ゾレア(オマリズマブ)によるアトピー性皮膚炎の治療について
「生物学的製剤」(biological product, biologic)という新しい範疇に属する薬剤群があります。要はモノクローナル抗体の臨床応用です。
この中で、アトピー性皮膚炎への臨床応用がもっとも進んでいる(有効であったとする臨床報告が多い)ものが、重症喘息の治療薬として日本でも保険適応が認められた「ゾレア」(オマリズマブ)です。
この中で、アトピー性皮膚炎への臨床応用がもっとも進んでいる(有効であったとする臨床報告が多い)ものが、重症喘息の治療薬として日本でも保険適応が認められた「ゾレア」(オマリズマブ)です。
喘息というのは、アトピー性皮膚炎を合併していることも多く、この薬剤を用いた患者の皮膚炎が改善したという報告がありました。その後、アトピー性皮膚炎に有効であったと言う報告と、無効であったという報告双方が出ましたが、二重盲検によって効果を確認した報告はありませんでした。今回紹介する論文は、二重盲検によってゾレアのアトピー性皮膚炎への効果を確認しようとした、小規模(n=8)のパイロットスタディです。
Immunologic Effects of Omalizumab in Children with Severe Refractory Atopic Dermatitis: A Randomized, Placebo-Controlled Clinical Trial. Iyengar SR,et al. Int Arch Allergy Immunol. 2013 Jun 27;162(1):89-93
研究デザインは、4才から22才までの、標準的な治療でコントロール出来ない重症アトピー患者8名を4人と4人に分け、片方にゾレア、他方にプラセボを皮下注射して経過を追うというものです。
最初の投与の1週間前に、全ての治療薬を中止して、患者の真の重症度を確認したとあります。
ゾレア(またはプラセボ)の皮下注射は2-4週毎に150-375mgを24週間にわたり投与されました。この間のステロイド使用についての明確な記載が無いのですが、おそらく、24週の経過を通じて、一切の薬剤の投与は禁じられたのではないかと考えます。研究は、ゾレア投与による血液検査値の変化に重きを置いているようなので、他の薬剤の影響を排したかったであろうし、途中からステロイドなどの使用を認めるのであれば、最初に全治療薬を中止する意味が無いからです。
その結果ですが、いくつかある血液マーカーのうちのTotal IgEとFree IgE, TARCと、皮疹などの重症度(SCORAD値)との部分を引用します。この数字を見て、皆さんどう思われますでしょうか?
Immunologic Effects of Omalizumab in Children with Severe Refractory Atopic Dermatitis: A Randomized, Placebo-Controlled Clinical Trial. Iyengar SR,et al. Int Arch Allergy Immunol. 2013 Jun 27;162(1):89-93
研究デザインは、4才から22才までの、標準的な治療でコントロール出来ない重症アトピー患者8名を4人と4人に分け、片方にゾレア、他方にプラセボを皮下注射して経過を追うというものです。
最初の投与の1週間前に、全ての治療薬を中止して、患者の真の重症度を確認したとあります。
ゾレア(またはプラセボ)の皮下注射は2-4週毎に150-375mgを24週間にわたり投与されました。この間のステロイド使用についての明確な記載が無いのですが、おそらく、24週の経過を通じて、一切の薬剤の投与は禁じられたのではないかと考えます。研究は、ゾレア投与による血液検査値の変化に重きを置いているようなので、他の薬剤の影響を排したかったであろうし、途中からステロイドなどの使用を認めるのであれば、最初に全治療薬を中止する意味が無いからです。
その結果ですが、いくつかある血液マーカーのうちのTotal IgEとFree IgE, TARCと、皮疹などの重症度(SCORAD値)との部分を引用します。この数字を見て、皆さんどう思われますでしょうか?
