かれてしまうと、少し前まで「脱ステロイドは非科学的だ」と批判なさっていた日本の権威の先生がたは、どう整合性をつける御積りなのだろうか、と思ってしまいます。「権威ある雑誌で解説されたら『科学的』」なのでしょうか?それでは、わたしや、ほかの少数の「ステロイド依存」に臨床的に気がついて訴えてきた先生たちの姿勢は、科学的ではなかったのでしょうか? 「分子レベルで誰かが解明したから信用する」という姿勢は、わたしは「科学的」とは言わないと思います。そういうのは「科学的な雰囲気が好き」と言うのだと思います。 目の前の現象(医学においては患者の症状)をまずは正確に認識(記述)するところから始まるのが、自然科学だと思います。
とにかく、これだけ、はっきりと、ステロイド依存(Steroid addiction)やリバウンドについて、権威ある雑誌で明確に記述された以上は、日皮会のガイドライン、一日も早く「依存」の記述をつけて手直しして欲しいものです。 わたしは、もう現場から離れてしまいましたが、まだ頑張ってる昔の仲間たちの少数の「脱ステ医」が、かわいそうです。 そして何より、自分の体で依存を実感した結果、孤独に脱ステに取り組んでいるのに、周囲の社会から「何を非科学的なことやってるの?」とか「アトピービジネスに洗脳されちゃってるのが解らないの?」と、辛い言葉浴びせられてる患者たちが、ほんとにかわいそうだと思います。
2009.10.21