ゾレア(Omalizumab)というのは、IgEに対するモノクローナル抗体です。これを投与すると、体内のIgEに結合して不活性化します。すると遊離IgE(Free IgE)は減少します。この作用はTh2系全般に及び、TARC値も低下します。
一方、臨床症状であるSCORAD値はというと、Placebo,Omalizumabともに低下すなわち改善傾向が見られます。
これをどう解釈するか?ですが、私は、プラセボ群の4人は、22週間の脱ステロイドによって改善した可能性が高いと考えます。
この論文は、なぜか統計的検定がなされていません。症例数が小さいことを考慮してなのかもしれませんが、試しに対応のある2群の平均値のt検定を行って、p値を計算してみたら、下表のようになりました。
一方、臨床症状であるSCORAD値はというと、Placebo,Omalizumabともに低下すなわち改善傾向が見られます。
これをどう解釈するか?ですが、私は、プラセボ群の4人は、22週間の脱ステロイドによって改善した可能性が高いと考えます。
この論文は、なぜか統計的検定がなされていません。症例数が小さいことを考慮してなのかもしれませんが、試しに対応のある2群の平均値のt検定を行って、p値を計算してみたら、下表のようになりました。
危険率5%レベルでは、なんとプラセボ群のほうで有意差が出て、ゾレア投与群では有意差が無い、という結果です。
著者は、プラセボでも改善してしまったことについて、「このような結果は、この種の研究ではよくあることで、これまでの『ゾレアが有効であった』とする報告においても、プラセボによる対照を採っていれば、同様の結果となっただろう」
(The high rate of response to placebo has been well documented in these types of studies and, had any of the above published studies examining the clinical effects of anti-IgE included a placebo arm, a similar rate of response may have been seen.)と記しています。
ついつい、読み飛ばしてしまいそうな一文ですが、ちょっと待ってください。エントリーの8例は、いずれも「ステロイド治療を含む標準的な治療ではうまくいかなかった重症例」(All patients had severe AD that had failed standard therapy.)だったんですよね?それが、22週のプラセボ治療(=ほぼ脱ステロイド)で有意に改善して、しかもそのようなことはよくあることだ、とおっしゃっているのでしょうか?
アトピー性皮膚炎と言うのは、自然治癒傾向のある疾患だから、という意味かもしれません。しかし、22週後に自然治癒傾向で良くなっていそうな患者たちとは考えられない重症例であったからこそ、ゾレア治療の対象となったのでは無かったでしょうか?
ゾレアの薬価は75mgで3万5千円くらいですから、「2-4週毎に150-375mgを24週間」だと、42万円~210万円になります。高価ですが、ここでちょっと私の立場というか考え方をはっきり記しておきますが、もし私の子供がアトピーであったとしたら、私はゾレアによる治療を受けさせます。自分がアトピーだったら、なおのこと受けます。幸い、その程度の経済力はあるし、上記論文で気になるのは、プラセボで有意差が出てしまっているという点だけで、血液検査値ははっきり改善傾向がありますからね。
医薬ビジランスセンターの浜六郎先生などは、喘息でのゾレアの使用について「費用に見合う価値があるとは言えない」という意見のようですが、公的健康保険財政からの視点はともかく、個人レベルとしては、喜んで全額自己負担でお金を払って治療を受けようという人も、日本には多いでしょう。(浜先生の記事は→こちら)
アナフィラキシーや発がん性リスクの増大の懸念はあるものの、それらを考えても、私なら、受けます。
個人的感想としては、こういうのこそ、自由診療で、中国などから富裕層をメディカルツアーで呼んで、受けさせれば良いのになあと思います。日本製の薬剤ではないですが、日本ブランドは強いですから、日本のある程度大きな病院が、こういう治療を自由診療で積極的に行えば、中国で同じ薬の治療を受けるよりも、日本まで行って受けたい、と希望する患者はいます。日本の患者がわざわざ中国に行って漢方治療を受けようとするのと同じことです。
ただし、残念なことに、現状、日本ではアトピー性皮膚炎に対し、自由診療でゾレア治療を行ってくれる皮膚科は無いと思います。薬剤費が高すぎて、もし効かなかった場合のクレームのリスクを考えると、二の足を踏むのでしょう。
それは置いておいて、今回紹介したこの論文、図らずも、4例の重症アトピー患者の脱ステロイドによる22週観察のケースレポートとして読むこともできる、というお話でした。
実のところ、これは本当に興味深いお話で、アトピー性皮膚炎に関してある新しい治療の効果を厳密に科学的に検証しようとすると、コントロール側は、まさに脱ステロイドそのものとなってしまうわけです。
通常の診療においては、脱ステロイド→リバウンドという悪化のストレスに、医者は耐えられず、ステロイドを処方してしまいますが、このような症例対照研究を行っている場合は別です。科学的研究を行っていると言う大義名分があるからです。
考えてもみてください。コントロールの患者の経過が悪ければ悪いほど、その「新しい治療」の有効性は際立ちます。だから、医者は耐えられます。
患者もまた、自分がプラセボのコントロール群であるという自覚はありませんから、実際には「何もしない」脱ステロイドであるにも関わらず、精神的に耐えやすいでしょう。
追記:コメント欄を通じて、ヒアルプロテクトに関する質問がありましたので、ここに記しておきます。
粘膜に使用してよいか?→よいです。
乳幼児に使用してよいか?→よいです。
粘膜への使用も、皮膚への使用のような効果を期待できるのでしょうか?→これは不明です。上記の「粘膜に使用してもよい」というのは、有害な結果が引き起こされる理由を思いつかない、という意味です。外陰部などに使用して痒みなどが改善したという実績はまだありません。粘膜の上皮細胞には皮膚の角質細胞と異なり、とげのような突起が無いので、作用しない可能性もあります。しかし、とくに有害な結果は想定されないので、金銭的余裕があれば試みる価値はあると考えます。
2013.07.16
著者は、プラセボでも改善してしまったことについて、「このような結果は、この種の研究ではよくあることで、これまでの『ゾレアが有効であった』とする報告においても、プラセボによる対照を採っていれば、同様の結果となっただろう」
(The high rate of response to placebo has been well documented in these types of studies and, had any of the above published studies examining the clinical effects of anti-IgE included a placebo arm, a similar rate of response may have been seen.)と記しています。
ついつい、読み飛ばしてしまいそうな一文ですが、ちょっと待ってください。エントリーの8例は、いずれも「ステロイド治療を含む標準的な治療ではうまくいかなかった重症例」(All patients had severe AD that had failed standard therapy.)だったんですよね?それが、22週のプラセボ治療(=ほぼ脱ステロイド)で有意に改善して、しかもそのようなことはよくあることだ、とおっしゃっているのでしょうか?
アトピー性皮膚炎と言うのは、自然治癒傾向のある疾患だから、という意味かもしれません。しかし、22週後に自然治癒傾向で良くなっていそうな患者たちとは考えられない重症例であったからこそ、ゾレア治療の対象となったのでは無かったでしょうか?
ゾレアの薬価は75mgで3万5千円くらいですから、「2-4週毎に150-375mgを24週間」だと、42万円~210万円になります。高価ですが、ここでちょっと私の立場というか考え方をはっきり記しておきますが、もし私の子供がアトピーであったとしたら、私はゾレアによる治療を受けさせます。自分がアトピーだったら、なおのこと受けます。幸い、その程度の経済力はあるし、上記論文で気になるのは、プラセボで有意差が出てしまっているという点だけで、血液検査値ははっきり改善傾向がありますからね。
医薬ビジランスセンターの浜六郎先生などは、喘息でのゾレアの使用について「費用に見合う価値があるとは言えない」という意見のようですが、公的健康保険財政からの視点はともかく、個人レベルとしては、喜んで全額自己負担でお金を払って治療を受けようという人も、日本には多いでしょう。(浜先生の記事は→こちら)
アナフィラキシーや発がん性リスクの増大の懸念はあるものの、それらを考えても、私なら、受けます。
個人的感想としては、こういうのこそ、自由診療で、中国などから富裕層をメディカルツアーで呼んで、受けさせれば良いのになあと思います。日本製の薬剤ではないですが、日本ブランドは強いですから、日本のある程度大きな病院が、こういう治療を自由診療で積極的に行えば、中国で同じ薬の治療を受けるよりも、日本まで行って受けたい、と希望する患者はいます。日本の患者がわざわざ中国に行って漢方治療を受けようとするのと同じことです。
ただし、残念なことに、現状、日本ではアトピー性皮膚炎に対し、自由診療でゾレア治療を行ってくれる皮膚科は無いと思います。薬剤費が高すぎて、もし効かなかった場合のクレームのリスクを考えると、二の足を踏むのでしょう。
それは置いておいて、今回紹介したこの論文、図らずも、4例の重症アトピー患者の脱ステロイドによる22週観察のケースレポートとして読むこともできる、というお話でした。
実のところ、これは本当に興味深いお話で、アトピー性皮膚炎に関してある新しい治療の効果を厳密に科学的に検証しようとすると、コントロール側は、まさに脱ステロイドそのものとなってしまうわけです。
通常の診療においては、脱ステロイド→リバウンドという悪化のストレスに、医者は耐えられず、ステロイドを処方してしまいますが、このような症例対照研究を行っている場合は別です。科学的研究を行っていると言う大義名分があるからです。
考えてもみてください。コントロールの患者の経過が悪ければ悪いほど、その「新しい治療」の有効性は際立ちます。だから、医者は耐えられます。
患者もまた、自分がプラセボのコントロール群であるという自覚はありませんから、実際には「何もしない」脱ステロイドであるにも関わらず、精神的に耐えやすいでしょう。
追記:コメント欄を通じて、ヒアルプロテクトに関する質問がありましたので、ここに記しておきます。
粘膜に使用してよいか?→よいです。
乳幼児に使用してよいか?→よいです。
粘膜への使用も、皮膚への使用のような効果を期待できるのでしょうか?→これは不明です。上記の「粘膜に使用してもよい」というのは、有害な結果が引き起こされる理由を思いつかない、という意味です。外陰部などに使用して痒みなどが改善したという実績はまだありません。粘膜の上皮細胞には皮膚の角質細胞と異なり、とげのような突起が無いので、作用しない可能性もあります。しかし、とくに有害な結果は想定されないので、金銭的余裕があれば試みる価値はあると考えます。
2013.07.16
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